第20話 開戦

「衛兵!誰かおらぬか!?」

「は!どうされました!?」

「ストラリンク―――兄上をみておらぬか?」

「は!ストラリンク様は『用事がある』と部下数名引き連れて出かけられましたが・・・」

「そうか・・・よい、下がれ」


 ハイルスは兄の行動に目を向けていた。

 ここ最近、城を開けることが多く、陽が沈んでも帰ってこないことが多かった。

 どこへ行ったか聞いてみてもはぐらかされ、会話もままならない。


(嫌な予感があたらなければよいが―――)


 胸の奥のざわめきを感じながらも、政務に取り掛かる。

 不安要素はあるが、ここ最近身体の調子が良い、夜な夜な侵入してくるルインと、息子のローランを交えて過去の旅の話をするのが日課になっていた。

 睡眠は大事だと気づきながらも、それ以上に喜びが勝り、話が止められない。

 気が付けば朝になっていることが多く、息子共々『睡眠』の魔法の世話になることが多かった。


「父上!」

「おお、ローラン、大事ないか?」

「はい!毎夜楽しい冒険譚を聞いて心がうきうきしております!」

「こらこら・・・そのことは余とオマエの秘密であろう・・・?他の者に聞かれたら厄介だ、あまり大声で話すなよ?」

「あ、はい!」


 ローランもまた、父であるハイルスが最近活気づいていることに喜びを感じていた。

 幼き頃より厳格で、一切のことに手を抜かない姿は『逞しい』よりも『恐怖』でしかなかった。

 しかし、父の強さは偉大であり、誰の追随も許さなかったことから誇りでもあった。

 母が病死してから、優し気な視線を向けることが多くなったが、それでも人前では厳格な王でいた。

 それがある心友―――魔女の登場により、父の新たな一面を垣間見ることになり、父が人間だったということに安堵していた。


(おかしな話だ・・・父上も人間だというのに・・・何を疑っているのだろうか)


 ローランは零れる笑みを抑えきれず、一人微笑む。

 魔女の登場でどんどん変わりつつある城内がローランにとっては刺激的であった。

 最初は胡散臭そうに、そして恐れをなしていた大臣達も、ルインの人格が知れるとそれなりに打ち解けていた。

 今夜もまた、楽しい話が聞けるだろうか―――そんな期待を胸に、父の仕事を手伝うために謁見の間に向かう。


「兄上!探しましたぞ!」

「ハイルス・・・」


 日も沈み、夜の帳が降りかけた頃、謁見の間では返ってきたストラリンクが、ハイルスに呼び止められていた。

 普通の会話なのだろうが、互いに語気が荒く、城内に響く程であった


「別に良いではないか、我がどこへ行こうとも!」

「しかし兄上もこの国の重鎮なのです、勝手に出かけられるといざという時にお守りできない」

「ふん!守るだと!?お前に守られずとも帰ってくるわ!」


「お、またやってんな」

「!?ま、魔女殿!?」

「やぁ、親子共々ちゃんと寝れたか?」

「は、はいっ!魔女殿の魔法はすごいですね!」

「はっは!あれはハイルスしかり当時の勇者にも好評でな、その後の後遺症含め今でも爆笑必死のエピソードはいくつかあるが―――」

「ぜ、是非お聞かせ願いたい!!」


 言い合う兄弟を余所に、ルインとローランは盛り上がる。

 いつの間にか魔女が城内にいる―――最早誰も気にも留めず、その光景が『普通』であるかのような状態に一番苛立っていたのは―――ストラリンクであった。


(何故誰も気にしない!?何故誰も咎めない!?王が認可したから!?王の心友だから!?魔女という厄災を抱えるということがどういうことか―――教えてやる!!)

