魔女の末裔~The Last of Witch~
二豊 要
第1話 シュタルハーゼ魔術学園講師・ルイン・フェクト
―――こうしてわるいまじょは、ゆうかんなおうさまによって、こらしめられ、せかいにへいわがおとずれました―――
(ああ・・・そんな簡単に終わらせてくれるなよ・・・)
可愛らしい言葉とは裏腹に、目の前は―――惨状に満ちていた。
燃え盛る炎、周辺から聞こえてくる阿鼻叫喚の声、討ち取った、殺した、と声高らかに宣言する鎧を纏った兵士
それをただ茫然と見ているだけしかできなかった自分を誰かが抱えて走る。
その目に映るのは鬼のような形相で決して逃がさないとでも言うように剣を振りかざす兵士―――
―――だめよ、あなたは・・・あなただけは―――
ギンドライト公国上空―――
雲を切り裂きながら、巨大なドラゴンの背の上で、銀髪の男―――セフォラはじっと先を見つめていた。
「あー・・・さぶっ、どーすか?セフォラの兄ぃ?」
「この調子で行けば、間もなく着きます・・・ベッロ、あなたは何か着なさい」
後方から現れた茶髪の男は、寒さに身を震わせながらも、上半身は裸だった。
「ゲノスは?」
「まだ寝てますぜ?起こしやす?」
「いいえ・・・彼にはこれから働いてもらわねばなりませんからね」
「うぃーす」
気怠い返事を返しながら、踵を返し、いそいそとその場を離れる。
(さぁ―――もう少しです・・・魔女・・・!)
―――生!・・・先・・・
遠くから声が聞こえる―――
聞きなれたような、それでいてどこか懐かしさを覚える声―――
「―――ルイン先生、起きてください!」
「ん―――あ、お、おはようございます!?」
声を掛けられた男性―――ルイン・フェクトはばたばたと慌ただしくソファから起き上がる。
「えと、うん?サクネさん?今日は?講義か?え?もう朝?」
しばらくぼーっとした後、窓から見える青空に気づく。
その青空よりも明るい水色の髪をした女性―――白衣を纏ったサクネの姿が目に入り、眠気が一気に吹き飛ぶ。
いつもの切れ長の目はさらに細まっており、何かを言いたそうにこちらを見ている。
「ま、まずい!講義の予定は何時だっけ!?そ、それにこれじゃあさすがに―――!」
「落ち着いてください、まだ講義には一時間以上余裕がありますから」
はぁ、と溜息を吐いた後、サクネは眼鏡を掛けなおすと、ルインに近寄り肩からずりおちそうだった白衣を直す。
「あ、ありがとう・・・」
「先生、髪も乱れてますよ?直してください」
「あ、ああ・・・」
サクネの指摘に、ルインは両手で鳶色の髪をかき上げると、目元まで届きそうだった前髪から髪色と同じ瞳が露わになる。
「髭は・・・はい、大丈夫ですね、ちゃんと剃られてますね、後は顔を洗ってください―――〈水よ〉!」
サクネは近くにあった桶を手に取ると、そこに杖を振りかざす。
するとどこからともなく現れた水の塊が桶を満たす。
「はい!冷たいですからこれでしっかり目を覚ましてください!」
「うぅ・・・サクネさんが冷たい・・・まるでそれがこの水に反映されているようだ・・・」
「な、なに言ってるんですか!?冗談ばっかり言ってると本当にキンキンに冷やしますよ!?」
ばしゃばしゃと顔を洗いながら、怒鳴るサクネを手で制し、着替えるために奥の部屋に移動する。
寝たらだめですからね!!というサクネの小言を聞き流しながら、シャツと白衣を変え、そのまま近くにあった姿見で己の姿を見る。
年齢は30代といったところだろうか、顔を洗って多少スッキリしたものの、目じりは下がっており、どこか柔和な印象を受ける。
どこか老けて見えるのは、その態度か、それとも見た目か―――
学園の良心―――そんな呼び名が付くほど柔らかい表情で、性格もどこか落ち着いており、滅多に怒らない男性教師の名は、ルイン・フェクト―――この『シュタルハーゼ魔術学園』で歴史の講師をしている。
