第29話 生還者
店主の男はカウンターに手をついたまま、大きく、実に無遠慮なあくびをかました。対面に客人がいようとも、彼は堂々と大口を開け、渾身の一息をついてみせる。
最初こそ、リオンらも男の緊張感のない姿に眉をひそめてしまったが、それでも2度、3度と続けられると、そういうものなのだと慣れてしまう。どこか訝し気な眼差しを向ける『デュランダル』の面々に対し、宿屋の店主は「う~ん」とゆっくり首をかしげてみせた。
「その“教祖”ってのが、この村にねぇ。わざわざこんな所まで足を運ぶなんて、変わり者だこってぇ」
「かなり特徴のある姿をしていてな。真っ赤なローブと獣骨の仮面をつけた、実に大柄な男なんだよ。そういった人物を、近辺で見かけなかっただろうか? それか、なにか教団の関係者と思わしき客が来たりとかは」
「いんやぁ、なんともねぇ。ここは色々な旅人が立ち寄るけど、そんな感じの客は特に見ないなぁ。職業柄、一度見た客の顔ってなかなか忘れないもんなんだけど、少なくともここ数日はそういうのは来てないと思うよぉ」
マイペースに応える店主の言葉に、アテナは「そうかぁ」と肩を落としてみせる。実に分かりやすい女騎士のリアクションを横目に、リオンは一団の後方に立ったまま、その視線を窓の外――山間に位置する村の風景へと向けた。
宿屋の店主が述べたように、山を越える上でこの村はちょうど中間地点に位置している。村人の数が少ない過疎化した土地なのだが、一方で多くの旅人がこの村を中継点として利用しているようで、村の中にも荷を担いだ商人や、重厚な防具を身に着けた剣士らの一団などが見えた。
山間の農村・グリノーに足を踏み入れてすぐ、リオンらは今晩の宿を確保しながら、そこを拠点としてすぐさま聞き込みを開始していた。手始めにと村の中でも多くの人間が出入りする宿の店主を攻めてみたのだが、あいにく、成果は乏しいと言わざるをえない。
これ以上収穫がないことを悟り、一同は一階の片隅に陣取って作戦会議を始める。リオンは声を潜めながら、先程、店主とやり取りを続けていたアテナに自然と問いかけていた。
「なかなか、幸先が悪いな。こんな小さな村だから、宿屋を当たればなにかしら情報が手に入ると思ってたんだが」
「あの様子だと、店主は“嘘”をついているというわけではないらしいな。となれば正真正銘、例の男――教祖・タタラは、この宿を使ったわけではないらしい」
「そもそも、『デュランダル』がこの村で奴の姿を見たっていうのも、確かな情報なのか? あんたらを疑うわけじゃあないが、それ自体が誤報だったら目も当てられないぜ」
リオン自身、少し際どい質問だったとは理解していた。だが、これについては全身に包帯を巻きつけた機工使い・ニーアが、丁寧に解説してくれる。
「その点は問題ないかと。なにせ、今回の情報を持ってきたのは『デュランダル』の9番隊――部隊随一の諜報班たちです。いわば隠密のスペシャリストで、団員たちが旅人のふりをして各地で情報収集にあたっているんですよ。タタラについても、そのうちの一人がこの村で実際に、その姿を見たそうですから」
「なるほどな。なにも、風の噂を頼りにってわけじゃあないのか。となると、奴は宿を使わず、村のどこかに潜伏していたってことか」
「恐らくは。目撃されたのが2日前のことなんで、既にこの村を発った後という可能性はありますが――」
ここでニーアは、ちらりと横目でダークエルフの魔法使い・ココを見つめた。彼女は窓際に身を寄せ、少し背伸びをして汚れたガラス窓の外に目を向けている。背丈だけ見ればどう見ても子供のそれなのだが、相変わらず彼女の眼差しは鋭く、そして実に不機嫌な色に満ち満ちていた。
「村に入った時から探ってるけど、特別な“魔力”は感知できないわ。どれもこれも、いたって普通の人間の反応ばっかり。ニーアが言った通り、もしかしたらもうこの村にはいないのかもね」
「一足遅かった、ということですかね。とはいえ、山を越えた先は『鉄国・ガルバディア』の国境です。タタラはすでに各国で指名手配されていますから、彼がのこのことそんな所に向かうとも思い難いですね」
「まっ、頭のねじのぶっ飛んだいかれ野郎だろうから、もしかしたら国境の人間を皆殺しにして、無理矢理突破したりするんじゃあない?」
