第二話 殺人コメント
※
「【言霊】は、もっとも簡単な呪いだ。ひとは、【言霊】にしばられ、言動を変えてしまう。死を恐れない兵隊、ブラック企業の社員、逃げては戻るDV被害者。【言霊】でしばられ、己の意思を歪め、やがて死にもいたる。古から現代まで、ひとの一番の敵だろう。【言霊】に呪われることを、ひとは恐れなさすぎる」
あいさつをしたら、いきなりはじまった話。私は、小さく口を動かす高良夏羽を見つめた。
「お前は、【言霊】を大事にするようにしろ。普段から、よい言葉を使い、悪い言葉を使うな」
「……私は、葛城(かつらぎ)ひなたです。お前はやめて下さい」
「心配ごとなど、夜に考えても答えが出ることはなく。よけいなことまで考えて寝不足になるだけで、判断能力が鈍くなり危険な目にあうことになる。よく、覚えておけ」
私は、昨晩の自分を言われ注意をされて、原因の彼を見つめた。
神戸元町中華街のはずれ、雑居ビルの一室。むきだしのコンクリートの壁、モルタルの床。カーテンは全てしめられ、まだ正午だけど薄暗い。
室内は何かの店のあとのようで、真ん中に大きなソファとデスクだけ。デスクの上にはモニターが何台も置かれ、この部屋の主が座っている。
濃いブルーのサングラス、ウェーブがかかった長めの髪の毛。着ている長袖のパーカーとスキニーは黒。細身で、組んでいる足は長い。
昨日、中華街で具合が悪くなった、私を助けてくれたらしい。高良夏羽は、三十歳の兄より少し若く見え、優しすぎる兄とは正反対に見える。
「……昨日は、大変お世話になりました。言われた通り、病院に行ってきました」
「身体は大丈夫だったのか。俺に手土産を持っていくよう、兄から言われたのか」
私は、「はい」と返して、神戸風月堂のゴーフルの紙袋を伸ばした。
「大学は、いつから行くんだ。兄から、休んでいる間のことを聞いたのか、自分の持病のことも」
「……はい。もうしばらくは、大学を休むよう言われました。身体に異常がなくても、……持病はよくなってないから」
「昨年の冬頃から、原因不明のめまいを起こすようになり、様々な記憶があやふやになる。持病のせいで、昨日、家を出てここで目覚めるまでの記憶がないんだろう」
兄は、高良夏羽に話しているのだと思い。少し嫌だなと思いながら、こくりとうなずいた。
私は、今彼に言われ、昨日兄に説明してもらった持病を持っているらしい。去年の冬から昨日までの記憶がとてもあいまいで、ふたりの言うことは本当なのだろう。
「兄から、大学を休んでいる間ここに来るよう、俺の手伝いをするよう言われたな」
昨日の夜、連絡先を交換してから高良夏羽の事務所を出て、ぼんやりした頭で呼んでもらったタクシーに乗り。家に着いて、兄から届いたメールのせいで眠れなくなってしまった。
私は、両親と事故にあってから、ひとと特に男性と関わることがとても苦手になり。今日、本当は、ここには来たくなかった。
「兄の言うことには、従え。恩人の俺に、恩を返せと言われたんだろう」
そう言って、高良夏羽は紙袋をとり。デスクに置いて立ち上がった。
「お前を、とって喰うことはしない。俺の手伝いを、兄から言われのだから。安心しろ」
濃いブルーのサングラスの向こう、薄っすら見える瞳は何を思っているか分からない。細長く、全身黒の服装。高良夏羽は、目の前に立っているだけで威圧感を感じる。
私は、全然安心することが出来ず。逃げたり断りの言葉を吐くことが出来なかった。
「行くぞ」と言われ、「どこに」と聞く前に彼は扉へと進んでいき。少し迷ったあと、後ろをついていった。
「悪い言葉とは何か。分かるか」
部屋の外へ出て、階段を降り。ビルを出てから、隣に立つ高良夏羽が聞いてきた。
「誹謗中傷とされる言葉。善意に見せかけた悪意のある言葉。自分を卑下する言葉。今から会うものは、不幸を予見する言葉にさいなまれていると言っている」
私が答えを言う前に言い、彼は「いくぞ」と歩きはじめた。私は、断ることが出来ず、少しあとをついていき。赤と黄色がまぶしく、にぎやかな中華街をぬけ。神戸元町商店街に入った。
高級感を感じる商店街、広い道の左右には色んなお店が並び。門扉がついた立派なケーキ屋さんへ、高良夏羽は入っていき続いた。
きらきらしたきれいなケーキが並ぶショウケースを過ぎて、喫茶店に入り。彼は一直線に、ひとりのひとが座る席へ着いた。
