超ポジティブドアマット令嬢~厳しいお言葉を頂けるなんて感謝しか御座いません~
中谷 獏天
第1話
《まだ汚いじゃない!やり直しよ!!》
「はい!」
私は妾の子。
この貴族の家に置いて頂けるだけでも、とても幸運な事なのです。
なのに、確かに私は気を抜いていたのかも知れません。
確かに良く見れば、繊維が1つ落ちていました。
舐める様に掃除しなさい。
そう言われていたのに、私は無意志に掃除の手を抜いていたのかも知れません。
《ちょっと、お姉様。もう掃除は良いわ、それより私の刺繍をお願い》
「はい!直ぐにも」
妹は少し気が強くて言葉が荒いけれど。
コレは私にだけ、本当の家族だからこそ、こうして内弁慶な可愛い妹。
刺繍は私の為。
こんな上等な色付きの糸や道具箱に触らせてくれるのは、この妹だけ。
花嫁修業の一環を、敢えて押し付けると言う形で私に教えてくれている。
本当に優しい子。
『お姉様、だっこ』
「刺繍をしているので、動かないでくれますか?」
『うん』
「はい、では動かないで下さいね、危ないですから」
『うん』
この可愛い弟は、とっても甘えん坊さんで。
私が1人の時には、いつもこうしてくっ付いて温めようとしてくれる、優しい子。
お父様はお仕事でお忙しく、私は殆ど顔を合わせる事は無いのですが。
頑張って下さっているお父様の為、私は出来るだけの事をしようと思っておりまして、帳簿だけはお父様が私にお任せして下さる様になりました。
そして今では裁縫も、家に出入りする職人の方に褒められる程度にはなりましたし、刺繡も妹のお陰で他のご令嬢からも頼まれる様になったのですが。
お洗濯とお掃除とお料理、それと礼儀作法についてはまだまだお叱りを受けているので、もっともっと精進しなければなりません。
誰よりも早く起きてはいるのですが、どうしても不器用で無能な私には時間が足りず。
出来るだけ早く家を出て、もっと立派な侍女になりたいのですが。
お父様は、まだまだだ、と。
早く楽になって頂きたいのですが。
まだまだ未熟なのです、私。
《そうそう、あの子にお似合いの相手を見繕って来たの》
『なん、だと』
《もうあの子もデピュタントの時期、昔とは違い、この時期が最も良い出会いが有るんですのよ》
『だが、あの子は』
《ご心配なさらないで、はい、釣り書きで御座います》
今も昔も、最も切羽詰まった者が必死に婚約者を探している事は変わらない。
けれど夫は、仕事仕事で、ココ最近は若い者の居る社交界には出てらっしゃらない。
お陰で、愛人とは逢瀬の時間がたっぷりと頂けているから良いのですけれど。
そろそろ邪魔なのよね、あの子。
『こんな方が』
《ええ、そうなんですの。確かに以前の婚約者様は亡くなっておりますけど、事故、だそうで。どんなキツイ方でらっしゃっても、流石に次のお相手は、更に大事にして下さるかと》
本当は正妻の子だけれど。
それはウチのに継がせる為、ココはあの子にすり替わって貰い、遠くて野垂れ死んで貰わないとね。
『だとしてだ、良いのか』
《ええ、実はあの子には好いた方が。ですけどあまりにも上の立場でらっしゃって、もう少し落ち着きましたら、必ずご報告致しますから。どうかアナタはお仕事に専念して下さいませ、コレは妻の努め、ですから》
『そうか、頼めるか』
《はい、必ず》
私が本来の正妻の子。
なのに姉は、お母様の温情のお陰で、ココに住んでいるの。
本当に腹立たしいわ。
けれど、この事は内緒なの。
お父様にすら言ってはいけない事、何処に耳が有るか分からない、だからお母様にだけ。
《もう、お母様、本当にアレが》
《もうアレに、アナタが苛立たずに済むわ》
《お母様、それは、どうやって》
《アレと素敵な家との婚約を、お父様に承諾して頂いたの》
《そう、そうなの、ふふふ》
《やっとね、ふふふ》
急いで刺繍を仕上げさせないと、それにストックも必要だし。
