第3話 精鋭の長

 壁にかかった振り子時計が「ボゥゥン」という低い音を立てた。見ればちょうど昼の12時になったようで、意識したせいか急に空腹が襲ってきてしまう。


 とはいえ、こんな状況では満足な昼飯になどありつけるわけもない。辟易した表情で椅子に座るリオンの対面で、またしても大柄な男がどこか釈然としない声を上げた。


「なるほど、な。じゃあ、こういうことか? お前はなにも知らずに富豪たちの館で盗みを働き、偶然にもその富豪たちは皆、別の誰かに殺された。すべて偶然、たまたま、予期せぬ事故だった――と?」


 重厚な鎧を身に着けた彼は、「うんざりだ」とでも言いたげな眼差しでリオンを見下ろしている。その瞳の中には、明らかな“侮蔑”の感情が浮かんでいた。彼が腕を組み椅子にもたれかかると、“とさか”のように突き出した前髪がゆさりと揺れる。


 リオンはあくまで黙していたが、男はすぐに「馬鹿にするなよ」と少し声を荒げた。狭い尋問室にはもう一人、扉の側に女性兵が立っていたが、男の威圧的な声に彼女のほうが身をすくませてしまっている。


「お前なぁ、もう少しまともな嘘をついたらどうなんだ? そんなに都合よく、お前の行く先々で“殺人”が起こるわけがないだろう。どれもこれも偶然ではなく、必然――つまり、お前が富豪たちを殺した。そうだろう!?」


 暴力的な気迫が、声となってリオンを叩いた。その声色から察するに、そもそも彼はリオンと“話し合い”などするつもりはないのだろう。この狭い尋問室に連れてこられた時点で、彼等との対話など望むべきではなかったのだ。


 リオンは黙したまま、思わず歯噛みしてしまう。両腕を締め上げる固い錠前の感触もさることながら、自分が捕らえられているこの場所自体にもただただ嫌気がさしてしまった。


 一撃によって昏倒し、目が覚めた時には固いベッドの上だった。すでに一切の武装は没収され、シャツとズボン、履物のみといったあまりにも貧相な姿でリオンはこの部屋へと連れられてきたのだ。手枷によって両手首を固定されているせいで、乱れた赤髪を直すことすら容易ではない。


(なにからなにまで、最悪だな……)


 みすみす捕まってしまったということはもちろんなのだが、それ以上に自身が置かれた状況の悪さに歯噛みしてしまう。


 リオンが捕らえられているのは、城塞都市・ハルムートの中枢部に位置する巨大な城の一角だ。第17代国王は一族が住まう城に隣接する形で“とある部隊”の大掛かりな詰所を設立し、以降、隊の拡大とそれを利用した都市全体の防衛力の強化を続けてきた。


 この大都市に住む誰しもが知るその“部隊”を、当然、リオンも把握はしていた。そもそも、この都市で“義賊”として活動する上で、彼らの存在は到底無視することなどできない。


 あらゆる犯罪者、組織にとっての大きな“壁”であり、闇の世界の住人からすれば“怨敵”とも呼べる部隊の面々が、まさに今、リオンの目の前にいるのである。


 城塞都市・ハルムートを拠点とし、数多の戦場を掌握する精鋭部隊――王国直属の守護兵団・『デュランダル』の本拠地に、リオンは今、捕らわれてしまっている。


 リオンの目は、机を挟んで座る男の腕章へと向けられていた。そこに記された“槍”の紋章から、自身を高圧的な態度で尋問する彼の素性をあらかた察してしまう。


 『デュランダル』第3部隊の隊長を務める男・エーギルは、明らかな侮蔑の眼差しをリオンに投げかけた。


「まぁ、だんまりを決め込んだところで時間の問題だろうさ。殺された富豪たちの周りを洗うべく、我々の部隊が動き始めているところだ。じき、貴様が殺したという明確な証拠も出てくるだろう。そうなれば、待ったなしに処罰が下される。打ち首か、絞首刑か――いずれにせよ、これだけのことをしたのだから、極刑は免れんだろうな」


 それは明らかな脅しだったが、あいにく、リオンの心には微塵も響きはしない。エーギルの刺々しい言葉よりも、リオンはどうしても今回の一件に関して腑に落ちない点があるのだ。