「【宝なつは】が、紹介をしたものだ。一緒にいるのは、俺の手伝いのものだ」
そう言って、高良夏羽は椅子に座り。戸惑っている私に、「となりに座れ」と言った。
「親には相談せずにきたのか。今からでも、俺が連絡をしてもいいが」
「連絡をしても意味がないです。今日は、来て頂いてありがとうございます」
向かいに座る、神戸の有名女子高の制服を着た女の子。彼に臆することなく言い、驚いた。
「【宝なつは】から、言われている通り。俺は、話を聞きに来た」
「ありがとうございます」と女の子は、軽く頭を下げ。私は、ふたりの会話の内容が分からず、店員さんにメニューを渡された。
三人ぶんの注文を終え、待つ間に会話はなく。テーブルに注文したものが並び終わってから。
「【宝なつは】に言われたことを、守っているな」
「あなたに会うときは、聞かれたこと以外話さない。そうしないと、問題解決をしてもらえないと聞いてますから」
「その通りだ。次は自分の番だと、信じているのか」
「はい。周りと、目の前で起こっていることですから」
高良夏羽と彼女が会話をはじめ。私は、何のことか分からない。
「どうして、ここに来ることになったか。感情を挟まずに話せ」
私は、彼女に向けられた言葉に既視感を覚え。彼女は、アイスコーヒーを一口飲んだあと、語り始めた。
「私は、明後日、【殺人コメント】に殺されます。【殺人コメント】を止めて欲しくて、ここに来ました」
私は、彼女が冷静に言ったことに、とても驚いた。
「自分をふくめたクラスメイト四人に、ひと月前から、順番に【殺人コメント】がSNSのコメント欄に書かれ。自分以外の三人は、すでに書かれたとおりの被害にあっている。【殺人コメント】は、SNSのコメント欄に現れる、【言霊】の呪いだろう。止めて欲しいのか」
高良夏羽が静かに言い、彼女はこくりとうなずいた。
「一人目は、【明日、体育の時間に大けがをしてお前は死ぬ】と書かれ、体育館の照明が落ちて入院後自宅療養中。二人目は、【明日、昼休憩のあとに腹痛でお前は死ぬ】と書かれ、食中毒で倒れ入院し自宅療養中。三人目は、【明日、放課後に屋上から飛び降りてお前は死ぬ】と書かれ、飛び降り入院中。四人目になって、何が書かれたんだ」
「【明後日、夜に電車に飛び込んでお前は死ぬ】と、昨日の夜、SNSに【殺人コメント】がありました」
高良夏羽に問われ、彼女がたんたんと言い。
「……どうして、そんなに落ち着いていられるの。怖くないの」
私は、口からもれてしまった。
「昨日の夜、【宝なつは】に相談をさせてもらったからだと思います」
「昨日の配信は、【殺人コメント】でとても盛り上がっていたな。大丈夫なのか」
「声を変えて話して、所在は明かしていません。それに、三人の事件は報道されてはいませんから」
「相談をして落ち着いたのに。配信後【宝なつは】からDMを受け取り、俺に頼ってきたのはどうしてだ」
「【宝なつは】に、あなたを頼るよう言われたからです。【殺人コメント】を止めて欲しいです」
高良夏羽と彼女は、とても落ち着いた様子で話していて。
「……本当に、怖くないの。ご両親と、警察に行ったほうがいいんじゃ」
私は、彼女より年上なのに、彼女より子供みたいな声を上げた。
「お前は、ひとをきちんと見るようにしろ」
高良夏羽が、私に向いて言い。なぜか、とても恥ずかしくなって、テーブルに視線を落とした。
「俺の手伝いはひとを見る目はないが、望むものをくれるだろう。明日、放課後に学校へ向かわせるから、【殺人コメント】の犯行現場を見せろ」
私は、高良夏羽が言ったことに顔を上げ。向かいから「どうしてですか」と聞こえた。
「【殺人コメント】を、止めて欲しいんだろう」
彼女は、「分かりました」と私を見ずに言い。高良夏羽は席を立ち、テーブルにお札を何枚か置いて、私の腕を持って店から出た。
「明日のことは、家に着いたときにメッセージを送る。今日は、まっすぐ家に帰れ。あれに、必要以上にかまうな。昨日の話を覚えていないだろうが、ひとは、ひとではないものと関わってはいけない」
高良夏羽は、私の正面に立って、威圧感を漂わせながら言い。
「……あの子、ひとりにしないほうがいいんじゃ」
私は、圧に負けそうになりながらも、小さく返した。
