第90話 戦場の姫騎士、レミリス

 私は、レミリス・ナクタリア。

 ナクタリア国の王女として生まれ、そして、騎士としての道を選んだ。

 騎士になる決意をしたのは、3年前のこと。

 それは、人間との大きな戦争に一区切りがついた年だった。

 尊い犠牲と共に――



 私の父、ゼバス・ナクタリアはナクタリア王国の現国王。しかし、3年前までの彼はとっくに王座を降り、静かに隠居していた。

 私と兄のギルベルトは、父・ゼバスの第二王妃の子供だった。

 私には兄が三人居た。上の二人の兄は第一王妃の子供であり、年も15才以上離れていた。王族で15才も離れていると関わりはかなり少ない。しかし、私たち四人はすごく仲良しであった。

 特に女の子は私一人で、また末っ子ということもあり、事あることに可愛がられて過ごしていたと思う。


 四人が仲良かった最大の理由に、長男のバスタージ兄上の存在が大きい。バスタージ兄上は、まさに優しさと強さを兼ね備えた尊敬すべき兄上で、みんなが兄上についていけば大丈夫という安心感があった。

 私の母は、私が幼い頃に亡くなった。その時、父は王位をバスタージ兄上に譲り、引退をして、陰から国を支える立場についた。また、側近として次兄や叔父上といった優秀な王族が支える盤石の体制であった。


 ――だから、私とギルベルト兄さんは、王族というよりも王を助ける臣下として育てられた。


 この国を継ぐのは、バスタージ兄上と、その子供たち。誰もがそう信じていたし、私自身も疑ったことはなかった。

 私とギルベルト兄さんは、引退した父からの愛情を一身に受けて育った。王としての責務を果たし終えた父にとって、私とギルベルト兄さんはまるで孫のような存在だったのだろう。

 父は自ら勉強や剣を私たちに教えてくれた。いつも、笑っていた。


 そして、3年前――

 激化する人間との戦争に終止符を打とうと、国王であったバスタージは何度も戦場に立った。


「国王が出陣する?」


 国王自らが戦場に立つ――それは、最後の手段だ。兄は賢く、勇敢で、父にも劣らない偉大な王だった。

 そして、彼を支えていた次兄や叔父上といった勇敢な王族もまた、戦場へと向かっていった。

 それほどまでに、戦局が追い詰められていたのだろう。


「必ず勝つ。そして、この戦争を終わらせる」


 兄はそう言い残し、戦場へと向かった。



 そして、戦争が始まった。大きな戦だ。

 前線では、第一騎士団を中心とした軍勢が人間たちと激しい攻防を繰り広げた。

 私はまだ幼く、もちろん戦場に立つことは許されなかった。

 それでも、王城には次々と戦況の報告が届いていた。


「優勢に進んでいる」


 最初の報告は、そうだった。

 ナクタリアの騎士たちは強かった。

 兄の指揮のもと、戦場は次々と制圧されていった。

 だが――


「人間側に援軍が来た。宗教国家の僧兵だ。数がすごいぞ」


 その報告を聞いた瞬間、王城の空気は一変した。

 ナクタリアと長年争ってきた人間の国アースティア王国が、宗教国家と手を組み膨大な数の僧兵を送り込んできたのだ。


 ナクタリアの軍勢は、撤退の余地をなくし、次々と散っていった。

 そして――

 その日、戦場に立っていた兄たちは誰一人として帰らなかった。


「人間側の兵が引いていく」


 魔族と人間の共に膨大な被害が出て、戦争は一時的に休戦となった。

 王城に届いたのは、兄たちの死の報せだった。


「兄上が……?」


 耳を疑った。

 信じられなかった。

 そして、それと同時に、私たちの運命も大きく変わった。

 王の死――

 それは、ナクタリア王国の王座が空席になることを意味していた。

 次代を担うべき王だったバスタージ兄上は死に、側近であった次兄もまた亡くなった。

 その時、まだ16歳であったギルベルト兄さんが第一騎士団の団長として即位し、国の防衛を担うことになった。

 そして、父・ゼバスは再び王座へと戻らざるを得なかった。

 私は、その光景を見て決意した。


「私も、騎士にならなければならない」


「この国を、そして家族を守らなければならない」


 それが、13歳の私の決意だった。



 そこからの私は、ひたすらに剣を振るった。

 まだ13歳だった私には、騎士としての力など何もなかった。

 だが、私は騎士になると決めた以上、半端な覚悟で剣を握るつもりはなかった。

 何度も打ちのめされ、何度も壁にぶつかった。

 だが、それでも諦めなかった。


「私は、守る側にならなければならない」


 その一心で、私は血が滲むほどに剣を握り、鍛錬を積んだ。

 そして、私は成長した。


 3年前の大きな戦からは、人間との戦いは小競り合いが続いている。

 私は、父や兄が止めるのを聞かずに戦場に赴いた。

 一人の騎士として――

 何度、剣を振るったかわからない。

 どれだけの人間の戦士をこの手で殺めたかも、もう覚えていない。

 それでも、私は剣を握る。

 戦場では、私は「戦場の姫騎士」と呼ばれるようになった。

 王族としての品格を持ちながら、剣を振るう騎士。その姿を見て、戦場の士気は大いに高まった。


 「騎士であり、王族であること」


 それが私の誇りであり、私の生き方そのものなのだ。


 そして今――

 私は剣を手に取り、戦場に立つ。

 王族として、そして騎士として。

 この国を守るために。

 ――家族を失わないために

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