第56話 白石菜々、異世界で戦闘訓練を受ける

 朝食を終えた私たちは、訓練場へと向かった。

 この世界に来てから毎日の日課になっている、戦闘訓練だ。

 私たちは全員「勇者」として召喚されたけれど、最初から強いわけじゃない。4人それぞれに戦い方の指導が入っている。

 指導でいつも言われることは、魔物を倒すことでレベルが上がり、ステータスは上昇していくが、ステータスが高いからといって戦い方が分かっていなければ意味がないということだ。

 戦い方を知らなければ、攻撃をたくさん受けてしまうし、無駄な動きが多くなる。ステータスが高いことで「怪我をしにくくなる」とか、そういう恩恵はあるけれど、最終的に重要なのは 「戦い方」 だった。

 また、スキルも同様で強力なスキルも使い方をしっかり学ばないと効果は半減してしまう。そのために、レベルをあげる前にまずは自分の使えるスキルを最大限に活かせるようにする訓練が必要ということだ。そういうわけで、毎日、徹底的に訓練を繰り返している。



 訓練場に着くと、すでに騎士たちが準備を進めていた。

 いつも指導してくれる教官が、私たちを見回しながら説明を始める。


「さて、今日は個別訓練の後、連携訓練を行う。各自、自分の役割を意識して取り組むように」


 教官の言葉に、みんなが真剣な表情になる。それぞれの戦闘スタイルに沿った訓練が始まった。

 神崎さんは剣士として、剣術の反復訓練 を行っていた。

 彼の役割は前衛で敵の攻撃を受けつつ、確実に斬り伏せること。


「はあっ!」


 鋭い掛け声とともに、神崎さんの剣が振り下ろされる。相手役の騎士が受け止めるが、その威力に少し押されているのが分かる。


「お前の攻撃は力強いが、無駄が多い。もっと無駄な動きを省いて、敵を確実に仕留める動きを意識しろ!」


 教官が指摘すると、神崎さんは息を整えながら深く頷く。もともと運動神経はいいから、こういう実戦形式の訓練にはすぐに適応できるんだろう。


 一方で、桐生さんは弓を使った遠距離攻撃と支援魔法の訓練 を行っていた。


「……」


 無言で矢をつがえ、的に向かって放つ。

 シュッと風を切る音がしたかと思うと、矢は見事に的の中心に突き刺さった。


「ふむ、精度は問題ない。だが、実戦では敵が動く。それを想定して撃つことを意識しろ」


 教官の指摘に対し、桐生さんは静かに頷いた。

 彼はもともと冷静なタイプだから、こういう訓練ではミスが少ない。


「ファイアボルト!」


 玲奈ちゃんが詠唱すると、火の玉が飛び、木の的を燃やす。魔法使いとしての彼女は、遠距離から敵を焼き払う役割だ。強力な魔法を扱えるけれど、詠唱やMP管理が重要になってくる。


「魔法は威力がある分、消費が激しい。無駄撃ちせず、確実に当てることを意識しろ」


 教官の言葉に、玲奈ちゃんはちょっと不満げな顔をする。


「分かってますよ。でも、もし一気に片付けられるなら、それに越したことなくないですか?」


「それが通じるのは、敵が単純な動きをする場合だけだ」


「ちぇっ……」


 プライドが高い玲奈ちゃんは、こういう指摘をされると少しむくれる。でも、素直にアドバイスを聞いているのは、やっぱり根が真面目なんだと思う。


 そして私は、回復魔法の訓練。

 訓練で傷を負った兵士たちに、実際に回復魔法をかけていく。


「ヒール……」


 私の手のひらから淡い光が広がり、兵士の傷を癒していく。

 聖女としての私の役割は、傷を癒し、仲間が倒れないようにすること。直接戦うことはほとんどないけれど、みんなの支えになれるなら、それでいいと思う。


「いいぞ、回復魔法の精度も上がってきたな」


 教官が褒めてくれると、少しだけ自信が湧いてくる。


 最後に、四人の連携訓練を行う。

 前衛の神崎さんが敵を引きつけ、桐生さんが後方から援護。玲奈ちゃんが魔法で範囲攻撃を仕掛け、私は回復とバフを担当する。


「翔、右側の敵が動いた!」


「桐生、もう一発頼む!」


「分かった……っ!」


「菜々、回復!」


「うん、ヒール!」


 最初はぎこちない部分もあったけど、だんだん息が合ってきた。

 やっぱり私たち四人は、いいチームなんだと思う。


「ははっ、いい感じだったな!」


「今のはちょっと楽しかったかも」


「……悪くない」


「これなら、本当にやっていけるかもね」


 みんなと笑い合う。

 本当に、いい仲間でよかった。

 この世界に来たことは不安でいっぱいだけど、少なくとも 「一人じゃない」 ことだけは確かだった。


 訓練が終わり、夜も更けていく。

 私たち勇者は王城で過ごしているため、生活は驚くほど快適だ。広々とした食堂で温かいご飯を食べ、香り豊かなスープを飲む。

 お付きのメイドさんが何もかも世話をしてくれて、必要なことは全て整っている。

 衣服の管理、部屋の掃除、食事の準備——まるで貴族のような暮らしだ。

 訓練で疲れた体を癒すため、ゆっくりと湯に浸かる。石造りの浴場は豪華で、湯の温度も絶妙だった。

 玲奈ちゃんと一緒にお風呂に入りながら、今日の訓練のことを話す。


「ねえ、菜々。今日の連携訓練、結構よかったよね」


「うん。みんな息が合ってたし……私も、もっと頑張らないと」


「菜々は十分やれてるよ。支援なしじゃ、私たちあんなに動けないんだから」


 玲奈ちゃんが軽く微笑んでくれる。

 こうやって話していると、普通の学校生活みたいで……少しだけ心が和らぐ。

 お風呂から上がり、部屋へ戻る。

 天蓋付きのベッド、ふかふかの布団、上質な絨毯が敷かれた静かな空間。

 明かりを落とせば、まるで異世界に来たことなんて忘れてしまいそうなくらい、心地よい夜が広がる。


 ズキン……

 突然、頭の奥が痛んだ。

 眉をひそめ、そっと頭を押さえる。

 ……まただ。

 ここ最近、夜になると頭痛がする。

 それだけじゃない。

 気づけば、いつも 「戦わなきゃ」 という考えが浮かんでくる。

 平和を守るために、魔族と戦わなければいけない。

 戦え、戦え、戦え。

 勇者としての役割を果たせ。

 ——そんな言葉が、頭の中でぐるぐると回る。

 でも、それは私自身が考えていることなのか?

 どこか、違和感がある。

 私は本当に戦いたいと思っているんだろうか?

 分からない。

 分からないまま、不安だけが心を締めつける。


「リフレッシュ」


 無意識に、私は魔法を唱えていた。

 すると、スッと頭の痛みが消えていく。

 不安や恐怖も、まるで霧が晴れるように消え去った。

 ……これで、安心できる。

 少しぼんやりした意識の中で、手首の腕輪がぼんやりと光っているように思えた。


「……?」


 以前にも腕輪が光った気が……

 気のせいだろうか。

 私は、深く考えるのをやめることにした。

 今は、眠ろう。

 私は静かに目を閉じた。







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