「お前は、昔から、お人よしすぎる。兄を見習って、少しは腹黒くなれ」
どういう意味か聞く前に、彼は「まっすぐ帰れ」と背中を向けた。
「明日は、頼んだぞ。お前にしか、止めることは出来ないだろう」
私が口を開く前に、彼はすたすたと行ってしまい。私は、少し迷ったあと、店に戻った。
席に彼女の姿は見えず、テーブルに残されていた小さなものに気づき。驚いて、胸が強くしめつけられた。
※
「本当に、来られたんですね。今日は、よろしくお願いします」
校門で出迎えてくれた、【殺人コメント】に脅されている彼女。昨日と変わらず冷静な顔と声で言い、「ついてきて下さい」と背中を向けた。
私は、母校ではない高校の門を、「おじゃまします」と入った。
歴史を感じさせる校舎、よく手入れされた花壇。生徒たちに「さようなら」と声をかけられ、返しながら進んだ。
「ひなさんと、呼んでもいいですか」
前を歩く彼女が言い、自己紹介はまだなのにと思った。
「昨日、店で別れたあとに、男の人からDMが送られてきました。ひなさんの名前と、今日私がすることが」
昨晩、家に着くと同時、高良夏羽から今日の指示のメッセージが送られてきたけれど。
「……あの、あなたの名前を教えてもらっていいかな」
彼女の名前はなかったので聞くと、少し前の背中が止まった。
「必要ないと思います。明日、全部が終わりますから」
私は、たんたんとした声に、口を開くことが出来ず。彼女が振り返った。
「ひなさん。昨日も思いましたけど、幸せに育ったんですね。男の人も言ってましたけど、ひとをちゃんと見たほうがいいです」
彼女は、何を考えているか分からない顔で言い。「ついてきて下さい」と背中を向けた。私は黙ってついていき、誰もいない体育館に着いた。
「換気のため扉は開いているんですが、入らないように言われています。照明が落ちてきたのは、囲まれているところです」
彼女の言うとおり、体育館の扉は開かれているけれど、【立ち入り禁止】の鎖がかけられ。体育館の床の上、囲いがしてある場所があった。
「一人目が【殺人コメント】の通りになったのは、午前の体育の時間で、ひとりを的にしたバトミントンをしていたときでした。照明が落ちてきたのですが、肩と腕の骨折で済みました」
彼女が、たんたんと言い。私は、背中が冷たくなるのを感じ、次は生徒がひとりもいない教室に。
「二人目が【殺人コメント】の通りになったのは、お昼に買ってきてもらった購買部のパンを食べて、午後の授業を受けていたときです。泡をふいて倒れて、けいれんを起こしていました」
がらんとした夕日がさしこむ教室。放課後特有の匂いがし、寂しさを感じた。
私は、顔色を変えずに言った彼女へ、思ったままを聞いた。
「……怖くなかったの。お友達が、そんなふうになって」
「泣き出しているこが何人かいました。日常のひさんな光景には関心を示さないの
に、非日常のことを見せられたら動揺するんだと思いました」
「……あなたは、どう思ったの」
「昔、田舎の祖母の家で見た。汚いねずみのようだと思いました」
私は、彼女の答えに驚き。「行きましょうか」と言われ、口を開けないままついていき。屋上について、乾いた風に包まれた。
「三人目が【殺人コメント】の通りになったのは、今と同じ放課後でした。呼び出された屋上に着いて、先の二人のことを問いただすうち手すりに追いつめられ。下の生垣に落ち、死ぬことはありませんでしたが。意識は戻らず、戻ることはないかもしれません」
彼女が、たんたんと言い。手すりに向かおうとするのを、腕をつかんで止めた。
「四人目が【殺人コメント】の通りになるのは、明日です。今日は、何も起こりません」
彼女は、私をじっと見つめて言い。私は、ごくりと喉を鳴らしてから、思ったままを言った。
「……どうして、そんな風なの。お友達が、三人も被害にあったのに」
「私も、明日、【殺人コメント】の通りになるからです」
彼女は、私に振り返らずに言い。私は、彼女の正面に周り、とても驚いた。
「おかしいです。昨日の男の人は、【殺人コメント】を書いた犯人が分かっているだろうに。何も言わず、ここに来させて。ひなさんは、何も気づかない」
彼女は、初めての笑顔を見せて、楽しそうな声で言い。私が口を開く前に、顔を戻して続けた。
「【殺人コメント】は、止まりません。私は、明日、【殺人コメント】の通りになります」
