第122話 公務員、魔方陣に向き合う

 休憩を終え、俺たちは再び立ち上がった。

 足元に広がる魔方陣。

 淡く光る魔力の円陣が床に描かれ、その中心には、古い文字が刻まれた石板が埋め込まれている。


「魔方陣か」


 俺はじっとそれを見つめる。


「今後、避けては通れないよな」


 人間の迷宮にあったものと同じ。

 1階で見た魔方陣と、構造も大きく変わらないはずだ。

 もちろん、再びどこか見知らぬ土地に飛んでしまったらと思うと恐怖はある。が、今後を考えると使用を避けることは考えられない。少なくとも、もう一度は試すべきだ。


「魔王陛下からもらった首飾りがある。これを使えば、問題なく転移できるはず」


 俺がそう言うと――


「よし、魔法陣など使わずに戻ろう」


 レミリスが即答した。

 間髪入れずに、だ。


「……え?」


 俺が言葉を詰まらせていると、ヴァルトも首を傾げた。


「まだ時間も早いし、魔法陣を使わなくても帰れるんじゃないか?」


 レミリスは真剣な表情で俺を見つめた。


「待て待て」


 俺は手を振りながら反論する。


「この話を魔王陛下にしたときに、何かの呪術的な干渉を無効化できるようにと首飾りを渡してくれたんだぞ?」


「それはそうだが……」


 レミリスが言葉を詰まらせる。


「それに、魔王殿下も『機会があれば、魔族の領土にいるうちにでも試してみると良い』って言ってただろ?」


「……それも、そうだが」


 レミリスは言葉をつまらせながらも、こちらを真剣な表情で見た。


「でも、お前がまたどこかに飛ばされる可能性もあるだろ!?」


 レミリスが一歩前に出る。


「そんなこと、絶対にダメだ!!」


「……」


 レミリスの目は本気だった。絶対に譲らないと、これまで以上にルビー色の瞳が鋭さを増す。

 俺は試さなければと思っていたが、レミリスがここまで強く拒否するとは思わなかった。


「うーん……とはいえ、魔法陣を使わずに今後の迷宮探索を進めるのは現実的じゃないんだよな」


 俺が悩んでいると――


「おお、ならこうしたらどうだ?」


 ヴァルトが提案する。


「もしカズトがどっかに飛ばされても、真っ先にこの国に戻ってくることを約束してもらえばいいんじゃないか?」


「……なるほど、それなら」


 ヴァルトは俺の肩を叩きながら続ける。


「俺も、魔王陛下が呪術的なものなら防げると渡した勾玉があるから、大丈夫だと思うぞ。それに、カズトは試したがってるしな」


 しかし――


「それでも、もし、いなくなったらどうするんだ?」


 レミリスが俺の目を覗き込むように詰め寄ってきた。

 俺は迷いなく答えた。


「必ず、魔族の国に戻ってくると誓う」


 レミリスはじっと俺の目を見つめる。

 まるで、俺の言葉が嘘かどうか確かめるかのように。


「……」


 そして、静かに言った。


「嘘じゃないよな?」


「もちろんだ」


 俺は一度、勾玉を外して、手に持つ。


「お、おい!?」


「ほら、これで確認できるだろ?」


「そこまでしなくていい!」


 レミリスは慌てて俺の手を取り、勾玉を俺の首にかけ直した。


「ちょっと待て、レミリス……?」


「これはきちんとつけてないとシャレにならないからな! 外すな、バカ!!」


 そして――

 レミリスは俺の手を握ってきた。


「……え?」


「……これだと、どっかに行かないだろ」


 ヴァルトがなんとも言えない表情で黙って俺を見ている。


「……俺、先に魔法陣使おうか?」


「カズトがすぐにいなくなるようなことを匂わせるから、取り乱してしまった。カズトが悪い」


「……うーん、悪いことしてないはずだけどな」


 俺が苦笑すると、レミリスはふっと顔を上げた。もう、大丈夫なようだ。


「……よし、魔法陣に乗ろう」


 俺は決心して、声をあげた。


「俺から先に、とは言ったものの……いざ使うとなると、緊張するな」


 ヴァルトが苦笑しながら魔法陣に足を踏み入れる。


「魔法陣の上に乗ったら、1階を思い描けばいいんだな?」


「そういうことだ」


 ヴァルトは魔法陣に立ち、静かに目を閉じる。

 次の瞬間――

 光に包まれ、ヴァルトの姿が消えた。


「……消えた」


「よし、俺たちも行こう」


 レミリスが握っていた俺の手をさらにぎゅっと力を込める。


「……行くぞ」


 彼女は恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしながら言った。


「……ああ」


 俺たちは魔法陣に乗る。


「1階を思い描く……」


 光が視界を覆い、俺たちは一瞬で転移した。




「おお、よかったな!」


 俺たちが1階に転移すると、ヴァルトが手を振って迎えた。


「無事にみんな戻れたな」


 俺も安堵の息をつく。


「……」


 しかし、ヴァルトはじっと俺たちの手を見て――にやにやと笑う。


「……?」


「……!これは違うんだ、ヴァルト!!」


 レミリスが慌てて手を離した。


「カズトがもしもいなくなっても、2人で飛べば生存率が上がるし、すぐに戻れる可能性も上がるから仕方なくだ! 団長として、唯一の隊員を守るための判断だ!」


「まあ、そういうことにしとくか」


 ヴァルトが肩をすくめる。

 ぷくっ〜!

 レミリスが頬を膨らませながら、俺の手を離した。


「……さあ、帰ろうか」


 俺は肩をすくめ、二人とともに迷宮を後にした。

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