第10話 スーパーキャリアウーマン

ロザリーがいなくなった部屋の中には「クスクスッ」という耐えた笑い声が響いていた。突然のことで張りつめていたものが、扉の閉まる音で決壊したらしい。

 口元を押えるローズドリスと、それをじっと見つめるヴォルビリス。

「……貴様の笑う顔など見たのは久方ぶりだな。不快極まりない」

「ごめんなさいっ……クスクスッ……つい可笑しくって……クスクスッ……」

「思い切り笑い飛ばせるよう場所を移したほうが良さそうだな。表に出るか?」

 そこでようやくヴァルビリスは眉間に皺を寄せた。ローズドリスも咳払いをする。

「いやいやっごめんなさいっ。なにか私に用だったかしら?」

 話題を変えた彼女だったが、やはり口元は緩んでしまっている。

「ふんっ、まあいい。あの少女の度胸に免じて不問にしてやる。強い女は好きだ」

 六つの剣がじわりと魔力を帯びた。ヴァルビリスはテーブルの端にももたれ掛かる。

「話は他でもない、あの少女ロザリーについてだ――」


 通路の端まで逃げてきたロザリーは止めていた呼吸を解放した。

殺されるかと思った。昔から苛立ちを覚えると反射でズバリと言い返してしまう癖はまだ治っていない。ネリおばさん曰くその言葉がまるで刀、いや妖刀さながらの切れ味を有しているらしい。

「ふぁ~言っちゃったっ……まぁいいか、もう二度と会わないし~」

 楽観的。極めて軽率。ローズドリスの言っていた度胸の正体はまさにこの切り替えだろう。

 トランクを片手にスキップを踏むロザリーの脳内には早くも超絶メルヘンが展開されていた。

 交渉は大成功を収めたのだ。ネリおばさんに鼻で笑われたビジネスを見事やってのけた。汽車を下りた瞬間近所の人たちから拍手喝采と紙吹雪の大盤振る舞い。ネリおばさんは号泣しながら土下座している。

「スーパービジネスウーマンロザリー!! フラピーチ大社長の誕生秘話!!」

 すでに舞台化まで決定しているらしい。サブタイまで付いている始末だ。

 その果てしない妄想は柱に頭を強打するまで続いた。

「ガンッ!!」と強烈な鈍痛が響く。二つの意味で目を覚ました。そして現実を突きつけられた。

「ここは……どこ?」

 ローズドリスに書いてもらった地図はボイルタワー→ホテルまでの道順だ。私室→ボイルタワーの道順をなぜ彼女は書き記してくれなかったのか。

 ロザリーは本日三度目の迷子に陥った。

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