 だからこそ、彼は力なく椅子にもたれかかりながらも、あくまで投げやりになどなるつもりはない。


「好きなだけ調査すればいいさ。どうせ、何にも出てこないよ。どれだけ時間をかけたところで無駄ってものさ」

「貴様……減らず口を――」

「さっきから言ってるとおり、違うものは違う。俺は“盗み”はしたが、“殺し”なんてやってないんだ。無駄に兵を動かす暇があったら、富豪を殺してる真犯人を探したほうが身のためだぜ」


 リオンの一言を受け、大柄な男は顔を真っ赤にし「ぬうう」と唸る。コソ泥に舐めた口を利かれるのはどうにも耐え難いようで、彼は今にも殴りかかりそうな凄まじい形相を浮かべていた。


 また一つ、エーギルが大声を張り上げようと口を開く。しかし、突如部屋に響いたノックの音が、その動きを制してしまった。


 慌てて振り向く部隊長の前で、扉の横に立っていた女兵士が対応する。彼女は微かにドアを開き、外にいるであろう誰かに丁寧に応対していた。


 しばらくして、兵士はドアを開き訪問者を招き入れる。登場した一人の新たな“女性”の姿に、エーギルはもちろん、リオンまでも目を丸くして驚いてしまった。


 光沢のある長い金の髪をなびかせながら、きらきらした眼差しと共に“彼女”は笑う。


「やあ。エーギル隊長、お勤めご苦労! どうだ、取り調べのほうは順調か?」

「――アテナ」


 見た目通り、若く、凛とした透き通るような声だった。リオンもようやく夜の闇に覆われていない、ありのままの“彼女”の姿を拝むことができ、その毅然とした輝きに言葉を失ってしまう。


 長い金色の髪と青い軍服の裾を揺らしながら、彼女――アテナは部屋の中へと入ってきた。強い眼差しを投げかけてくる彼女に、エーギルはどこかバツが悪そうに顔をしかめる。


「一体、何の用だ。まだ尋問は終わっていないんだが――」

「ほぉ、そうだったのか。いや、なに。ちょっと私の方からも、そちらの“義賊”に聞きたいことがあってな。兵練の合間を見て、立ち寄ってみたところだ」


 実にはきはきと告げながらも、アテナの瞳は座っているリオンをじっと見つめていた。青く染まった彼女の瞳の中に、唖然としてうろたえているリオンの姿が映りこんでいる。


 突然の乱入者にエーギルはしばししどろもどろになっていたが、やがて押し切られる形でアテナへと席を変わった。エーギルがつまらなそうに腕を組んで壁にもたれかかるなか、アテナはどこか意気揚々と椅子に腰かける。


「やあ、“義賊”君。調子はどうだい?」

「あ……え、いや――調子もなにも……」


 なんとも素っ頓狂な問いかけに、リオンも言葉を詰まらせてしまう。すぐ目の前でこちらを見つめるアテナの眼差しは先程のエーギルとは違い、圧ではなく妙な気安さでするりと心の側に入り込んでくる。


 どれだけ警戒しようとしても、なぜだかずずいとアテナは無遠慮に、あまりにもあっさりと距離を詰めてこようとした。たじろぎはしたものの、それでもリオンは机一つを挟んだ彼女を見つめ返してしまう。


 それはやはり、“あの時”と同じ顔だった。昨晩、夜の闇の中、自身の前に立ちはだかった、あの真っすぐな眼差しを持った“女騎士”がそこにいる。


 間違いない。昨夜、自身の太刀筋を見切り、あまつさえ自身がなしえる最高速の斬撃に“盾”での一撃を合わせたのは、目の前にいるアテナその人だ。彼女はたった一撃でリオンを昏倒させ、刃すら使うことなく制圧してしまったのである。


 そこまで確信しながら、なおもリオンは目の前の彼女の姿に、どうにも混乱してしまう。昨夜の圧倒的な実力を秘めた“彼女”と、目の前でにこやかに笑っている“彼女”がいまいち噛み合わない。


