第18話 遊園地デート後編

さとるセンパイ……や、やばいっすよ……」

「あ、あぁ……ありゃマジでやばいな……」


 遊園地デートを満喫していると、あっという間に時間が過ぎていって、気がつくと夕方になっていた。

 腹も減ってきたし、いい加減ヤニ切れな俺達はそろそろ帰るか? みたいな会話をしていたら、とんでもない物を発見していた。


「ま、まさかこんなところで、タバコ君に出会えるなんて思ってなかったですよ」

「俺もだ」


 俺らが見つけたのは、ミスタータバコ君というマスコットキャラクターのぬいぐるみだ。名前の通りに見た目は完全にタバコ。それに顔と手足が付いている。

 この禁煙ブームの世の中に現れた、タバコを全力で推しているゆるキャラである。そのためか、1部の喫煙者からは絶大な人気を博している。

 因みに俺も椿芽つばめも、ミスタータバコ君の大ファンであり、グッズもいくつか持っている。

 それが景品として置いてあったのだ。


「センパイ。あれは取るしかないですよね? てか、取る以外の選択肢がないと思うんです!」

「当たり前だろ。全力で取りに行くぞ。椿芽!」

「はいっす!」


 ミスタータバコ君は、俺ら喫煙者の希望の光でありヒーローであり英雄なのだ。見つけたのであれば、手元に置いておきたいのである。


「すみまーせん! 挑戦させてくださいっ!」

「あっ、ずりぃぞ椿芽!」

「にっひっひ! 早い者勝ちっすよ、セ〜ンパイ」

「何でだよ。協力プレイじゃないのかよ」

「何言ってるんですかぁ。ミスタータバコ君のぬいぐるみは1つしかなんですよ」

「うっ……確かに……」

「だからですね。私が手に入れます。センパイでも譲る気はないっすよ」


 なんてこった。椿芽から鋼の意思を感じる。こりゃ本気で譲る気がなさそうだぞ。

 仕方ない。そっちがその気なら俺もガチでやってやるよ。絶対に椿芽より先に手に入れて、これでもかってくらいに自慢してやるんだからな。


「1回1回交代だからな」

「分かってますよ。タバコとミスタータバコ君に誓ってフェアにいきましょう」

「よぉし。絶対に負けねぇぞ」

「にひひっ、私が勝ちますよ」


 さて、ミスタータバコ君を手に入れるためには、この的当てゲームに挑戦しなくてはならない。ルールは簡単。持ち玉3球で、ピラミッド型に積まれた空き缶を全部倒すだけだ。

 見るからに子供向けだし、まぁ楽勝だろう。

 不安点といえば、この1回で椿芽が全部倒してしまうってことくらいかな。頼むから失敗してくれよ。


「いっきますよぉ〜!」


 椿芽が大きく振りかぶる。


「燃えよメビウス! 私のお気に入りはオプション8ミリパープルだぁー!」

「おぉ! 命中した!」


 おっちゃんの顔面に! 完璧などストライクだ!


「あ、あれ?」

「お、お嬢ちゃん……次はちゃんと的を狙ってね」

「う、うっす……、ごめんなさいです」

「一応聞くんだけどさ、わざと?」

「違いますよ!」

「なるほど、ノーコンか」

「うるさいです! 今のは練習ですから!」


 練習でおっちゃんの顔面に当てるなよ。てか、それだとわざとってことにならないかね?

 いや、まぁいいっか。椿芽だし。そんなこともあるか。


「なんか失礼なこと考えてません?」

「気の所為だよ。ほれ、早いとこ次投げろ」

「分かってますよ! うりゃ!」


 椿芽の2投目は、しっかりと空き缶に当たった。ただ、倒れたのは1番上の1つだけだった。


「やった! 当たりましたよ、センパイ!」

「おう。いいぞ〜その調子だ。その調子で早いとこ投げて俺に代わるんだ」

「何で失敗すること前提で、話進めているんですか。次で全部倒せるかもしれないじゃないですか」

「いや、無理だろ……」


 だって5段積みのピラミッドだぜ。残りは4段もある。あれを倒すのはかなり無理があるだろ。


「やってみないと分からないっすよ! 絶対に倒すんで見ててくださいね!」

「分かった分かった」

「にっひっひ! いくっすよぉ私の本気! うりゃー!」

「おぉ! ストライク!」


 おっちゃんの顔面にぃ!