「兄上?話を―――」


 問い詰めようとした瞬間、爆音が外から響く。

 一つ、二つ、三つ―――何度も連続して聞こえてくる爆音に、全員が外を向く。


「何が―――」


 急いで外の様子を見に行くと、暗闇の空から煌々と燃え上がる物体が近付いてきていた。


「―――投石!?」


 それが燃えている石だと気づいたのは、着弾した箇所から燃え盛る炎が上がったからであった。


「何事だ!?」

「敵襲です!遠方より大軍が押し寄せており、この国に攻撃を仕掛けている模様!!」

「どこの国だ!?」

「まだ判別ができません!如何様にされますか!!」

「迎撃準備!こちらも投石機とバリスタを用意せい!!」


 迅速な判断に、兵士達は慌ただしく準備を始める。

 城壁や巡回路に置いてある移動式投石機、バリスタ台など様々な砲台が準備される。


「どこの国かは知らぬが・・・余の国に攻め込んだこと!後悔させてや―――がはっ!!」


 突如としてハイルスが膝から崩れ落ちる。

 吐血し、床に血溜まりが拡がり、何かを求めるように手を伸ばす。


「父上!?」

「どうし―――!!」


 駆け寄ろうとしたルインは、その場に止まる。

 床に倒れたハイルスの身体に見えたのは、黒い線が生き物のようにハイルスの体内で蠢くところであった。

 血を吐き、苦しそうに悶えるハイルスに魔術師の何人かが回復魔術を唱える。


「バカっ!よせ―――!」


 ルインの警告は間に合わず、暖かな光がハイルスを包み込んだ直後、黒い線の動きが活発になる。


「がああああああああああっっっ!!!!」


 のたうち回るハイルスを見て、もっと必要なのかと勘違いし、魔術を強めようとした直後、杖が蹴り飛ばされる。


「やめろ!こいつは・・・〝呪い〟だ!!」

「しかも悪質なことに回復魔術を使うと更に暴れる仕様だ!間違っても回復させようと思うな!!」


 即座に結界を張り、誰も近寄らせないようにする。

 仰向けにし、服の胸元を開け放つと、身体中に奇妙な紋様が刻まれていた。


「ハイルス!!」

「ぐ・・・なに・・・が・・・?」

「呪いだ!それも―――結構長く編まれてやがる・・・!」

「誰が・・・いや、なぜこのタイミングで・・・」


 一目見て、すぐには解呪できないほど複雑で、解呪する前にハイルスの命が持たないと判断した。

 心臓部に手をかざし、呪いを読み取ろうとするが、それに反応した黒い線がルインにまで侵入しようとするのを引きちぎる。


「厄介だな・・・」

「魔女殿!?」

「近寄るな!これは呪い―――!対象は恐らくハイルス個人!!下手に触れれば感染する可能性がある!」


 結界を強固なものにし、自身は内側で侵食されないよう細心の注意を払いながらハイルスを診る。


「誰が・・・こんなことを・・・?」

「決まっている、これは今攻めてきているやつらの―――」


 ―――魔女だ


 誰かがぽつり、と呟く。


「魔女の所為だ!」

「魔女が王に近づいてから!!王は呪いに掛かった!」


 誰かが魔女、と呟いた瞬間、ぽつぽつと糾弾する声があがる。

 衛兵達が次々に剣を抜き、ルインを取り囲む。


「お前達が今することは、俺を殺すことか?」

「黙れ!我らが王を殺そうとする魔女に!裁きを!」


 落ち着き払ったルインの言葉に耳を貸そうともせず、剣を突き刺そうとしたが、見えない壁に阻まれる。


「今こんなことしてる場合じゃ「ほ、報告っ!!」


 苛立ちを隠せなくなったルインが魔法を発動しようとしたその時、兵士の一人が駆け込んでくる。


「た、たった今!隣国であるシュガント、ゲーヘルス、ミモラリトが同盟を組み!この国に攻撃を仕掛けております!!」

「バカな!その三国が同盟を組むだと!?見間違いではないのか!」

「は、はいっ!掲げている旗には三国それぞれの紋章が重なっており、大軍として攻めてきております!」


 その報告に動揺が広がる。

