全員美少女の原石すぎる文芸部。え、男子部員俺だけですか?

本町かまくら

本編


 文芸部、と書かれた札の下にやってくる。


「ここ、かな」


 俺、高木真矢たかぎまやは深呼吸すると部室のドアに手をかけた。

 大丈夫だ、緊張するな。

 ……よし。


「失礼します! 入部希望でやってきました! 高木ま――あえぇ?」


 急激に勢いが削がれる。

 それは俺の目にとんでもない光景が飛び込んできたから。


「んぅ……」


 女子生徒が眠そうに声を漏らす。

 長い髪が地面に向かって垂れていて、顔は見えなかった。


「ふはぁ……ん?」


 目をこすりながら女子生徒が俺の方を見る。


 さっきまで寝てたんだろうか。

 それにしても……。



「なんで寝てるんですか?」



 こじんまりとした部室の中央に、デカデカと置かれた机の上から俺を見る女子生徒。

 片目は長い前髪で隠れており、顔はほとんど見えなかった。


「……なんですか?」


「俺の方こそなんですか」


 じーっと俺を見て何度か瞬きをした後、のそりと机から降りて俺に近づいてくる。

 身長は俺の胸……いや、もっと下か?


 とにかく小さい女子生徒が俺の前で止まった。


「何見てんだ」


「なんで喧嘩腰なんだよ」


「喧嘩の腰ってなに?」


「…………」


 確かに、喧嘩の腰ってなんだ?

 困っていると、マイペースなのか女子生徒が続ける。


「何しに来た」


「いや、入部希望で……」


「……見ない顔だな」


 ずっと喧嘩腰だな。


「今日転校してきたんで」


「……名前は?」


「高木真矢です。二年A組で……」


 するとスッと俺の手を握ってくる。


「よろしく、ヤマ」


「真矢です」


「こっち来て、ヤマ」


「だから真矢です」


 あと、握手って差し出して相手が受け入れてようやく「よろしくの握手」になるんじゃないの?


 そんな俺の細かいツッコみなど無視して、女子生徒がソファに座る。

 そして隣をポンポン叩いた。

 

 座れってことなんだろう。


「失礼します」


「ねぇヤマ」


「真矢です」


「蘭子の名前、知りたい?」


「えっと、はい」


 とりあえず下の名前だけわかったけど。


「蘭子の名前は蘭子」


「情報が蘭子しかなかったんだけど。ちなみに苗字は?」


「蘭子」


「上下セットなわけあるか」


三堂蘭子さんどうらんこ。蘭子って呼んでもいいよ」


「その前に俺の名前はま――」


「でさヤマ」


 俺の会話全無視?


「文芸部入りたいの?」


「最初にそう言ったんだけど……というか他の部員は? 蘭子一人だけなのか?」


「……蘭子、一人。わかってる、そんなこと。……蘭子は孤独。孤独の中で生きて、孤独の中で死にゆく蘭子……わかりやすく言えばぼっち」


「そういう意味で言ったんじゃないから。文芸部がってこと」


「……最初からそう言ってくれる? いらぬ心の傷を負った」


 ずっとムズイなコイツ。


「他の部員を蘭子がヤマに紹介してあげる」


「真矢です」


「そういえば、スマホの待ち受けがみんなの写真。それ見ながら説明する」


 蘭子は俺の手を離すと(ちなみにずっと握られていた。柔らかかった)、ソファから降りて机の上のスマホを取ろうとする。

 その拍子に床に散乱していたプリントを踏み、そして――


「わっ」


「っ!!!」


 咄嗟に動き、足を滑らせた蘭子を受け止める。

 その拍子に蘭子の重たい前髪が動き、蘭子の素顔が一瞬見えた。



「……え」



 蘭子の体がすっぽりと俺の腕の中に納まる。

 蘭子は無表情のまま俺を見て言った。


「ありがとう、ヤマ」


「……真矢、です」


 蘭子が俺の腕から降り、スマホを手に取る。

 しかし、俺はずっと心ここにあらずな状態だった。


 蘭子の素顔。

 それはまるで人形のように整っていて、パッチリとした瞳は宝石のようで。



(あれ? めちゃくちゃ可愛いんじゃ……)



 今のモサっとした、言い方は悪いが地味女のような容姿からは想像もできないほどの可愛さ。


 俺の見間違いか?

 いや、でも……。



 ――ガラッ。



 部室の扉が横にスライドする。

 

「ら、蘭子ちゃん! こないだ言われてた源氏物語の同人誌、元気じぃ物語持ってきた……あえぇ?」


 予期せぬ時の声「あえぇ?」で統一なの?