これだけ聞くとどこか老人のような人だと想像する人が後を絶たず、ルイン自身も困ったような笑顔を浮かべるのがお約束となっていた。
そのまま自身の顔をなぞるように鏡に触れる
「ふふ・・・これが『今』の・・・」
ぼそりと呟いた言葉は誰に聞かせるわけでもなく、溜息を吐いた後、意識を切り替える。
「お待たせしました―――どうしました?」
「・・・?またこの絵本ですか?好きなんですね」
「ええ、やはり歴史を学ぶものとして、この国の過去は気になりますから」
サクネが拾った絵本―――『おうさまとまじょ』は、この国の過去にあったことを題材としていた。
内容はとても簡単なもので、魔女と呼ばれる集団を、王様が懲らしめ、世界に平和を取り戻す物語だ。
「魔女・・・ですか・・・確か、記録では約300年前の勇者『セレスティア・ヴィーロン』が魔王討伐するための中にいたとか?」
「そうだね、勇者の声で集まったのか、それとも・・・ただの気まぐれか」
「気まぐれって・・・そんな大事な事気まぐれでやるんですか?」
「まぁあくまで予想だよ、そんな使命に燃えて何かをするような存在でもないだろうし」
「なぜ?」
「そうしたらちゃんと子孫が残っているはずだろう?後世に自分達がしたことをしっかりと伝えるために、ね」
「成程―――ではどうして魔女は世界から消えたのでしょうか?当時の国王とその軍隊が討伐・・・したからでしょうか?」
―――それが『通常』の答え
「うん、確かにそうなってはいるけど・・・どうしても不可解なことがあるんだ」
「不可解?」
「魔女は―――我々『魔術師』と違い、魔法に長けた一族だ・・・それこそ今では神域にまで達している『魔法』を使用し向かうところ敵なしだったと聞く・・・なぜ負けてしまったんだろうね?」
「『魔法』・・・ちょっと想像もつきませんね、確か・・・『事象を創造する』とか『不可能を可能にする』・・・とか」
「そう!それなんだ!『魔法』は『魔術』のかなり上に位置するもの!その魔法を使う一族がどうして一般の軍隊に負けようか!?」
急に熱が入ったルインにビクっ、と身体を震わせる。
「そ、それは・・・ま、魔法を無力化するものがあった・・・とか?」
「当時の技術力では不可能だと歴史が証明してしまった!それまでは魔法というものが表に出ることがなかった!何故か!?この存在が知れ渡ってしまったら自分達が作り上げてきたものが無駄になってしまうからだ!」
「人々が幾年もの歴史を積み重ねてきた技術が!科学が!たった数舜で無駄になってしまう!例えば―――火」
ぽう、と人差し指の先端から小さな火が燃え上がる。
「本来『火』というのは、偶然によるものの発見だった、たまたま木の枝同士が擦り合わせて摩擦により生まれたという説、そして天の怒り―――雷が直撃し、その焦げ跡から熱と火の存在を知った説―――どれも定かではないが、それが『魔力回路』と『マナ』で解決してしまった!」
「火はやがて燃えるだけでなく、温かさ、灯りとしての役割を確立していった、それを便利なものとして認識した人類は如何にして簡単に火を生み出せるのかを考えに考え抜いて、人為的に火を生み出す技術を手に入れた!」
「摩擦による発火!石を打ちつけた時に起こる火花!それらに気づいていったが―――こうも簡単に生み出され、さらに用途が広いとなると、絶望するには容易だ」
火球を壁に立てつけてあった松明に向け放ち、火をつける。
「魔術があれば燃料が切れる心配もしなくていい、魔力が続く限りは燃え続けるわけだからね」
「更にサクネさんがさっき出した水、これもそうだ、わざわざ川に汲みに行く必要もなく良質な水が生成されるし、風だって生み出せる」
親指では小さな竜巻が起き、中指には水の玉が形勢される。
「だけどこの魔法を使う集団―――魔女達は、これを攻撃に使えると気づいてしまった―――火で燃やし、水を弾丸として打ち出し、風を刃として扱った―――そこからはもうあっという間に今の魔術の基礎ができあがった」