 なにがなんだか分からないまま、それでもリオンはひとまずバツが悪そうに返すほかなかった。


「まぁ、そりゃあ、最悪だよ。ひっ捕らえられて、こんな狭苦しい部屋で延々と無意味な問答を繰り返してるんだからな」

「そうかそうか。いや、失敬! 君の言うとおりだ。前から私も思っていたが、この尋問室というやつはどうにも好きになれん。もう少し、明るい雰囲気の壁紙にするとか、工夫したほうが良くないだろうか。いっそ、こっちの壁をぶち抜いて、大窓にしたらどうだろう?」


 嫌味を返したつもりが、アテナはこちらの言葉に純粋に納得し、反応してみせる。その姿にリオンはもちろん、背後で見ているエーギルや扉前に待機する女兵士も唖然としてしまった。


「なんだよ、あんた。随分と、その――馴れ馴れしいんだな。本当に『デュランダル』の人間か?」

「もちろんだ。ああ、自己紹介が遅れてしまってすまないな。『デュランダル』第7守護隊・隊長を務めている、アテナというものだ。よろしく!」


 快活に笑いながらアテナは自身の所属を説明したが、一方でリオンは思わず息をのんでしまう。彼女の口から出たとある単語に、己の耳を疑った。


 リオンが知る限り、『デュランダル』には約400名ほどの兵士が所属しており、城塞都市の治安維持はもちろん、内部での事件解決や遠征、他国への救助要請応対など様々な任務で活躍していると聞く。


 そのなかでも選りすぐりの精鋭を集めたのが、彼女が口にした“守護隊”と呼ばれる存在で、10人の隊長と彼らを補佐する猛者で形成されているはずだ。


 先程の言葉が事実ならば、目の前に座る彼女こそ、その守護隊の第7番部隊を指揮する隊長格の一人ということになる。


 だが、やはりまじまじと見つめてもなお、リオンにはいまいち実感が沸かない。すぐ目の前に座る彼女は確かに若く美しいのだが、一方で数百の猛者たちの上に君臨し、数々の脅威を退けてきた精鋭の一人だということが、どうにも信じ切れないのである。


 とはいえ、まさかここにきて彼女がペテンを仕掛けてきているとも考えにくい。なによりも、こちらを見つめるアテナのそのまっすぐな眼差しが、理屈ではなく直感で悟らせてしまう。


 彼女は何一つ、“嘘”などついていない――自身の目の前に現れたなんとも奇怪な“女騎士”の姿に、リオンはたまらずため息をついてしまった。


 混乱してしまうリオンを前に、アテナはようやく手元に置かれた資料に目を通していく。


「早速だが、なんとも大変な事態になってしまったようだな。君が忍び込んだ先々で、富豪たちが殺されている。兼ねてから我々も、この謎の連続殺人犯を捜していたところなんだ」


 いきなり本題に戻され、リオンの緩み切っていた緊張の糸が再び張り詰めてしまう。彼は眉間にしわを寄せ、すぐ目の前の女隊長を睨みつけた。


 アテナが言う通り、予想以上にリオンが置かれた状況は複雑になってしまっている。昨夜、盗みを働くために忍び込んだ館で、なぜか豪商・ザンビアは殺害されていた。寝室に辿り着いた時には彼はすでに事切れており、偶然居合わせたリオンにはザンビアの“殺害疑惑”がかけられてしまっている。


 しかし、それだけではなかった。話を聞く限り、これまでリオンが忍び込んだ三人の富豪――リオンが“悪徳者”と呼んでいた彼らは、揃いも揃って皆、ザンビア同様に殺害されてしまっていたのである。


 それ故に、捕まってしまったリオンには、各地で命を奪われた富豪たちすべての“殺害疑惑”をかけられてしまったのだ。このあまりにも予想だにしなかった事態に、さしものリオンもどう立ち振る舞うべきか、うまく思考を巡らせることができない。


 無論、どれもこれもいわれのない罪でしかないのだが、このままではリオンは数々の富豪を“殺害”し、あまつさえその資産を奪い取った“極悪人”に仕立て上げられてしまう。


 リオンの及びつかないところで、確実に何かが起こっている。だが、今のリオンにはそれを証明できるようなものも、富豪を殺害している“誰か”の宛てもない。それゆえに、どれだけ尋問を繰り返されようが、知らぬ存ぜぬを貫き通すほかないのだ。


