ヘルモードの森に飛ばされたおっさん鍛冶師が、【技術の加護】でのんびり鍛治ライフを満喫するようです 〜素材集めと道具作りでサバイバルしていたら、あらゆる技術を極めていました〜

D・マルディーニ

職人アーロン、武具工房を始める

1章 黄金幼女

第1話 宝箱と加護



 熟練の腕が集う街、カクロコン。

 そんな職人の街に生まれ育って36年、

 私はこんな言葉を浴び続けてきた。


「アイデアだけは天才的だ」


 どうやら私には武器の設計図を作る才能があるらしい。

 だけど残念なことに、その発想を形にする技術がなかった。


 私は致命的なまでに不器用すぎたのだ。


 街の工房には私よりも凄腕の職人なんて腐るほどいて、彼らなら私のアイデアを形にすることができた。私の考案した武器がコンクールで入賞し、末席から金色のトロフィーを眺めることもあった。


 同時に、どこかでモヤモヤした気持ちを抱いていた。


 見て見ぬふりをしても、自分の気持ちに嘘はつけない。

 私だって職人の端くれだ。


 本当は自分の手で作りたかった。




     *




 技術はないが怪力はある。

 だがこれはあまりにも……


「た、宝箱!?」


 カクロコン鉱山の洞窟で、私はツルハシを片手に困惑していた。

 鉄鉱石を採掘しようと思ったら、あまりの怪力に岩盤が崩れ落ちて、宝箱を掘り当ててしまった。


 なぜ!?!?


 木造であるが、朽ちていない。

 豪華な装飾を施されていて、つがいなどの金具はすべて黄金。


 なんか……めちゃくちゃ伝説っぽいぞ!


「と、とりあえず開けてみるか」


 私は手を伸ばし、宝箱の蓋を開いた。

 箱の底に、ボロボロの布袋が乱雑に置かれていた。


「ちょっと……汚いな」


 布地がささくれているほど古びている。

 持ち上げてみるが、軽い。

 中は空っぽか?

 そう思い確認してみると、


「眼鏡……?」


 銀縁の丸眼鏡が姿を現した。

 こっちは綺麗だ。


 銀縁のフレームを摘んで、いろいろな角度で眺めてみる。

 細身で、軽くて、何の変哲もない眼鏡だ。

 そう思っていると、箱の底に手紙が敷かれていることに気づいた。


 手に取り、読む。


『お前、この箱を見つけるなんて運がいい』

「うん? なんだ?」


 ずいぶん気さくな出だしである。


『俺の名前はアルス・マグナ。この箱の中身はお前に全部くれてやる』


 可愛らしいイタズラだと私は思った。

 アルス・マグナは神話に登場する英雄の名前だ。


『説明はあとだ。まずはその眼鏡をかけてみろ』


 書かれてある通りに眼鏡をかける。


「なっ!?」


 すると不思議なことが起こった。


__________________

【アルス・マグナの宝箱】

 傷一つつかない魔法の宝箱。

__________________


 黄金の宝箱の上に、説明文らしきものが浮かび上がったのだ。


「…………」


 なにこれぇ……。


 私はぷるぷると震える。


 眼鏡を外すと説明文が消え、眼鏡をつけると説明文が現れる。


__________________

【アイテム袋】

 容量が無限の魔法の袋。

 中に入れたものは永久に保存される。

__________________


 次にボロボロの袋を眺めると、そんな説明文が出現した。


「……容量が無限?」


 いやいやいや。

 そんな便利なものがあるはずがない。


「ははは……」


 一人で笑う私。

 だが頭に浮かんだ言葉とは裏腹に、期待が胸の内で膨らんでいく。


 もしこれが本当のことだったら……。


 半信半疑だったけれど、私は試すことにした。


 ちらりと宝箱を見る。

 もしかすると、この袋にすっぽりと宝箱が入るのではないだろうか。

 袋の口を目一杯まで広げて、ぐいぐいと中へ宝箱を押し込んでみた。


 おお……!


 すっぽりとまるまる入った。


 おかげでボロ袋は宝箱一個分膨らんだ。

 だが、見る見るうちにぺたんこに萎んでいった。

 一瞬のことだった。

 ぺたんこになった袋を持ち上げてみる。

 本来あるはずの重みも消えてなくなっていた。


「…………」


 私はまたもやぷるぷると震えた。


 ほんとになにこれぇ……。


 いや、でも、入れたものを取り出せないと意味はない。

 今度はボロ袋の口に腕を突っ込み、固いものを両手で掴んで引き抜いた。


「取り出せるんだよなぁ……おかしいよなぁ……」


 一番自分がびっくりしている。

 けど、目の前で起きていることは事実だ。

 自分でやったことだから疑いようがない。


 こんな不思議な袋がこの世にあっていいのか?