私は、胸がぎゅっとなり、彼女を抱いていた。
「……そんなこと、言わないで。私は、あなたが死ぬのはいやだよ」
「ひなさん。あなたは、本当に、幸せに生きてきたんですね。希望はなく、絶望しかない世界を知らないんですね。私は、あなたが嫌いです」
彼女が、とても固い声で言い。私を強くつきとばし、屋上を出て行った。
頭が真っ白で、とても冷たく感じる床の上から立ち上がれず。
「お前、とても、よい働きをしたぞ」
聞こえた上に向くと、なぜか、高良夏羽が手をのばしていた。
「【言霊】は呪いになり。【言霊】の呪いを、【言霊】が打ち勝つときもある」
彼に腕を持たれ、その場に立ち。訳の分からない言葉に、涙がこぼれそうになった。
「怖いと思うのは当たり前だ。お前は、激しい敵意を向けられたのだから」
私は、涙をこらえ、下を向いて「どうして」と返した。
「うらやましく思うものに対して、ひとは敵意を向けることがある。お前は、事故にあい両親をなくしたが、兄に大切に育てられ守られてきた。昔から、不幸があれば誰かに救いあげられ、希望のない絶望を知らない」
言われた通りで、口を開くことが出来ず。高良夏羽は「だが」と続けた。
「お前が、八つ当たりをされるいわれはない。お前は、あれが完全に操られる前に、正気を引き出すことが出来た。【殺人コメント】は止まるだろう」
私は、「えっ」と顔を上げ。サングラス越しに目があって下を向いた。
「お前、かには好きか。足が長く、ゆでたら赤いやつだ」
私は、唐突に思える問いに、「はい」と顔をもたげた。
「明日は、夜に事務所にこい。腹を空かせておくんだぞ」
そう言ったあと、高良夏羽は「行くぞ」と言い。「どこへ」と返した。
「【殺人コメント】を止めにいく。お前のおかげで、労力は最小で済みそうだ」
私は、「えっ」ともらし、腕をつかまれて屋上をあとにした。
高良夏羽の速足に連れられ、転ばないようついていき。日が落ちて、薄暗くなっている教室へ入り。
「【殺人コメント】の実行は、明日のはずだろう。三人を殺そうとした労力が無駄になるぞ」
窓際の席に立つ、ひとりへ。高良夏羽が言い、私を連れて近づいていき。
「【殺人コメント】で、電車に飛び込むと書いたんだろう。どうして、手首を切ったんだ」
私は、目の前の彼女の様子に気づき、固まった。
「いつものことです。こうすると、生きてることが分かります」
彼女は、手首にあったカッターナイフを落とし、床に赤黒い液体を落としながらこちらに向いた。
「手首を切って死ぬには、切り落とすぐらい切らなければ無理だが。それぐらいは分かっているか」
「分かっていますよ。あなたが、私のことを分かっているのも」
「分かっているのに。今日犯行現場を案内したのは、どうしてだ」
「ひなさんが、刑事かどうか確かめました。役所のケースワーカーでもないだろうし、何者なんですか」
「誰でもいいんだろう、【殺人コメント】を止めてくれるなら。死ぬなと、誰かに言って欲しかったんだろうが」
高良夏羽の言葉に、胸がとてもしめつけられ。彼女が、私のほうを向いて、にこりと笑んだ。
「何も知らない、幸せに生きてきた偽善者に言われて。よけいに、死にたくなりましたよ」
私は、口を開けず、全身が冷たくなり。こうやって、誰かに言葉で殴られたことがあるような気がした。
「ひどいいじめを受け続け、学校と役所のケースワーカーと親から相手にされなかった。お前に同情はするが、【殺人コメント】で三人を殺そうとした罪は生きて償え。死に逃げるな」
「いじめって、便利な言葉ですよね。同級生は見ないふりをして、大人たちは私にも問題があると言いました。三人を殺し損ねても、周りのひとは私を腫物扱いするだけでした」
「いじめの主犯を殺そうとしたくせに。今更、かわいそうだと同情をされたいのか」
「同情をされたいのではなく、殺されたいです。明日、殺してもらえるんです」
「誰に、殺される。誰に、指示をされていたんだ」
そう、高良夏羽が言ったあと。教室の中に電子音が響いた。
「【宝なつは】に相談をし、高良夏羽と葛城ひなたに会えば。殺し損ねた三人を殺して、私を殺してくれます」
彼女がスマホを取り出し、私は思い切り突き飛ばされた。
「お前は、見るな。目を閉じて、じっとしていろ」