「み、見知らぬ男っ⁉⁉⁉」


「その言われ方は初めてです」


「見知らぬじゃないよ、こいつはヤマ」


「真矢です。あと喧嘩腰やめて」


 やってきた女子生徒に視線を送るとあたふたし始める。


「お、男の子……ぶ、部室に男の子!」


「ここ共学だよね?」


 普通に男いてもおかしくないと思うんだけど。

 女子生徒は慌てた様子でキョロキョロすると、はっとして窓際に走り寄り、縮こまった。


「こ、怖い……」


 ぷるぷる震える女子生徒。

 その度にメガネがカタカタと揺れ、三つ編みは体に合わせて震えていた。


 なんともザ・文芸部女子! って感じの女子生徒。


「大丈夫、ヤマは怖くない」


「蘭子……!」


「だって顔そこまでカッコよくない」


「おい」


 確かにカッコよくはないけど。


「カッコよくない……? ほ、ほんとだ。カッコよくない!」


「カッコよくないを安心材料にされると困るんだけど?」


「安心材料……! ひぃいいいいいいいいい!」


「どこに恐怖要素あったんだよ……」


 呆れたように呟くと、蘭子が相変わらず縮こまった女子生徒を指さしながら言う。


「この子、小野ひとみ。生徒番号1078973」


「情報の二つ目が生徒番号なのおかしい」


「ひっ! ふ、不正利用される……!!」


「どうやって不正利用するんだよ」


「不正利用……! ひぃいいいいいいい!」


 不正利用に関しては君が言いましたよね?

 

「ヤマ」


「真矢です」


 蘭子が再び俺の腕を引き、小野さんの下に連れていく。

 そして蘭子にされるがまま、手を小野さんに差し出した。


「ヤマ、文芸部に入るらしい」


「真矢です」


「ひとみも文芸部の一人。よろしくして」


 どうやら蘭子は俺と小野さんの仲を取り持とうとしてくれているらしい。

 その好意を無駄にするわけにはいかない。


「小野さん。これからよろしく」


「っ!!! これ、から……よろ、し……ひっ!」


「え?」


 小野さんが俺と蘭子を押しのけ、部室の外へ走り出す。

 俺の横を通る一瞬、前髪と眼鏡でよく見えなかった小野さんの顔がしっかり見えた。


 まるでアイドルのように整った顔。

 素顔に野暮ったい印象はどこにもなくて、とてつもない輝きを放っていた。 


 嘘だろ?

 もしかして、この子も……!



「よろしくお願いしまぁああああああああああああああああす!!!!!!」



「小野さん⁉」


 そのまま走り去ってしまう小野さん。

 あれ? 今よろしくお願いしますって言ってた?


「おめでとうヤマ。あれはウイニングラン」


「絶対違うだろ。ちょっと俺、追いかけてくる」


「あ」


 すぐさま俺も部室の外を出て、小野さんを追いかけた。










「ぜぇ……ぜぇ……」


 息を切らし、廊下で膝に手をつく。

 

「小野さん、絶対ただの地味っ子じゃないだろ」


 途中までは小野さんの背中見えてたのに、普通に走力でちぎられたし。

 それに小野さんのビジュアル的なポテンシャルは半端じゃない。


 蘭子も含め、ただ機会がなかっただけで、きっと……。


「うわっ!!!」


 背後から声が聞こえてきて、そのあとすぐに物が散らばる音が聞こえる。

 振り向くと、そこには散乱したノートとしょんぼりした様子の女子生徒が立っていた。


「大丈夫ですか?」


 ノートを拾いながら声をかける。


「あ、すみません!」


「いえいえ」


 それにしたってノートの数が多いな。

 ……ん?


「こっちはA組で、こっちはD組。F組もあるな……」


 数的にも一クラス分ではなく三クラス以上はありそうだ。

 普通こういうのって一クラス分じゃないのか?


 不思議に思っていると、女子生徒があははと笑みをこぼす。


「実は私F組なんですけど、ノート運んでたらD組の人とC組の人、あとA組の人にも持っていくのお願いされちゃって」


「四クラス分⁉」


「お願いされちゃったら断れないんですよね……あはは」


「断れないってレベルじゃないだろ……」


 一クラス40人だから、単純計算で160冊。

 ……そりゃバラまくわ。

 というか、逆に今までどう持ってこれてたかが気になる。


 女子生徒は力なく笑うと、視線を落としながら続けた。


「でも、私なんかが断ったら印象悪いですし……これくらいしないと私みたいな可愛くない女の子は人権失っちゃいますよ」


「いつの時代の学校だよ」


 少なくとも令和の時代はそんなことない。

 いや、前の時代もそんなことないけど。


 でも、確かにこの子の見た目は地味だった。

 髪は長くて、前髪は重た目で。

 絶妙に似合ってないというか、垢抜けてない感がすごいというか……。


 ん? でもよく見たら素材はよくないか?

 たぶん努力の方向が間違ってるだけで、蘭子や小野さんと同じく原石なんじゃ……。


「あ、あの! そんな私の顔見ても得するどころか損して、なんなら視力とか落ちちゃいますよ?」


「君の顔で視力落ちるの?」


 緑を見てたら目がよくなる、の逆?


「あ、そういえば自己紹介まだでしたね。私、倉沢小梢くらさわこずえって言います」


「高木真矢です」


「高木さん」


「真矢です」


「あ、すみません! 切腹ですよね」


「軽いノリで切腹しないです」


 あと、なんで蘭子と言い俺のことをヤマって言うんだ?

 活舌か?