 どうしよう。

 これがあれば鉄鉱石を死ぬほどお持ち帰りできる……。

 そうすれば、剣を作る練習も好きなだけできるぞ……。


『どうだ、驚いただろ。その眼鏡はありとあらゆるものを鑑定できる神の眼鏡だ。もう一つはアイテム袋。まあ、詳細は説明を見てくれ。この二つは俺が神と一緒に創ったゴッドアイテムだ。この世に二つとないものだから大事に使ってほしい』


 ゴッドアイテム。名前からしてすごい。


『俺はもうこの世に満足した。俺の最後の望みは、俺を越える人間が現れること。これを使いこなせばお前はきっと大きなことを成し遂げるだろう。悪事を行うもよし、善事を行うもよし。アイテムをどう使うかはお前次第だ。俺は、お前が俺を越えてくれることを期待している。俺からは以上だ」


 鑑定眼鏡にアイテム袋。

 私は手に余るものを拾ってしまったらしい。


 これは絶対に秘密にしたほうがいい。

 バレると狙われちゃう、確実に。


『そうそう、この山には大地の女神がいるから、帰り際に挨拶していくといい。お前に実りある人生を。――アルス・マグナ』


 大地の女神。挨拶。人生。

 頭はもはやパンク寸前だ。


「とんでもないことになってしまったぞ……」


 鍛冶職人。36歳。

 30までにお嫁さんがほしかったけど、仕事が忙しくて出会いがなかった。

 私はそんな平凡おじさんだった――はず。




     *




 私は鉱石の洞窟を抜ける。

 鑑定眼鏡をつけたまま坑道を下っていく。


 普段見慣れた景色が違って見えた。

 あらゆる物質に説明が表示される。


 面白い。


 見え方が変わると世界はこうも変わるのか。


 面白い、面白い。


「世界は私の知らないことばかりだなぁ」


 山の雑木林に目を向ける。

 木々の説明が目に飛び込んでくる。

 種類の名。育つ気候。木の特徴。

 とても楽しい。

 

「なんだ?」


 山の中腹に着いたとき、私は不思議な光を見た。


 この山のシンボルである一本の大樹。

 その根元が金色に輝いているのだ。

 神々しいオーラとでも言えばいいか。


「消えた」


 しかもその黄金の輝きは、眼鏡を外すと視認できない。


 眼鏡をつける。

 黄金のオーラ。


 眼鏡を外す。

 大樹の根元。


 そういえば街では、この大樹がパワースポットだと噂されていた。


 私は導かれるままに、光のオーラの中に入った。

 金色の光に包まれて、体の奥がぽかぽかしてくる。


「ほぅ。お主、聖なる光が見えるのじゃな」

「はい?」


 唐突に、大樹がしゃべった。

 いや、違った。

 大樹の裏側から、金髪の幼女が現れた。

 神々しい黄金のロリータ。




     *




「見つかったのなら仕方あるまい」


 目の前の幼女が幼い声でそう言った。

 ちょっと生意気というか、偉そうだ。

 しかし、目を奪われるくらいに可愛らしい。


 次の瞬間、私は度肝を抜いた。


 金髪の幼女が宙に浮かび上がって、すいっと泳ぐように接近してきたのだ。


「おうっ!」


 私は思わず仰け反ってしまった。


 なんで浮いてるの? 怖いです。


 人間……ではないのかもしれない。

 私の直感がそう告げている。


 こういうときこそ鑑定眼鏡だ。


 さっそく眼鏡を通して鑑定してみる。

 幼女の頭上に【大地の女神】という表示が現れた。


 この幼女、女神様だったのか!


 女神様って、ぼんきゅっぼんじゃないのか?


「ふむ。何かよからぬことを考えておるな?」


 気がつけば、私の足元で黄金ロリータが憮然と腕を組んでいた。

 ジト目というやつだ。


「い、いえ!」

「まあよい」


 純金のような輝きを放つ柔らかい髪。

 ぱっつん前髪と白いワンピースが一層幼さを際立たせている。


「アルス・マグナとの約束じゃ、お主に加護を授けよう。何がほしい?」

「加護?」


 突然のことで頭が回らない。


「加護って、あの加護ですか? 歴代の英雄が授かってるような」

「他に何があるんじゃ?」

「私、ただの鍛冶職人ですよ? 英雄なんてとんでもない」

「ふむ、職人か。なら話が早い」

「……え?」

「お主には【技術の加護】を与えよう」


 黄金ロリータがちっちゃい指でとんと胸をつついてきた。


「技術の加護、ですか……?」


 突然、黄金の光に包まれ、私は戸惑う。

 ぽわぁっと温かい。


「職人としては最上の加護じゃ。努力すれば努力しただけ技術が身につく」

「それって、当たり前では?」

「人間には報われぬ努力があると聞くが?」

「なるほど……」


 私はその報われないほうの人間だった。


 6歳の頃から金槌を握り、30年ほど鉄を叩き続けた。

 誰よりも早く鍛冶場へ行き、誰よりも遅く鍛冶場から帰った、この30年。


 12歳のとき片手剣のコンクールに入賞したのが最後、それ以降コンクールに挑戦するも、私の剣が評価されたことは一度もなかった。


 自分に腕がないことを嫌というほど思い知らされた。

 いつしか私は、コンクールに挑戦することをやめた。


「ものは試しじゃ。あの崖を登ってみよ」

「あの崖をですか? うーん、無理なんじゃないかな……」


 黄金ロリータが指をさしたのは、足のかけ場もない断崖絶壁だった。


「ものは試しと言ったじゃろ? さあ、行った行った」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る