ココの口をついて出た実に物騒な言葉の数々に、ニーアはもちろん、リオンたちまでも身じろぎしてしまった。
ニーアが告げた通り、このまま山を越えればその先は他国――鉄国の名で知れ渡る強国・ガルバディアの領土である。国境には必ず警備隊が検問を張っているのだから、そこを教祖・タタラが難なく突破するとは思い難い。いくらタタラが人知を超えた術式を用いる猛者だったとして、強国そのものを相手取れるだけの軍隊が操れるとは到底思えなかった。
「お山の中に隠れとったりするんかいな。この辺は草木も満足に生えてへんさかい、食べるのも大変やろうに」
「物資を持ち込んで野営を張っている……という可能性はあるでしょうが、身を隠すにしてもこの山岳地帯は適していない気がしますね。重ね重ね、彼がこの村にやってきた理由が不可解でなりません」
カンナも「そやねぇ」と目を細め、どこか悩ましそうに首をもたげる。だが、一同が考えれば考える程に、いまいち教祖・タタラの思惑が見えてこず、その不穏さが思考を鈍らせ、妙な寒気すら湧き上がらせてしまう。
元々、邪教団を立ち上げた目的も、『義賊連合』を壊滅させた理由も定かではない。数多くの人間の命を奪っておきながら、その理由がまるで見えてこないという事実が、教祖・タタラの姿をぼやけさせ、殊更不気味なものに変貌させていく。
しかし、停滞のムードに包まれる一同の背中を、やはり隊長・アテナの快活な声がひっぱたいた。
「とりあえず、今はやれることをやるしかないな。こうして考えていても、答えが出るわけでもない。とにかく、目撃者がいないか他の村人たちに聞いて回ってみよう」
山を登る道中は相変わらず寝ぼけ眼をこすっていたアテナだったが、ようやく目も覚めたようですっかり本調子を取り戻していた。他の面々とは違い、彼女は自信ありげな眼差しをらんらんと輝かせ、日の光に照らされるグリノーの風景を眺めている。
女隊長の提案に、異議を唱えるものはいなかった。一同はすぐさま村へと繰り出し、手分けして聞き込みを開始していく。リオンとニーア、アテナとカンナとココという、男女の組に分かれて別々の箇所から調査を開始していった。
リオンが予測していた通り、村人たちの反応は実に非友好的なものであった。彼らは外の世界からやってきたリオンたちに怪訝な表情を浮かべ、どこか迷惑そうに渋々対応してみせる。そしてその素っ気ない態度通り、返ってくる言葉も実に力ないものばかりであった。
屈強な農夫、洗濯物を干す夫人、木登りをして遊ぶ子供たち――「知らない」という素っ気ない回答もさることながら、こちらを見る彼らの訝し気な眼差しは、実に居心地が悪い。
一帯の民家に聞き取りを終え、たまらずリオンはわずかにトーンを落とし、重く、深いため息をついてしまう。
「なんていうか、とにかく閉鎖的な村だな。どいつもこいつも、“よそ者”と世間話をするつもりもないって感じだ」
「まぁ、仕方のないことですよ。この村は旅人の中継点としては有名ですが、そもそもは外界との交流を絶った場所でもありますからね。ましてや、邪教団なんて存在が関わっているとなれば、村の人たちも警戒して当然でしょう」
「分からないでもないが……ただ、これだけ聞きまわって目ぼしい情報がないってことは、やっぱりタタラの奴はこの村に立ち寄ったわけじゃあないんだろうか?」
「どうでしょうね……宿屋でも話した通り、追撃から逃れるために辺境の山に隠れているという可能性はあるかと。ただ、彼が――あの教祖の男が、そんなやぶれかぶれな一手を取るようには、どうも思い難いのが本音です」
冷静に語るニーアを前に、リオンも「ああ」と素直に頷いてしまう。
各地から指名手配されている教祖の男が、人里離れた山の中を逃亡地に選んだという可能性は大いにある。『デュランダル』はもちろん、他国からも追われる身となれば、がむしゃらに逃げ惑うのもどこか頷ける。
だが一方で、リオンは――おそらく、他の面々も同様なのだろうが――あの教祖・タタラという男が、そのような無計画な行動をとる小悪党には到底思えない。思惑は相も変わらずさっぱりだが、それでもタタラがなにか強固な意志の元、まるで恐れなどとは無縁の場所にいるのだと予測してしまう。