「様々な属性が生まれ、自身の体質に合った魔術を行使し、いつしか戦争の道具にまでなるようになってしまった―――これが『魔法と魔術の歴史』です」
一通り説明を終えると、資料を教卓に置く
教室にて講義をしていたルインは、淡々と歴史を述べる。
「先生、質問があります」
「はい、アルミネさん、どうぞ」
ぴっ、と手を挙げた女生徒―――アルミネ・ヴェスティアンドはその優雅な紅い髪を靡かせながら立ち上がる。
「なぜ人類は―――いえ、魔女は、魔法を攻撃に使ったのでしょうか?」
「いい質問だね、そうだな―――十人に一人・・・いや、百人に一人の確立で、従来の使い方とは全く違った方法を考えられる異分子が存在してしまう」
「異分子?」
「うん―――『この火を人につけたらどうなるだろう?』『水を高速で撃ちだしたらどうなるだろう?』『風を薄く束ねて発射したらどうなるだろう?』そういった一種の好奇心が現在の魔術の基礎、そして科学の発展を生んだと言っても過言じゃないね」
「・・・なぜ、そう思ったのでしょうか?」
「もしくは、皆気づいていたけど無視していたのかもしれないね、そこはまぁ・・・良心とか、良識とか言う心の歯止めがあったからかもしれないけど」
今自分達が使っている魔術が、他者を傷つけるために行使される―――おおよそ必要のないことではあるが、そう考えずにはいられない者もいる。
「君達もここ『シュタルハーゼ学園』の一生徒、魔術を学ぶものとして、用途は使い分けようね」
「・・・攻撃に使うことは止めないんですね」
「それはそうだね、例えば暴漢や賊が襲って来たとする―――狙われるのは君にとって大事な人達・・・家族や恋人、それらを守るために力を行使するのはいけないことかな?」
「・・・なるほど」
納得した様子でアルミネは席につき辺りを見渡すと、他の生徒達も同様で、ルインの答えに頷いてみせた。
「私は魔術を使うことを否定はしないよ、だけど時と場合を弁えなければいけないということだね―――他に質問は?」
「じゃあ、はい」
「ん、カルローネさん、どうぞ」
アルミネの後ろでゆっくりと手を挙げた男子生徒はぽりぽりと頭を掻く。
「『魔法』っていうのは俺達が使う『マナ』と関係があるんですか?」
「『マナ』・・・そうだねぇ、マナはこの世界に存在する『魔力の源』『神樹からの恩恵』とも言われているものだね、今では存在そのものがあやふやだけどなければ魔術の行使ができない―――恐らく使ったのだろうね、じゃあカルローネさん、魔術を使う手順を説明できるかな?」
「はい、大気中のマナを取り込んでそれを自分の魔力回路に流し込み『自分の魔力』としてから魔術に変換します―――ですね?」
「お見事、その通り!大気中に存在する『マナ』、これを取り込み―――」
右手を空中に掲げると、見えない何かがそこに集まる。
「自身の魔力回路と繋げ―――」
そのまま指を通し、腕を通し、反対側の手にまで行き渡らせる。
「魔力として変換、それを魔術に変える―――この流れを無意識の内にできるのが我々だね」
左手には火球が出来上がり、一連の流れを説明する。
「かなり前の文献には『マナ』をそのまま使用するなんていうのもあったけど・・・それを使用できたのはさっき言った『魔女』しか確認されてないね」
「そんなことしたら回路が破壊されるのでは?」
「そこは『さすが魔女』とでも言ったほうがいいんだろうね、なにせ『魔法』を使っていた集団だ、私も・・・それこそ魔術を嗜む者達の到達点と言われるものを常に使っていた人達だ、きっと練度も精度も段違いなんだろうねぇ・・・」
とその時、予鈴が響き渡る。
「じゃあ今日の講義はここまで・・・皆さん、次は魔術とマナの関係について―――」
瞬間、閃光と轟音が教室を包む
窓は割れ、ガラスの破片が飛び散り、机が焼ける
ルイン含む教室にいた者達は爆風の中に消えた―――
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