「ちなみに、私のことはおい、とかお前、とかそこの、とかで大丈夫です」


「亭主関白?」


「た、高木さんがそれが良いというなら……お、お家で家事します」


 何この子。

 めちゃくちゃなんでも聞いてくれるんだけど。

 ダメ男ホイホイにしか見えない。


 その後、ノートを拾い終え、俺が半分持つ。


「とはいえ、一人80冊だともはや前が見えないな」


「そうなんです。人生と一緒ですね」


「急に深いな」


 もはや浅い。

 

 それから、ノートを職員室に運び終え、倉沢さんと廊下を歩く。

 

「まだ一緒ですね」


「そうですね」


 

 ――二分後。



「まだまだ一緒ですね」


「そうですね」



 ――三分後。



「同じ場所ですね」


「そうですね」


 辿り着いたのは文芸部の部室。

 どうやら倉沢さんは文芸部らしい。


「びっくりしました。まさか高木くんが文芸部だったなんて」


「今日入ろうと思って。転校生なんです」


「へぇ、そうなんですね。じゃあ私が文芸部の紹介を……わっ!」


 倉沢さんが床に散乱したプリント(なんで散乱してんだよ)に足を滑らせ、転びそうになる。

 

 本日二度目の快挙に体が慣れてると思いきや、


「倉沢さ――あ」


 俺も足を滑らせ、二人とも転倒。

 しかも俺が倉沢さんさんを押し倒したかのような体勢になってしまった。


 倉沢さんは一度慌てた後、何かを悟ったように目を閉じ、涙を目じりに貯める。

 これじゃまるで俺が倉沢さんを襲ってるみたいじゃないか。


「ごめ……」



「……これも神の定め、ですか」



「勝手に悟らないでくれる?」


 なんてツッコみをするも、俺はまたしても目を奪われていた。

 だって倉沢さんの素顔が、髪が乱れたことではっきり見えていたから。


 素材はいいと思っていた。

 しかし、


 くっきりとした目鼻立ち。

 肌は陶器のように白く、ザ・美人な顔立ち。


 やっぱり、倉沢さんも……!



「ひゃぁっ⁉⁉⁉⁉⁉」



 部室の扉から声が聞こえてくる。

 慌てて振り向くと、そこにはぷるぷると体を震わせた小野さんと、相変わらず表情が読めない蘭子が立っていた。


「ヤマが小梢を襲って繁殖」


「繁殖しないから。あと真矢です」


 急いで倉沢さんからどく。

 倉沢さんはのろりと立ち上がると、スカートを叩きながら言った。


「たぶん私、あのまま食べられても抵抗できませんでした」


「なんつーこと言ってんだ」


 とんでもない人だな、倉沢さんは。

 

「ねぇヤマ」


「真矢です」


「これで全員」


「え?」


 蘭子の言葉に首を傾げる。

 すると蘭子が倉沢さんと小野さんを順番に指さし始めた。


「倉沢小梢、小野ひとみ、そして蘭子。これで全員」


「……え?」


 まだ理解できない。

 しかし、少ししてやっと言葉の意味が理解できた。


「あー! 文芸部員がこれで全員ってことね――って少な!」


「少ない」


「それで文芸部やっていけてるのか?」


「それに関しては大丈夫だよ。あと二十人くらいいるけど、みんな幽霊部員だから」


「ふつう一人か二人だろ」


「たぶん本物の幽霊も五人はいる」


「その幽霊はカウントするな。あとオカルトはやめろ」


「これで蘭子の役割は終わり。ひとみ」


「ひぇっ!」


 蘭子に背中を押され、小野さんが俺に近づく。


「ひとみ、やれ」


「ひゃいっ!!!」


「蘭子の方が力関係強いのかよ」


 小野さんは視線をあたふたさせながらも言い始めた。


「えっと、その……マヤ山脈さん!」


「ベリーズの山脈じゃないです」


「そ、その……よ、よ、よ……」


 お、もしかしてこのパターンは……!





「夜もすがらもの思ふぅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!」





「千載集、俊恵法師⁉」


 小野さんが部室から走り去って行く。

 さすが、俺をちぎった脚力だ。

 あっという間に小野さんの姿は見えなくなってしまった。


「よろしく、ヤマ」


「真矢です」


「よろしく、高山さん」


「高木です」


 色々と間違いの多い文芸部だ。


 それに全員、“美少女の原石”。

 きっと少しのきっかけがあれば、誰もが羨む人気者になれるだろう。


 ……でも、見た目以外のクセが強すぎる気がするが。


 



 ――転校初日。

 

 奇妙な文芸部に入部した。

 

 そこは幽霊部員二十人、ガチ幽霊五人に実働している部員三人の不思議なパワーバランスで存続していて。

 さらに全員が美少女の原石。


「……あ」


 っていうか、男子部員俺だけじゃない?

 これからの活動、男女比率一対三⁉



「ねぇヤマ」


「真矢です」


「真矢って名前の方がよくない?」


「だから本名真矢です」


「それじゃあだ名になっちゃうよね」


「だから真矢です」


「……ま、ヤマ?」


「真矢です!!!」



 でも不思議となじみがいい。


 本当に不思議ながら。



 

 おしまい。

 

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