第18話 魔女、顕現す
「ふぁ・・・話過ぎたな・・・ねむ」
流石のルインも夜通し話せば眠気が襲ってくる。
太陽は既に顔を出していたが、ハイルスとは違い、自由なルインは、ゆっくりとベッドに入り、横になる。
「だが・・・無事でよかった・・・でもこの後は―――」
心友の無事を確認でき、喜んだのも束の間、この先のことを考えようとしたが、猛烈な眠気に勝てず、寝息を立て始めた。
―――――!!
突然、微かに聞こえた大声に、途切れかけていた意識が浮上する。
大声と共に大量の足音が響き、ルインは即座に目を覚ます。
扉付近に設置型の魔術を展開し、自身はベッドの腰かけ優雅に待つ。
―――ここか・・・はいるぞ!!
扉の外にいる人物は、目的の部屋を見つけたのか、乱暴にノックをすると、ルインが返答をする前に勢いよく開かれた。
「おお!ここにいたか!探したぞ!!」
入ってきたのはまさかのハイルスであり、彼は部屋の中にいたルインを見つけると遠慮なくずかずかと近寄る。
「仕度せい、今すぐ城に行くぞ―――何をしている?」
「こ、困ります王様、ここはお客様もいらっしゃるので―――」
「王!何故このようなところに―――」
いきなり王が個人の宿泊先に来ると言う異例の一大事に、ルインは深々と頭を下げた。
遅れて店主と付き添いの兵士がやってきた後、部屋の主をみやり、不思議そうな顔をする。
「いえ・・・この国の王様がいらっしゃっているので頭を下げねばと思いまして」
「よい、お前は我が心友なのだろう?なれば隠す必要などない、先にもいったが今すぐにだ、準備しろ、待っている」
それだけ伝えると、店主に礼をいい去っていく。
あっという間の出来事に、ルインを除く数名は呆気に取られていたが、兵士達が慌てて後を追い、店主ははえ~、と呟きながら、大変なことになったとでも言うように頭を掻く。
「・・・お客さん、何者だい?あの王様がここまで来るなんて」
「・・・まぁ、ちょっとした・・・な」
適当に言葉を濁し、身支度を整える。
宿屋を出ると、何か物珍しいのか、人だかりができており、その刺すような視線を潜りながらルインは城を目指した。
「おお!来たか!!行くぞ―――!門を開けよ!!」
ルインの姿が見えると、ハイルスは一声で、重厚な鉄の門を開かせる。
王が見知らぬ人物を連れているのに、何も聞かれないのを不思議に思いつつ、ハイルスの後ろを歩く。
「やぁ、昨晩は助かった!おかげさまで支障なく政務ができた!!」
「そうか、それは何より―――反動は?」
「この様子である!さっきから興奮して何をするにも急いでやらねば気が済まん!!」
「それで、俺を探しにきた、と」
まるで旧知の間柄のようなやりとりを見せられ、兵士達は呆然とする。
王が城を飛び出したかと思えば、いきなり知らない魔術師を連れ帰り、あまつさえ仲良さげに話す様は、混乱を招いていた。
そのまま謁見の間に連れられて行くと、ハイルスは玉座に、ルインは下で頭を下げる。
その顔はさっきまでの心友としての表情ではなく、一瞬で王の顔へと変わり、親し気な空気が一気に張り詰めたものに変わる。
その玉座に座ったハイルスに近づく人物がおり、不思議そうな顔をしながら訪ねる。
「父上、こちらの方は?」
「うむ、ローラン・・・彼は我が心友、ルインである」
「父上の・・・心友・・・?」
(息子・・・こいつ跡継ぎまでしっかりと残してやがる・・・!)
顔は伏せているのでまだ息子、と呼ばれた人物の全体像は把握できていないが、纏う空気はどこか優しく、暖かな感じがしていた。
「面をあげい―――紹介しよう、こやつが我が息子、ローランだ」
ローランと呼ばれた息子はルインと目があうと、ニコリと微笑んだ。
ガッチリとした体は、父親譲りなのだろうか威圧感を放ってはいるが、不思議と高圧的ではない。
顔立ちも整っており、こちらは母親似なのだろうな、と勝手に想像する。
癖のある金色の髪は乱雑になってはいたが、不思議と不快感をだすことはなく、自然な形で纏まっていた。
(成程・・・それで、『光の騎士様』と・・・)
街で女性達が語っていたことを思い出し、納得する。
何をしていなくても光を放ちそうな存在は、見る者を惹きつける―――ある種の『魅了』を放っていた。
敢えて言うならば『太陽』―――そんな暖かさを放っている。
ルインは軽く会釈をすると、また頭を下げ、次の指示を待つ。
「さて・・・ではルイン―――『変身』を解け」
「・・・おい」
「案ずるな、責任は全て余が取る、それに言ったであろう?『何があっても守る』と」
「・・・・・」
眉間に皺を寄せ、訝し気な顔をした後、頭上に魔法文字の円を描く。
それがルインの身体を通り過ぎ、身体が光を放ち始めると、辺りがざわめき始めた。
赤色の髪は艶のある黒髪に変わり、少し幼げの残っていた顔立ちは精悍な顔立ちを持った青年になり、目が紅く妖しく光る。
円が足元にまで移動すると、そこには先程とは全くの別人―――手配書に出ている魔女・ルインが城内に現れた。
その手には年季の入った長杖、フード付きの白いローブを羽織り、少し不機嫌そうに溜息を吐く。
ふわふわととんがった帽子が上から降ってくると、ちょうどルインの上に着地した。
「紹介しよう・・・かつて余と共に旅をし、その力で魔王軍を抑え、そして今は我が心友である―――魔女・ルインだ」
「ひいっ!?」
「ま、魔女!?」
「そ、そんな―――」
ハイルスの紹介とは裏腹に、周りは恐怖と絶望の色に染まっている。
青年―――とは言うが、近くにいたローランより若干年上に見える。
それは醸し出す空気からか、それとも王の知り合いだからか―――
更に王が『心友』と紹介したため、誰もそれを疑うことを忘れ、この世の全てが注目する存在がここにいるという現実に、ある者は悲鳴をあげ、あるものは珍しいものでも見るような目つきになり、ある者は手を組み、許しを乞うていた。
(当然の反応だな・・・何を考えているハイルス?)
