第168話 白石奈々、メモを受け取る

 私たちは順番に壇上から下りる。

 魔族を倒して見せると高らかに演説した翔くん、智樹くん、玲奈ちゃんの周りには兵士や町の人たちが押し寄せている。


 私はそんな人混みから抜け出していた。

 何人かの兵士や町の人たちの視線を感じたが、すぐに3人の勇者の周りに集まって行った。

 あんな演説をした私に興味はないみたい。それが、あの演説の評価なのだろう。


 どうしようかと立ち尽くしていると、司会をしていた人に声をかけられた。

 演説の内容を叱責されるかと思ったが、兵舎へもどるよう言われただけだった。

 翔くん、智樹くん、玲奈ちゃんは、人がいなくなるまでここに残るみたい。

 士気高揚のためだとか。

 周りを見回すと、勇者をひと目見ようと集まる人たちと、それを抑えようとする兵士、撤収作業をする兵士と、みんな忙しそうだった。

 仕方なく私はひとりで兵舎に帰ることにした。

 

 私は自分の気持ちに嘘をつかなかった。

 でも、みんなの視線は冷たく鋭いのが怖い。

 私の方がまちがっているのかな……。


 そんなことをぼやんり考えながら歩き出した。


 夕暮れの光が石畳に差し込み、戦場へ向かう準備に追われる人々のざわめきが、どこか遠くの世界のように響いていた。

 そんなときだった。


「……お姉ちゃん」


 建物と建物の間、薄暗い路地から、小さな声が聞こえた。

 声のする方を向くけど、建物の影になって姿がよく見えない。

 恐る恐る路地に入ると、ボロボロの服を着た小さな子供がいた。たぶん、物乞いの子。頬はやせこけていて、目元や服には泥がついている。


「どうしたの?」


 私は警戒ながら声をかけて観察していると、突然その子は無言で手を出してきた。

 押し付けるように差し出された手には、小さな紙切れが一枚握られていた。


「……え?」


 私は思わずそれを受け取っていた。

 子供は何も言わず、小さく頭を下げると、横道の奥、暗闇の中へと消えて行った。


 何かの間違い……?


 そう思いながら、私は紙を開いた。

 そこには、日本語でたった一文、丁寧な文字で書かれていた。

 

『手紙はベッドの下。 鈴木和人』


 鈴木和人!?


 頭の中で、何かが弾けたような感覚がした。

 どうして、お兄さんの名前が?

 胸の奥がざわつき始める。

 私のせいで連れてきてしまったお兄さんの名前を、忘れられるはずがない。


 

 私は夕陽で照らされた通りへ戻り、足早に歩き出した。

 雑音も夕日も、すべてが遠のいていく。

 王城でも、お兄さんの安否を何度か聞いてみたけど、死んでるだろうとしか言われなかった。

 でも、お兄さんの名前を知っていて、日本語を書けるのは私たち勇者4人とお兄さん本人だけのはず。


 お兄さんは生きている!


 その事実が、私にとてつもない勇気をくれた。

 ただひとつ。お兄さん――鈴木さんが、私に伝えたいこと。それを、すぐに確かめないと。

 ほかの3人に見つかるとよくない気がする。

 でも、あんな演説の後だ。あまり急いでいては怪しまれるかもしれない。

 走り出したい気持ちを抑えて、早歩きにならないよう気をつけて、できるだけ平静を装って兵舎へと戻った。


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