 三国は互いに牽制しあいつつも、戦争を仕掛けるという発想まではいかなかった。

 それがわざわざ同盟を組み、よりによってここ―――リフトマールに仕掛けてくるという事態に、大臣達は慌てふためく。


「軍は!?何をしている!?」

「先の王の命令により牽制程度の攻撃を続けております!」

「全員で戦闘配備を急げ!準備出来次第、門外にて戦闘開始!!」


 軍部大臣であり、自らも将校の一角であるハシュヴァーの一喝に、衛兵達は慌ただしく準備を始める。


「・・・魔女殿、こうなった責任・・・どうとるおつもりで?」

「原因が俺だとでも?」

「違うと申すか?王の呪い!始まった戦争!全て貴殿が来てからだ!」

「そうか―――そうかもな、だからといって俺を殺せばどうにかなるのか?」

「そうではない、聞けば魔女というのは強大な魔法を使うそうではないか、なれば疑いを晴らすためにその力を以て国を、王を助けるべきではないか?」


 自信たっぷりに、有利そうな顔をするハシュヴァーだったが、ルインは大して気にも留めずに、ハイルスの呪いを分析していた。


「魔女殿!返答を「断る」


 面倒くさそうに端的に応えると、ハシュヴァーがたじろぐ。


「い、今なんと!?」

「だから、断るって言った、この戦争の原因の一部が俺かもしれないが、それだけじゃないだろ、軍備の増強―――それらが関係しているのであれば、コイツ・・・ハイルスの責任だろう」

「だが―――!」

「それに、こういった事態のために、整備してきたのだろう?だったらその力を見せる時なのでは?」


 最もらしい正論にハシュヴァーは何も言えない、自身もこういったことを想定し、訓練を積んできたのだ、積んできたのだが―――恐怖に足が竦む。


「うーん、これは相当時間を掛けてるな・・・」

「た、頼む―――」

「ん?」

「頼む、魔女殿、力を―――貸してくれ・・・国を、守ってくれ」


 なんとか搾り出した言葉は、自らを奮い立たせるものではなく、他者に頼むだけであった。

 情けない―――その思いよりも、勝てる自信の無さが恥を上回った。


「俺を英雄か何かと勘違いしてないか?俺は―――魔女だ、魔女が無償で救済すると思うか?」


 ルインの容赦ない返答に、視界がぐらつく。


「こ、これは・・・私達だけではない・・・あ、あなたの・・・大事な、友を助けるための・・・戦い・・・です・・・王を、友を、助けようとは、思わないのですか?」

「何も思わない―――というよりも、この呪いは相当なもんだ、今から解呪して間に合うかどうか・・・それに、呪いを掛けられるということは、相当な恨みをもった奴がいるということだ・・・それがコイツの定めなら、受け入れるしかあるまい―――少し痛むぞ」

 先程の威勢はなく、弱々しく懇願するだけになったハシュヴァーへ淡々と告げ、ハイルスの腹の一部分を押すと、吐かれた血と共に、黒い何かが口から零れる


「こいつぁ・・・」

「は、ハシュ・・・ヴァー・・・」

「お、王!」


 ふらふらと手を伸ばし、ハシュヴァーはそれを握ろうとするが、結界に阻まれる。


「余は今・・・この呪いと戦う・・・だから・・・国を、軍を、頼む・・・お前しか・・・おらん・・・軍部隊長・・・ハシュヴァー・ヒットルズ・・・!」

「っ!!お、お任せください!王!その使命!必ずや!!」


 涙を流しながら、先程までの弱気な態度はどこへ行ったのか、やる気に満ちた顔で謁見の間を後にする。


「・・・相変わらず、その気にさせるのが上手だこと」

「ふ、ふふ・・・今の余にできるのは・・・それくらいしか・・・ごはっ!ないからな・・・!」


 吐血しながらも、微笑むその姿は、どこか雄姿を感じる。

 身体を起こすのを手伝ってやり、バルコニーへと連れていく。

「今・・・どうなっておる?」

「ちょいまち・・・うん、敵国が正面、左右から攻めてきてるな、後方は山だが・・・あそこまで進軍するだけでも大変そうだからそこから攻められる可能性は限りなく低い・・・限りなく、だがな」