「すでにこれまで、4人の富豪たちが殺害されている。そしてそれらは皆、君が――巷で噂になっていた“義賊”が、盗みに入った人物たちだ。我々としても、“義賊”が富豪たちの命を奪い、金品を強奪したものだと考えていた」


 リオンは先程までとは異なり、実に不機嫌な表情でアテナを見つめながら、言葉を受け止めていた。だがアテナはというと、なおもそのまっすぐで柔らかな眼差しを捨ててはいない。


「そこで、率直に聞きたいんだ。各地で起こった“富豪殺し”。これはすべて――君がやったことなのか?」


 なんともシンプルで、率直な質問だった。飾り気のない彼女の言葉に、リオンは椅子にもたれかかったまま、しばし思いを巡らせてしまう。


 元より、この狭い尋問室に連れてこられてからもう、幾度となく叩きつけられた問いであった。特にアテナと違い、先程まで対面に座っていたエーギルは、なかばリオンが犯人だと決めつけたうえで、その質問を形式的に投げかけてきたのである。


 アテナの問いを、壁際のエーギルはどこかつまらなそうに聞いていた。恐らく彼の中ではリオンがなにを口走ろうが、すでに揺るがない答えを出してしまっているのである。目の前にいるコソ泥こそ、一連の殺人事件の真犯人なのだ、と。


 見え透いた圧力に、リオンは一瞬、目の前に座る彼女にうんざりした眼差しを向けてしまった。


 だが、対面からこちらを見るアテナの視線に、やはりどうしても息をのんでしまう。


 彼女はじいっと、瞬きもせずにこちらを見つめている。それは見るというよりも、どこかリオンの奥底を“覗きこもう”としているかのようであった。


 なおも彼女の青い瞳の中に、情けなくうろたえてしまう自分が映りこむ。先程からどうにも、アテナのその眼差しを正面からまともに受け止めることができない。


 それほどまでに彼女のそれは強く、透き通った輝きに満ち満ちていた。その独特の“光”が、長らく“影”の世界を歩んできたリオンには、どうにも耐え難い。


 しばらくの沈黙の末、それでもリオンは渋々答える。相変わらず何一つ証拠などないまま、あくまで自身の素直な気持ちを言葉にして返した。


「俺じゃあねえよ。俺は確かに、“盗み”はやった。奴らが悪徳に稼いだ物を奪い取って、ばらまいたよ。けれど、絶対に“殺し”だけはやらねえ」

「それは、なぜだ?」

「なぜって、そりゃあ……そういう風に教わったからだよ。金目のものは盗んでも、“命”まで取る必要はねえ。それより先は――人としての一線を超えちまうからな」


 リオンの言葉を聞き、壁にもたれていたエーギルは「ふっ」と微かな笑い声をあげた。その横顔がとにかく憎たらしく、たまらずリオンは彼を睨みつけてしまう。


 リオンの独白を、目の前に座るアテナは「そうか」という短い一言と共に受け止め、しばし考えていた。女隊長の視線はなおもリオンに向けられており、ぶれることなく彼の顔を真正面から見つめ続けている。


 どうにもやりづらい状況に居心地の悪さを覚えてしまうリオンだったが、やがて今度はアテナが軽いため息をつき、「よし」となにかに納得してしまう。


 彼女は静かにうなずき、口元に微笑みを取り戻しながらはっきりと告げた。


「ありがとう。良く分かったよ。間違いない――君は彼らを殺してなんかいない」


 リオンが「えっ」と声を上げるなか、それをかき消すほどの大声で壁際のエーギルが食って掛かる。


「おい――おいおいおいおいおい! 何を言い出すんだ? こいつが、殺していないだと?」

「ああ。彼は殺しなどやっていない。先程、彼が言った通りさ」

「ちょっと待て、なにを証拠にそんなことを!? お前まさか、コソ泥の言葉を信じるというのか?」

「ああ、信じる。彼は一切、“嘘”をついていない。すべて本心を語ってるからな」


 気が付いた時にはアテナとエーギル――『デュランダル』の精鋭二人が向き合い、激しい問答を始めてしまった。あまりにも予想外の事態にエーギルは完全に取り乱し、激しい身振り手振りと共にアテナに食って掛かる。


