第22話 ゾイドの理由
リフトの床に二人並んで座り込んでいた。少し離れたところには顔面に大きな十字傷を負ったハウンドが横たわっている。動き出す気配は無い。
「いや~ほんとに危なかった~。危機一髪でした~」
ロザリーは人形のように錆兵を抱えながら笑った。
ゾイドは未だに驚きを隠せない。
「ロゼ、お前すげーじゃん! よく反撃出来たなー!!」
咄嗟の行動と、不意の一撃。一月前に剣を握ったばかりの元手芸職人にできる芸当では到底なかったが、結果的に歴戦のゾイドすら苦戦を強いられていたハウンドを討伐するに至った。
「私じゃなくってこの剣の切れ味が凄すぎるんですよ~! えいって振っただけなのにスパッと斬れちゃって!! リラさんの言っていた通りですね~!」
ゾイドは床に置かれた双剣とハウンドに付いた傷を交互に見た。
「いくら切れ味がすげーったって技無しにはできねー! 素質あるじゃん!」
まっすぐなお褒めの言葉にぶんぶんとかぶりを振った。
「ゾイドさんの特訓のおかげです~! この機にちょっと緩めて下さい~!」
「なんだよロゼー! やけに謙虚だなー! あと特訓は絶対緩めねー!」
戦いを終えて一安心した二人は笑い合う。膝の上の騎兵がガチャリと動き出した。
ゾイドが顎で指す。
「そいつも片付けねーと。ちょうどいいや。やってみろロゼー」
「わ、私?」
「ああ。ハウンドのヤローをぶった切れたんだから余裕だろー」
暗器が手渡された。ゾイドは錆兵の眉間を指の関節でノックする。
「錆兵は蒸気機関で動いてる。だから蒸気が一番出てるところを刺せば、コアが壊れて死ぬんだ。簡単だろー?」
錆兵は変わらずこちらに向いて両手を上げ続けている。人型の小さい見た目からか、どこか子供のように思えて手が止まってしまった。
「これは……人ではないんですよね?」
「もちろんちげー。というか、学者どもが言うには生き物ですらねーらしい。身体をバラしても生命器官の一つも見当たらねーし、脳も無ければ心臓もねー。どうやって動いてるかすらしっかり分からねーらしいからなー。このガスマスク外したって顔はねーから安心しなー」
そんなものが街の外から押し寄せていると考えれば恐怖でしかない。摩訶不思議な駆動体だからこそ、メイド隊が駆逐しなければならないのだ。
ロザリーは意を決すると、切っ先を眉間に当てた。
「ごめんねっ」
そしてサクリと、薄い鉄板の皮を貫いた。
ハウンドとの戦闘でゾイドは片足に怪我を負っていた。骨折には至っていないようだが、かなりの負担がかかっている。出血もあり、青ざめた傷跡は痛そうだ。ロザリーは応急処置を済ませると、ダサいだなんだと嫌がるゾイドを振り切っておんぶした。
「こー見えて足腰は強いんですよ~? よく道に迷うから鍛えられてるんです~」
背中に収まったゾイドは照れながら首に腕を回した。
「マ、マジでお前お母さんみたいだなー! うっとーしい!」
「うっとーしいとはなんですか~! おぶってあげてるのに~!」
「じゃあ下ろせ! ケンケンで帰るから!」
「べ~! ダメで~す! みんなの居る隊舎をゆっくり通ってヴォルビリスさんのところまでこれで行きま~す!」
案の定暴れ始めたゾイドに振り回されながら任務を終えたロザリーは帰路に付いたのだった。
帰り道の途中、ゾイドは背中で揺られながら一度は誤魔化したメイド隊に入隊した理由を話してくれた。
――アタシの出た孤児院に恩返しがしたいんだよ。
彼女は首に回した腕をギュッとしめて少し恥ずかしそうに囁いた。幼くして親に捨てられて、スラムの路地裏で死に絶えるのを待つだけだったゴミのような自分を拾い上げ、独り立ちするまで育ててくれた。孤児院に棲む子供たちのために、少しでも力になりたいんだ、と。
それを聞いたロザリーは少しの間言葉を失い、そして彼女の傷付いた足が地面に付かないようおぶり直した。
白い月が瞬く夜。メルボイル上空に一機の巨大飛空艇が飛んでいた。無数の歯車を剝き出しにした空の帆船は、もくもくと蒸気を立てながら宙を往く。
星のような煌めきが走った。その光線は夜空を跳び回り、空を飛んだ鉄の鳥を一体、また一体と次々に斬り落とす。光線の残した残像が子供の落書きのように夜空に描かれてゆく。
すべての錆兵を倒し終えた煌めき――ローズドリスは魔力を帯びた大剣を甲板に突き刺した。
花の髪留めが月光を帯びて艶やかに灯る。
「今夜は多いわね。゙アレが近い゙ということかしら」
月下に靡く蒼色の髪と隊服は、まさに月華の如く。人間離れした美しさを可憐に纏い、澄んだ双眸は鋼鉄の街の中心に立つ高塔を見上げた。
「私たちに残された時間は、あとどのくらい――?」
大剣を包んだ流星色の魔力が、まるで心臓の鼓動のようにドクンドクンと波打った。
ヘトヘトになりながら隊舎へ戻った二人に、遊撃隊の一面は慌てて駆け寄った。
どうやら帰りが遅かったから心配してくれていたようだ。すぐにゾイドは医務室に運ばれ、ロザリーは棒になった足を床に放り出した。その傍らに隊長のヴォルビリスが寄り添うと、彼女はねぎらいの言葉と共にロザリーの頭を撫でた。
「ドリスの反対を押し切ってまで君を遊撃隊に誘ったこと、やはり間違いではなかったようだ」
ロザリーは素直にうれしくて、ほっと笑みをこぼした。
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