 紅の瞳が輝き、立ち上がると、周辺を見回すように動く。


「千里眼・・・か・・・敵の数は?」

「さぁてな、草原が黒い点で埋まるくらい・・・とでも言っておこうか」

「城壁には投石部隊やバリスタが設置してある・・・更に城門は閉じられておるハズ・・・国内の侵入を許さなければ・・・」

「どうやら―――それは無理みたいだぜ?」


 ルインの視界には、ハイルスの想像とは裏腹に凄惨な状況が映し出されていた。


「城門を何かが・・・魔物か?突破してやがる!」


 人の身体と同じように胴体があり、腕や足が二本ずつあるが、頭部だけが異形の化物のそれであり、その爪や牙で人間を易々と切り裂き、貪り食っていた。


「魔物・・・だと・・・!?民は!?」

「・・・既に」

「い、いそげ!民を守れ!この城に逃げるよう伝えろ!!」

「心配には及びません!国民には非常事態において城に駆け込むよう指示しております!」

「ばか・・・ものっ!お前達!先頭に立って避難を誘導、しろっ!」


 激痛を堪えながらも、臣下達に檄を飛ばす。


「俺も行こうか?」

「頼む・・・民を・・・余の民を・・・!」


 ハイルスの懇願に、ルインはバルコニーを飛び降り、街に向けて飛ぶ。


(被害が一番大きいのは―――!!)


 侵入経路は一つだけ、『何故か』開けられている門から魔物が大量に流れ込んできている。


「―――『拘束』!!」


 入口に魔力の糸を張り巡らせ、威力を強化する。

 雪崩れ込んできていた魔物達は一瞬にして身動きが取れなくなり、その鋭利な爪が母娘に届く前に止まる。


「急げ!城へ!!」


 ルインが促すと、慌てて走り始める。


「次っ!!」


 入口にはまだ後方から押し寄せてきているが、しばらく時間は稼げる。

 上空を飛びながら街の被害を見ると、既に間に合わなかった区画は血飛沫が飛び散り、死体があちこちに転がっている。

 それでも餌を求め、黒い影は、地面を、屋根を駆け巡る。


「―――『空圧』!!」


 今まさに逃げている親子に飛び掛かろうとしていた魔物を空気の魔法で押しつぶす。

 だが、命を奪うわけではなく、空間に圧迫され、身動きが取れないだけだ。


「―――厄介だな!!」


 それは魔物の数の多さに対してか、それとも思うように攻撃できない状態についてか―――

 兵士達は迫りくる軍隊に対して攻撃を続け、内側の守りが手薄になる。


(考えてる暇はない―――まず守れるだけの命を!)