「血迷ったか我が弟!?なぜ魔女をこの城に!?」
「何を、とは?兄上、我が心友を招いて何か問題でも?」
列に並んでいた兄―――ストラリンク・ジェン=ジャックールは、ここぞをばかり声を荒げる。
ハイルスとは違い、肥え太った身体を揺らしながら、弟とはいえ、王に詰め寄る。
「大ありだ!魔女とは!破滅の象徴!!厄災そのものであろうが!!」
「ふむ、今の兄上の意見と同じ考えを持つ者は手を上げよ」
ハイルスが問うと、遠慮がちに手を上げるのが多数いた。
その様子にうむ、と頷き、手を降ろすよう指示する。
「なるほど・・・お前達の考えはわかった、だがそうやって排除しようとすればそれが逆に怒りを買うとは思わんか?」
「それとこれとは話が違う!お前は王として!私情で国を混乱に陥れようとしているのだぞ!?」
「だとしても、別れて不明であった心友が生きておると判れば、会いたくなるというものだろう?」
「それに、彼が今すぐにここを破壊しようと思ったら我々は跡形もなくなる・・・そうではないか?」
「それ程のことがわかっていながら・・・なぜ!?」
「余が受け入れると申したからだ」
「っ~~~~~!?」
単純明快、自分勝手な答えにストラリンクは怒りに肩を震わせながらその場を去る。
「・・・ハイルス、もう少しマシな言い訳はなかったのか?」
「他に言う事などない、それにお前が暴れようものなら余は全力をもって止めるからな」
「・・・国最強の戦士とはやり合いたくないからね、暴れるのは遠慮する・・・で?俺を呼んだ理由は?」
そのまま何もない空中に腰掛ける。
あまりにも自然に座るルインに、周りは目を丸くすることしかできなかった。
「うむ、何故この国に来たのだ?」
「・・・この周辺に、古代遺跡があっただろう?あれを調査しに」
「ふむ、確か夜な夜な変な音が聞こえると報告があったな―――任せて良いか?」
「そりゃ好都合、だが行くのは俺一人でいいか?」
「む・・・では持ち帰ったものはこちらに献上するように」
「・・・了解、じゃあ行ってくる」
ハイルスとの軽快なやり取りを見せられ、臣下達はほっと息を吐く。
今現在、世界において危険分子とされている魔女が、こんなにも話が通じるものだとは思ってもいなかったからだ。
そそくさとやり取りを終えて外に出ようとするルインにローランが駆け寄る。
「ま、魔女殿!!」
「ん?」
振り返ったその魔女の美しさに思わず同性ながらもドキリ、としてしまう。
「あ、あなたは、見た所私と違わぬ歳であらせられる!なぜそのような方が父上と!?」
「ふむ・・・俺は『魔女』だ、そういった能力―――いや、呪いと言っても過言じゃないな、こう見えてお前の父親より遥か年上なんだぜ?」
ローランは父とルインを交互に見やるが、その顔は信じられないと言いたげな顔であった。
「はっはっは!信じられないのも無理はない!だからこそ―――『魔女』なのさ、ボウヤ」
ローランの額を指で軽く弾くと、バルコニーから飛び降りる。
慌ててローランが確認するが、下に魔女の姿はなく、辺りを見回しても影も形も見当たらない。
「どうだ?我が息子よ、あれが心友、ルインだ」
「・・・驚きました、父上、まさか渦中の魔女がここに現れただけでなく、父上の心友だとは」
「余も信じられなかったよ、アイツの姿を見るまでは・・・だが、現実としてここにいる、それが全てだ」
「・・・父上は、これからどうなされるおつもりですか?」
ローランが心配そうな表情で尋ねる。
それは為政者としての心配か、それとも別の何かか―――
「先程叔父上も申しておりましたが・・・魔女は今『厄災』の象徴として世間に広められております、そのような存在を・・・この国に置いておくのですか?」
「うむ・・・確かに他者からみれば奴はそうなのだろうな・・・だが」
「その者のことを理解せぬまま、評判に流され判断しては、得る物も得られぬ・・・常にそう教えてきたであろう?」
「・・・・・」
ぐ、と息子の肩を抱き寄せ、遥か遠くを見やるが、それでもまだ納得のいかないローランの背中を思いっきり叩く。
「いでっ!」
「はっはっは!まぁお前もまだ若い!これから奴の為すこと、『俺』の様子!全て目に留めておけ!!」
上機嫌で仕事に戻る父親を見て、ローランが呆気に取られる。
それはあの厳格で、滅多に笑顔を見せた記憶のない父があそこまで笑い、そして初めて―――
「父上が・・・自らのことを・・・『俺』と・・・!」
ここに来て初めて見る新しい父に、ローランも好奇心を隠せない。
(し、仕事が終わったら、何度でも聞こう!旅の話!魔女の話!!)
ローランは自身の鼓動が高鳴るのを感じていた。
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