 だが一方で、アテナは一切、態度を変えることはなかった。椅子に座ったまま、静かにエーギルを見上げ、「ふむ」だの「ああ」だのという変わらぬ反応を返すのみだ。


 妙な熱気が狭い尋問室を包むなか、扉の側にいた女兵士はもちろん、対面に座っているリオンもただただ混乱する他なかった。


 リオンも答えこそしたものの、まさかそれをすべて目の前に座る彼女が信じ切るなど、思ってもみなかったのだ。


 ヒートアップしたエーギルが、顔をぐにゃりと歪め、なんとも不機嫌な眼差しで吼える。


「おいおい、勘弁してくれよ! 状況証拠がこれだけ揃っていて、やっていないだぁ? そんな馬鹿な話があるものか!」

「状況証拠とは言うが、彼はたまたま現場にいただけだろう? そもそもそれじゃあ、証拠になりえないんじゃなあいか」

「こいつが死体を前にナイフを引き抜いているのを、衛兵が見ているんだ! それが決定的な証拠だろう!?」

「けれど、殺す瞬間を見たわけではない。君の尋問にも彼は答えているように、警戒してナイフを構えていた所を発見されたとのことだしな」


 アテナは手元にある資料をめくり、エーギルがすでに行っていた尋問の記録に視線を落とす。彼女が言う通り、リオンはあくまでありのままの事実を伝えていた。もっとも、エーギルがそんな言葉を信用するわけもなく、凄まじい剣幕で怒鳴られてしまったのだが。


 それからもしばし、アテナとエーギルの問答――というより、衝突は続いた。とはいえ、やはり憤りをあらわに切り込むエーギルを、アテナがいともたやすくいなし続けるという構図が、数分の間、狭い尋問室の空気をかき回し続ける。


 やがてエーギルがほんのわずかに疲弊したのを確認し、アテナが至ってまじめなトーンで堂々と告げた。


「無論、私だって今の彼に、全幅の信頼を置けるわけではないさ。彼はあくまで“嘘”はついていない、というだけだ。なにか我々が聞き出し切れていないあれこれが、あるかもしれないしな」


 アテナは言いながらも視線をリオンに戻す。そんな彼女に対し、エーギルは「やれやれ」と頭を抱え、再び壁際にもたれかかった。


「だとしたら、どうする? このまま、もっと本格的に尋問を続けるか? それこそ、闇魔法部隊に加勢してもらって、“自白魔法”の類でも持ってくるつもりか」


 なんとも物騒な言葉の数々に一瞬、リオンも怯んでしまったのだが、アテナの切り返しにまたも意識を引き寄せられてしまった。


「そんな荒事はしないさ。ただ、彼は今回の一件に密接に絡んでいる、重要参考人だ。彼の存在が、これまで停滞していた“連続富豪殺人”解決の鍵となるような気がしないか?」


 いまいちアテナの思惑が分からず、リオンをはじめその場の誰もが唖然としたまま、次の言葉を待つしかなかった。アテナはどこか不敵な笑みを浮かべ、真っすぐリオンを見つめたまま告げる。


「彼はこのまま、我々――第7守護隊の管轄下に置こうと思っている。彼もしばし、“連続富豪殺人”の解決に協力してもらいたいのだ」


 これまで幾度となく予想外の展開をもたらしてきた彼女が、この日、最大の衝撃をリオンたちに与えてしまう。先程まで反論していたエーギルは完全に絶句してしまい、「降参」とでも言いたげにそっぽを向いていた。扉前にいた女兵士はまるで状況が理解できないようで、黙ったままその場に立ち尽くすほかない。


 リオンもただただ、目の前で堂々と立ち振る舞うアテナの姿を見つめることしかできなかった。あまりにも規格外な事態に、もはや思考がオーバーヒートしかけてしまう。


 ただそれでも、たった一つだけ分かることがある。


 目の前に座る彼女の――アテナの言葉にも“嘘”はない。彼女は正真正銘、リオンの言葉を信じ切っている。


 その理由がまるで分からない。だがそれでも、リオンは机一つを挟んだ彼女の眼差しを、ただただじっと見つめ返してしまう。


 困惑するリオンの視線を、アテナもまた揺らぐことなく受け止めている。誰しもが混乱に包まれる尋問室のど真ん中で、彼女はなおも不敵で、どこか子供っぽい純粋な笑みを浮かべ続けていた。

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