 違う場所に向かおうと振り向いた時、目の前で魔物が腕を振り下ろしていた。


「は―――――?」


 防御は間に合わず、渾身の一撃を腹に貰い、勢いよく下降していく。

 家を破壊し、地面を滑りながらようやく止まる。

 幸いにも家を破壊しただけで、逃げ遅れている国民に被害が及んではいなかった。


「へぇ・・・」


 吹き飛ばされた箇所を見ると、魔物達が自らを踏み台とし、ルインのいた場所まで積み重なっていた。

 攻撃が当たって嬉しいのか不気味な声をあげながらその場で跳ねまわる。


「頭が無いなりに・・・考えたか・・・!」


 瓦礫をどかし、再度空中に浮かぶと、喜んでいた魔物達の動きが止まる。


「そりゃそうだわな、殺したはずの人間がまだ生きてたらそんな顔にもなる―――だけどな―――『空圧』」


 広範囲にむけて放つ『空圧』は魔物だけでなく家々も潰しにかかる。


「俺は『魔女』で・・・格下に攻撃されて笑ってられる程穏やかじゃないんでな!!」


 圧力を高め、魔物達はどんどんめり込んでいく。

 その顔は若干怒り気味であり、その鬱憤を晴らすように空圧の威力を高める。


「チッ・・・これじゃあトドメもさせないな・・・うぷっ」


 苛立たし気に吐き捨て、乱れた髪を後ろに流し整えると、急な吐き気を催す


「ごはっ―――やりすぎたか―――」


 血を吐きだし、それを恨めしそうに見つめると、千里眼で再度辺りを見渡す


「これである程度は終わりか・・・」


 住民の避難はほとんど完了しており、逃げ遅れた人影はない。

 城へと続く橋が持ち上がり、向こうには完全にいけなくなった。

 開いていた門では未だに『拘束』が続いており、眼下では相変わらず『空圧』の影響で潰れていた。


(だがほとんどは犠牲になったな・・・)


 迫りくる大軍への襲撃と反撃に追われ、開けた穴に気づかなかった。

 兵士達は無事なものの、あのままいけば内側から崩壊していただろう。


「やってくれる―――ハイルスッ!」


 バルコニーから戻ると、玉座に縋る様に昇っていたハイルスがいた。


「・・・何をしている?」

「余は・・・王、だ・・・今ここには・・・余の大事な民達が・・・いる・・・王として・・・情けない姿は見せられないでな・・・!」


 気力を振り絞り、立ち上がると、玉座に座る。

 そこには威厳たっぷりの王としてのハイルスがいた。


「・・・・・」

「ふふ・・・そんな顔をするな・・・中々、様になっているだろう?」

「・・・取り合えず報告する・・・まずは―――」

「そうか―――ごほっ!げほっ!門が・・・」

「ああ、あれは偶然じゃない恐らく―――人為的にやったものだろう」

「いったい誰が!!」


 傍にいた息子のローランが口を挟む。

 その顔は驚愕よりも怒りに滲んでいた。


「ローラン・・・」

「ええ、父上、あなたが言いたいことはわかります、『口を挟むな』とおっしゃるのでしょう?ですが今はそんなことを気にしている場合ではありません、早急に犯人をいぶりださなければ―――」

「いや、その必要はない」


 ローランの考えをルインは止めさせた。


「犯人がわかったところで今はどうしようもない、それよりも今この状況・・・敵に囲まれている状況をどうするか考えないとな―――相手は何か条件を出してきたか?」


 近くにいた大臣に問うと、首を横に振る。


「だろうな、物資の譲渡や土地の開拓目的ならここまでする必要はない・・・国民だって殺さず捕えれば奴隷にだってできる―――」

「ではなぜ?」

「・・・ハイルスはここ最近、軍備増強していたらしいな・・・それが相手に緊張を与えたのだろうよ、それが今回爆発した―――といったとこだろう・・・後は・・・俺の存在・・・だな」

「しかし!魔女殿がいるという情報はまだ!!」

「どうだろうな、もし攻める理由に俺があるとしたら・・・この中に裏切り者がいるといっても過言ではない」


 ピリ、と城内の空気が張り詰める


「・・・とまぁ、こういった状況に陥れるのも奴らの狙いだろうから一旦この話は止め、どうする?ハイルス王?」

「そんなもの・・・決まっておる・・・国を、民を守るのだ・・・!全員で・・・!」

「は!既に部隊の殆どが戦闘を開始しております!」

「物資は・・・ありったけ使え・・・!惜しむな・・・!」


 ハイルスの命令に、大臣達はそれを伝えるべく散っていく。


「ローラン・・・手を・・・」

「父上・・・」


 ローランの手を掴み立ち上がると、よろよろと歩き始める。

 すぐに呪いは浸食を開始しようとするが、ローランに届くか、という前に見えない何かに阻まれる。


「どこへ行かれるのです?」

「民達がいるところだ・・・余が顔をだせば、皆安心するだろう・・・!」


 その後ろを黙ってついていくと、エントランスに続く扉の前で呼吸を整える。


「―――皆!無事であるか!!」


 ハイルスが声を張り上げながら扉を開けると、傷つき、不安そうだった国民達の顔が一気に輝き始める。


「案ずるな!余はこの時のために対策をしてきておる!!」


 ハイルスの言葉に、皆が安堵し、涙を流す。

 ルインはその間『変身』をし、負傷者の手当に回っていた。


 ―――しかし王よ!此度の戦争は!『魔女』がいるとお聞きになりました!


