第2話 ニィハチキュウロク


   ニィハチキュウロク


登場人物

 圭吾...夫

 詩織...妻


 幕


 リヴィングの炬燵に夫婦二人が各々、pcを開き、一見すると仕事をしている様に見える。

 詩織はペンタブを使って絵を描いている様だ。圭吾は書き物をしている様だが、一切タイピングの音が聞こえて来ない。


圭吾「ダメだ。」

詩織「ダメかい?」

圭吾「先週から一行も進んでない。」

詩織「そりゃあ、あんな事があったんだから...。」

圭吾「スランプとかじゃなくて純粋に手に付かない...。集中出来ない。」

詩織「今は無理に書こうとしなくて良いんじゃ無い。」

圭吾「自分でも、まさか、こんなにショックだったなんて。」

詩織「自分じゃ気付かないんだよ。」

圭吾「気付いて無かったんだなぁ...、こんなにつば九郎が大好きだったなんて。」


 圭吾は深く溜息を吐く。詩織が手を伸ばし圭吾の背中を摩る。


圭吾「ごめん。大丈夫、大丈夫だから。(俯いて咽ぶ)」

詩織「いいんだよ、いいんだよ。泣きたい時は泣きなよ。」

圭吾「僕、つば九郎好きだった?」

詩織「そんだけ泣いてて、まだ実感無いんか?」

圭吾「そういう、『ああこの人、つば九郎が好きなのね。』みたいな言動というか素振りとか有りましたか?」

詩織「TVの番組表でつば九郎で探してたでしょ。」

圭吾「ああ!(思い当たる)」

詩織「番組表でスポーツで検索した後に絞り込みで『つば九郎』って入力する人はなかなか居ないよ。」

圭吾「ああ!(思い当たる)」

詩織「阪神の中継見てても、他の試合気になるからチャンネル変えるじゃない。」

圭吾「それは、つば九郎見たさでチャンネル変えてる訳じゃないでしょう。」

詩織「ヤクルト戦のチャンネルに合わせた時に6回以降だったら『ああ、つば九郎空中くるりんぱ見逃した!』って言ってた。」

圭吾「ああ!(思い当たる)」

詩織「圭吾さん、貴方はつば九郎のファンやで(突然コテコテの大阪弁になる)。」

圭吾「そうかぁ、僕、つば九郎のファンだったのかぁ。」

詩織「でも、それは二人だけの秘密や。誰にも知られたらアカン。」

圭吾「え?」

詩織「だって、旦那がヤクルトファンだなんて知れたら、大阪で生きていかれへん。」

圭吾「どんな街だよ、大阪。それにつば九郎が好きなだけでヤクルトファンじゃ無いし。阪神ファンだし。」

詩織「それを隠れヤクルトファンって言うんや。」

圭吾「何から隠れるんだよ。学生の頃から阪神応援してたでしょ。」

詩織「どうやろなぁ...。」

圭吾「何で疑われてるの?」

詩織「圭吾さんがコレだと思う歴代最強バッテリーは?」

圭吾「高津&古田...ああ!」

詩織「今1番バラエティ番組に出て面白いプロ野球解説者は?」

圭吾「真中充...ああ!」

詩織「圭吾さんの好きな12球団のマスコットは?」

圭吾「誘導尋問だ!そういう話は過去何度もしてるし、僕がヤクルトの選手の名前を言う様な質問を選んでる。」

詩織「バレたか。」

圭吾「じゃあ、詩織さんはつば九郎の事好きじゃないの?」


 間。


詩織「つば九郎...好きだった...。(泣き始める)」

圭吾「おおっと...。」

詩織「つば九郎...つば九郎...。」

圭吾「よしよしよし...大丈夫、大丈夫。コーヒー飲む?コーヒー淹れよう。」


 二人、キッチンに向かう。


詩織の泣き声「でも、コレは二人だけの秘密や。夫婦で隠れヤクルトファンだなんて知れたら大阪で生きていかれへん。」

圭吾の声「せやな、大丈夫誰にも言わへん。二人だけの秘密や。」


 幕

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大切な時間 ニド カオル @nidokaoru05

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