床に転がり、閉じてしまったまぶたを開く前。高良夏羽の声が聞こえ、耳をさすような音に目を固く閉じた。
「死にたければ、ひとりで死ね。ひとを巻き込むな」
不快な音にまじり、高良夏羽の声が聞こえ。ひとではない叫び声のあと、音がやんだ。
まぶたをゆっくり開き、見えた光景に「やめて」と声を上げた。
「姫が、やめろと言っているぞ。やめてやれ」
彼女の首を片手しめる、高良夏羽が「だまれ」と言い。私は、身体を起こすことが出来なかった。
「子供を利用し、近づいてきた。卑しい、ひとではないもの。【土蜘蛛一族】のさしがねか」
彼はとても冷たい声で言い、彼女から顔につばをはかれた。
「近づいてくるものは、殺す。【土蜘蛛一族】は、俺が滅ぼす」
「なら、この娘を殺せ。お前が勝手に名付けた【イガキ】だ。人を三人殺そうとし、自分を殺そうとした。ひとではない化け物だ」
よくわからない二人の会話を、地面で聞くことしか出来ず。身体がとても重く、指を動かすことも出来ない。
私は、自分がとても無力だと思い、
「……あなたは、化け物じゃない。助けてって、私に言った」
昨日、店のテーブルに残されていた。レシートの裏に書かれた、はうような『たすけて』の文字を思い出しながら言った。
「姫は、とても優しいな、さすが誰からも愛される【クシナダヒメ】だ」
「だまれ」と高良夏羽が言い、彼女の両目を片手で隠した。
「また、遊ぼう、呪われた子供たち」
彼女は、彼女の声ではないしゃがれた声で言ったあと。床にくずれおちた。
私は、身体の重さが急になくなり、彼女にかけより抱き起こした。
軽くて意識のない身体は、抱いているととても頼りなく感じて。固く閉じた彼女の顔に、涙を落としてしまった。
「お前は、お人よしすぎる。そんな風だと、【イガキ】と【土蜘蛛一族】に喰われてしまうぞ」
そばに座った、高良夏羽が言い。私は、「なんでですか」ともらした。
「その子供が、【イガキ】に操られていたので関わったが。お前のおかげで、その子供は完全に【イガキ】に操られなくて済んだ。お前が、救ったんだ」
私は、ぼやけた視界を向け、何を考えているか分からない彼の顔を見つめた。
「昨日はレシート裏にメッセージを残し、今日は自傷行為をして自我を取り戻そうとした。お前が、本当に自分を思ってくれていると感じたからだろう。お前は、愛されることに慣れているから、どんなひとでも愛せる。それは、弱点だが、強みにもなるだろう」
高良夏羽は、子供に言い聞かせるように言い。私は、よく分からず、涙が止まらない。
「お前は、そのままでいろ。そのままでいられるよう、俺が守ってやる。安心しろ」
高良夏羽の言っていること、今の状況はよく分からないけれど。こくりとうなずいたとき。
「ちーっす! 細かい作業は無理だけど、力仕事ならお任せ! 有限会社ハシロっす!」
明るく大きな声とともに、教室に現れたひと。ずんずんとこちらに来て、私の前に立った。
「ちわ! はじめまして、俺は、羽白一樹(はしろかずき)! お会い出来て光栄っす!」
白いつなぎ、金色でレイヤーが入った髪の毛には色んな色のインナーカラー。
長身の羽白一樹さんは、頬に大きなばんそうこうをはっていて、にかりと笑って両手を伸ばしてきた。
「この子は、ちゃんと家に送り届けるっすね! 役所の人間に話は通したんで、この子は大丈夫っす!」
彼女を抱きかかえた、羽白一樹さんが明るい声で言い。いつの間にか暗くなっていた教室の、張りつめていた空気がゆるんだ気がした。
「この子、送ってきますね! 姫、明日は、楽しく過ごしましょうね!」
初めて会った気がしない、羽白一樹さんが教室を出ていき。
「今日あったことは、消さないほうがいいだろう。お前は、これから、【イガキ】と【土蜘蛛一族】に関わることになるのだから」
そう言ったあと、高良夏羽は私の腕をつかんで立たせ。
「お前は、ひとだが。【クシナダヒメ】の依り代(よりしろ)、神に近くなるものだ。明日、お前の知らない、お前のことをすべてを話す。夜に事務所に来い」
本当に、分からないことを言った。彼に、じっと見つめられながら。
私は、【クシナダヒメ】という名前を、とても懐かしく思った。
第二話 殺人コメント 了
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