 歓喜に震えている中、誰かがその声をあげると一瞬で静まり返る。


 ―――そうだ!しかも王がそれを認めたという話もある!


(本当に早いな・・・それは予想だけではわからない話だ・・・)


 野次を聞きながら、ルインは思考する。


(通常ならば王『が』魔女と何らかの契約をし、国を混乱に陥れるなどがあるが・・・今の言い方はまるであの場面を見ているかのような――――!!)


 そこに来てハッ、と気づき、負傷者の治療を終えると、そのまま引っ込む。


「・・・確かに、今この国には・・・『魔女』がいる」


 静かに語り出した王の言葉に、全員が耳を傾ける。


「今の状況がそれを引き起こした―――そうかもしれんな・・・・だが!」


 ざわめきはじめた瞬間、ハイルスが声を張り上げる。


「そ奴は我が〝心友〟!!共に旅をし、共に魔王を打倒した盟友!!そして断言する!!あ奴は・・・そんなことをする者ではないっ!!」

「それでも信じられぬというのであれば・・・この戦争が終わった後、余の首を斬れ、それで気が済むのならこの身体いくらでも差し出そう」


 王の気迫に、その覚悟に、不安がっていた民衆はごくり、と息を呑む。


「そうだ・・・王が認めたんだ・・・!そんなわけあるか・・・!」

「ああ!俺達はなんてことを!王を疑ってしまった!」

「お許しください!王よ!我らはありもしないことを信じて―――!」

「良い、こんな状況では誰しもが不安になる・・・なればこそ、余を信じよ、余は、其方達の・・・この国の、王であるからな」


 堂々たる態度に、再度国民達は歓喜する。

 自らの王が、そんな真似をするわけがない、危険に陥れるはずがないと信じて止まない国民達を後に、エントランスを後にした。


「――――ごはっ!」

「父上っ!」


 扉が完全に閉まると、ハイルスは膝から崩れ落ちる。

 余程無理をしていたのであろうか、身体は段々と萎みつつあり、屈強な身体は細くなってきていた。


「ハイルス」

「おお・・・!ルインよ・・・!すまないな・・・!」


 何とか笑顔を作ってみせていたが、無理をしているのは明らかだ。

 その証拠にすぐに吐血し、呼吸も短い―――

 そのまま二人を連れ、謁見の間に戻ると大臣達が心配そうに駆け寄る。


「魔女殿!ローラン様!」

「王の容態は・・・!?」

「ああ・・・あれから何度解呪を試みてはいるが、とても一日では無理だ、その間にこの国が陥落するか、もしくは王が命を落とす」


 ルインの無慈悲な宣告に、誰もが口を噤む。

 だが、何人かが意を決したように腰の剣を抜き、それを構える。


「やめろ!お前達!魔女殿を殺してどうなる!?」

「・・・だから言ってるだろう?俺を殺したところでどうにかなることじゃない、寧ろ余計に死期を早めるだけだ」


 ローランが止めにはいるが、ルイン自身、最早敵対するものに視線を向けることすらせず、自作した薬をハイルスに飲ませると、大きく息を吐いて、落ち着いた様子を見せる。


「それに、これは『相当の怨みを持つ者』でなければできない『呪い』だ―――お前達の中に、心当たりがあるやつがいるのではないか?」

「それは・・・どういう・・・?」

「・・・いや、今は良い、それよりも大事なことはこの状況をどうするかだ―――ハイルス」


 ハイルスの頬を叩き、意識を起こす。


「おお・・・どうした?何かあったのか?この呪いをかけたものが現れたか?」

「いや、まだだ・・・まさかお前・・・この呪い知ってるのか?」

「ふふ・・・ああ・・・知っているとも・・・ようくな・・・」


 どこか自嘲気味に微笑んだハイルスは、呪いに汚染された自身の右手を見る。