もはや人間なのかどうかも怪しい教祖の怪物性が、調査を続けるリオンらの心により一層、濃い影を張り付けてしまった。
一息ついたことで、ニーアはアテナらと情報を共有しようと、耳元のイヤリング――“通信石”の表面をなぞり、離れた位置の隊長らに呼び掛ける。しかし、待てど暮らせど、魔具の向こうから隊員たちの声が返ってくることはなかった。
「あれ、おかしいな……」
「どうした。なにか、問題が?」
「ああ、いえ。山の中だからか、ちょっと通信状況が悪いみたいですね。すみません、ちょっと声の届く場所を探してきます」
ニーアは律儀に「すみません」と頭を下げ、通信が届く場所を探し駆けていってしまう。原則、バラバラにならないようにとは言われているが、人影もない大きな通りだったことから、リオンもさほど警戒せずに離れていく彼の背中を見つめてしまった。
しばし、遠くで奮闘するニーアを見ていたリオンだったが、その視線は自然と村の風景へと移っていく。近くの畑では農夫たちが作業を始めているようで、古びた鍬を振るい、広大な土地を耕している。その様子だと、ここでは魔法や機工といったものが、まだそれほど根付いていないらしい。
牧歌的な風景と言いたいところだが、緑がまるで見えない殺風景さも相まって、どうしても閉鎖的なイメージを抱かざるをえない。
邪教団の影などなければ、それこそここは外界から隔てられた、緩やかな時が流れる田舎だったのだろう。どこに隠れているのかさっぱり見当もつかない教祖の姿を思い浮かべ、リオンはまた一つ、乾いたため息を漏らしてしまった。
肩の力を抜くリオンの耳に、ようやく声が響く。しかしそれは、『デュランダル』の面々のものでも、ましてや村人のものでもなかった。
「無事だったんだね――リオン」
静かで、か細い波長だった。声の方向におもむろに振り返ったリオンだったが、すぐに姿を発見することができず、しばしその場に立ち尽くしてしまう。
だがやがて、その目が家々の隙間にうずくまり身を隠している、一人の男の姿を捉える。ボロに身を包んだ見すぼらしい姿を前に、リオンは思わず「あっ」と声を上げてしまった。
気が付いた時にはリオンは自然と足を出し、男へと駆け寄っていた。近付いてくる彼の姿を見上げたまま、うずくまった男は力なく、それでも精一杯の笑顔を浮かべる。
「もしかしたら、って思ってたんだ。君ならきっとあいつを――タタラを追いかけて、ここにやってくるのかもって」
笑いかける彼の姿は、ただただ弱々しかった。小柄なその肉体は至る箇所に包帯が巻かれ、全身が傷だらけであることが分かる。禿げ上がった頭にわずかに残された黒髪は光沢を失い、毛髪の一本一本が歪な方向へ跳ねていた。
なんとも見すぼらしい風体の小男だったが、それでもリオンはその姿に確かに覚えがある。だからこそ、山間の村で再会した“彼”を前に、たまらなく鼓動が加速してしまった。
忘れるわけがない――かつて、『義賊連合』のアジトにて再会し、そして混乱のさなかで離別したその姿を、忘れられるわけがなかった。
あの日の“敗北”の記憶の一部に、確かに目の前で微笑む“彼”の姿があった。進退窮まる土壇場において、リオンらは“彼”の手助けによって命を救われたといっても過言ではない。
しばし、リオンはなにを言うべきかを迷ってしまう。だがやがて幾度かの呼吸の後、ようやく言葉を絞り出すことができた。
緩み切っていた肉体が熱を帯び、急激に研ぎ澄まされていく。固く拳を握りしめ、目の前に座る姿が現実なのかを確かめるように、リオンは“彼”の名を呼んだ。
「生きていたんだな――ビビ」
かつてアジトにて再会を果たした二人は孤島を離れ、山に囲まれた村の中で再度巡り合う。打ちのめされ、心身共に傷を刻んだうえで、それでもここまで辿り着いた互いの姿を、まじまじと見つめてしまった。
驚くリオンを前に、“人形使い”・ビビは出っ歯を見せながら困ったように笑う。傷付き変わり果ててしまった旧友の姿を前に、リオンは自然と己の唇を噛み締めてしまっていた。
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