まぁ、寝かせなければ良いだけ、どうせ馬車で移動するだけなんですもの。
「私が、婚約、ですか」
『あぁ、少し過去の有るお方だが、その分お前を』
「ありがとうございます、お父様、こんな不出来な私に婚約相手を探して頂けるなんて」
『ぁあ、いや、私では無いんだ』
「まぁ、では
『あぁ』
「
『あ、あぁ』
私、結婚は疎か婚約すら出来無いものと思っておりました。
なのに、婚約だなんて。
文字は全く読む事が出来ず、貴族のお仕事を殆ど出来無いと言うのに。
一体、どんな奇特な方が。
いえ、どんな方にも誠心誠意、尽くすしか有りませんよね。
「あ、それで、いつ」
『デビュタントの少し前に、向こうへ』
「あ、デビュタントの時期は混雑しますものね」
『あぁ』
「何か揃えておく物は有るのでしょうか?」
『いや、任せてくれれば良い』
「そうなんですね、ありがとうございます」
『あぁ』
そうして私は、よりいっそう、お屋敷を綺麗にしようと思いました。
ですが、妹が甘えてきて。
《お姉様、刺繡がとっても好評でしたの、追加をお願い致しますわ》
「良いけれど、どの位かしら?」
《150枚、お姉様なら、家を出るまでには簡単でしょう。じゃ、後は宜しくね》
偶に妹は無理難題を突き付けるのですが。
コレも家族として最後の甘え、なのだと思います。
だって、とても上機嫌に部屋を出て行ったんですもの。
あぁ、きっとアレね。
私の為に、刺繍を上達させたかったのね。
ありがとう。
本当に優しい子。
《行ってらっしゃい、もうココはアナタの家では無いの、だから決して帰って来てはダメよ》
「はい」
《行ってらっしゃい、お姉様、どうぞお元気で》
「ありがとう、アナタも元気でね」
『お姉様、行かないで』
「大丈夫、私は幸せになりに行くの、だからアナタも幸せでね」
『うん』
「今までお世話になりました、本当に、ありがとうございました」
《良いのよ、宜しく頼むわね》
「はい、では」
こんな能天気な女の世話をしなければならないのは腹立たしいけれど、ココより格上の家で働ける事は何より。
しかも、悪評を流し婚約を破棄させられたなら、更に褒賞が貰える。
かなり揉めそうだから、そこそこの悪評を流して、適当にこの女に虐められたとでも言って。
それなりの家に紹介状を出して貰って、縁を切れば完璧。
まぁ、暫くは様子見で。
徐々によね。
どうせ勝手に、尾ひれが付くのが貴族の家なんだもの。
「長旅は始めてなのだけれど、アナタは?」
「あぁ、お屋敷に来るまでは、その程度ですね》
「そうなのね、無理せず行きましょうね」
「ですね」
私はお坊ちゃまの乳母であり侍女長を母に持つ、貴族であり侍女。
この侍女から察するに。
婚約者の方は家で軽んじられている。
しかも不思議な事に、当主に突然の商談が入り出迎えが出来ず。
更には、嫁入り道具は疎か、荷物らしい荷物が異様に軽い。
大方、見栄えだけを整え、中身は空っぽなのだろう。
悪しき噂の多い令嬢か、虐げられていた令嬢にこの待遇が多いと聞くが。
彼女がどちらなのか、巧妙に隠蔽されており判断は不明。
少なくとも食事は十分に与えられており、髪や肌艶に問題は無い。
そして手先は、婚約の知らせからなかり時間が経っている為、綺麗に整えられており。
身体の傷は。
今夜の宿屋で確認する予定だが、一先ずは揺さぶるか。
《行程をまだお知らせしていませんでしたが、宿泊予定先には大浴場が有るそうです》
「そうなんですね!私、初めてですので、是非お作法をお教え頂けると助かります」
「すみません、お嬢様は世間知らずでして」
《いえいえ、では、着きましたらお教え致しますね》
「はい、ありがとうございます」
どうやら傷は無さそうだ。
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