「余は・・・俺は、死ぬのか?」

「・・・そうだな、オマエはもうすぐ―――〝死ぬ〟・・・呪いによってな」

「そう・・・か・・・ふふ、そうか・・・」


 まるでこうなることがわかっているかのように、呪いの痛みに苦しみながらも微笑む。


「だからその命―――俺に寄越せ」

「・・・?」

「このままオマエが見知らぬ誰かに殺されるのを待つくらいなら、俺がその命貰ってやる―――それに、それを持って〝契約〟を履行してやる」

「―――――!!」


 ハイルスの目が見開かれる。


「魔女は・・・俺は『自ら命を奪えない』という制約がある―――だがそれは他者との契約で破棄できるが・・・どうする?」

「ならば余は―――この国に敵対する者達の殲滅を所望する」


 少しの間もおかず、ハイルスは決断する。


「お、王!?」

「よい・・・この命、民を守れるならばくれてやる・・・!どこぞの馬の骨にくれてやるくらいなら・・・我が生涯の心友にこの命・・・預ける」


 ハイルスにとって、自らの命をかけることなど日常茶飯事であった。


(若かりし頃もそうであった・・・毎日が死地で・・・いつ命がなくなってもおかしくない・・・そんな状況で、余は・・・俺は・・・)


 ハイルスの覚悟を認め、ゆっくりとルインが近付く。

 その表情に変化は見られなかったが、今にも泣き出しそうにも見えた。


「―――何のつもりだ?」

「魔女め・・・!我が王の命、そう易々と取らせはせんぞ・・・!」


 大臣の一人から喉元に刀身を当てられ、身動きが取れない。

 辺りを見回すと、全員が剣を抜いていた。


「やめろ、もう気づいてんだろ、もうお前達の王は「それでも!」

「それでも・・・!お前にやるくらいなら・・・!」


 その表情は複雑であった。

 王を失う悲しみ、それを奪おうとする敵国と魔女への憎悪、安らかに眠らせてやれることの安堵―――


「だとさ、どうする?このままにしておくのか?」

「・・・下がれ、お前達」

「しかし―――」

「余は、下がれ、と言った」

「っ・・・」


 ぐぐ、と下唇を噛み、目線を伏せる。

 王の覚悟を無駄にはできない、自分達が敬愛し、畏れ、最も信頼する王が決めたことに口を挟むなど、あってはならない―――


「・・・いいんだな」

「ああ・・・この命、我が心友に・・・!」


 差し出された手を力強く握る。

 呪いは広がり、指一本動かすだけでも相当の痛みが走るはず―――なのにハイルスはあの時と変わらぬ力強さで〝心友〟の手を握る。


 ―――我、魔を司る者として、この者の願いを代価を以て叶えん―――


「―――契約は履行された・・・」


 短い詠唱の後、微かな光がルインに移動する。

 ≪成約の印≫とはまた違う、魔女の刻印にも似た数本の槍に貫かれる蛇の印がハイルス、及びルインに刻まれていた。


「ふ、ふふ・・・頼んだぞ・・・我が国を・・・民を・・・!」

「そうだ、そのまま見ておけ―――あのとき共に戦った〝心友〟を」


 背を向け歩き出すその姿に、過去の記憶が重なる。


(ああ―――そうだ、こいつは・・・この男は・・・いつもこうやって、我々の前を歩いていた―――)


 勇者よりも先に、前衛なんか気にしないこいつは、いつも背中で魅せてくれた。


(あの時も・・・そうだったな・・・)


 魔王の軍勢にやられ、死に瀕していた時、こいつはふらふらになりながらも前に立った

 そして、あのセリフを―――力強く言い放った。


『魔女の全力―――お見せしよう』

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