「あ、あれぇ?」

「お嬢ちゃん。出禁ね」

「そ、そんなぁー!」


 まぁだろうね。2回も顔面にボールを当てられたらそうなるよ。ごめんね、おっちゃん。うちの椿芽がノーコンで。


「ぶぅ〜」

「まぁそんなに落ち込むなよ。俺が取るから」

「でも、取ってもセンパイは、自分の物にしちゃうんですよね?」

「そりゃ争奪戦だからな」

「むぅ。じゃあセンパイも出禁になっちゃえばいいんですよ」

「嫌だよ」


 そもそも出禁なんて、そうそうなるもんじゃなぜ? レアだよレア。

 つーか、失敗すればいいじゃなくて、出禁になればいいってなんだよ。逆応援の仕方間違ってない? いや、待て。逆応援ってなんだよ。普通に応援してくれよ。


「おっちゃん。俺も挑戦します」

「今度は彼氏さん? 別にいいけど当てないでね……」

「大丈夫ですよ。それにまだ彼氏じゃないんで」

「え? そうなの?」

「はい。そうですよ。な、椿芽」

「ですです。私、まだセンパイの彼女じゃないんで」

「う、うん。そっか。まぁいいや、とにかく頑張って……」


 おっちゃんはそう言って、ボールを俺に渡してくる。


「いけいけーセンパイ! 失敗して出禁になっちゃえー!」

「どんな応援? てか、応援してる?」

「にひひっ」

「笑って誤魔化された……」


 まぁ可愛いから許すけどね。

 ったくもう。これだから顔のいい女は……。可愛いは正義とはよく言ったもんだね。全くその通りだと思うよ。本当に。


「ヘイ! 出禁! 出禁!」

「うるせぇよ! お前マジでなんなん!?」

「私はミスタータバコ君を手に入れることが出来ないのに、まだその可能性を残しているセンパイが気に入らないっす! だから私と同じように出禁になればいいっす!」

「急に性格くっそ悪いな!」


 ミスタータバコ君。なんて罪なやつなんだ。人の性格をここまで変えてしまうだなんて。恐ろしい子だね。

 だがしかし。俺は絶対に諦めない。必ずミスタータバコ君を手に入れてやるんだってばよ!


「デュイヤ!」


 俺様渾身の1投は、右下の4段目と5段目の間に当たる。下を撃ち抜かれたことで、バランスが崩れた空き缶ピラミッドは、勢いよく崩壊していった。


「よしっ! 狙い通り!」


 こういうのは、上からじゃなくて下から狙った方がいいって、母ちゃんが言ってたんだよな。初めてやったけど、ここまで上手くいくなんてな。さっすが母ちゃんだ。


「えっと〜、残りは」


 右に1つ、左に1つ。よし、外さなければ俺の勝ちだな。


「ぶーぶー! 外しちゃえ!」

「うるさいぞ、椿芽」

「ぶーぶー! ぶーぶー!」


 ブタかよ……。まぁいい。今は無視だ無視。


「うりゃ! そりゃ!」


 2球連続で投げる。そのどちらも、的確に空き缶を捉えてしっかりと落とした。


「はい。兄ちゃんおめでとさん」

「楽勝っすよ」

「ははっそりゃすごいね。景品はこのぬいぐるみでいいのかい?」

「はい」


 そう言っておっちゃんは、ミスタータバコ君のぬいぐるみを俺に手渡してきた。


「ありがとうございます」

「はいよ。彼女さんと仲良くね」

「だからまだ彼女じゃないっすよ」

「それじゃ、未来の、ね?」

「うっす」


 ふむ。このおっちゃん中々いい人だな。


「ぶぅ〜」

「何だよ?」

「いいないいなぁ〜。ミスタータバコ君。私も欲しいなぁ〜」

「そんなに欲しいのか?」

「めっちゃ欲しいっす」

「どうしても?」

「どうしてもっす」

「そっか。んじゃ、椿芽にやるよ。ほれ」

「ほへっ!?」


 ミスタータバコ君を渡してやると、椿芽は間抜けた声をあげる。ほぉ、今のはちょっとかわいかったな。録音したかった。


「い、いいんすか?」

「いいよ。どっちにしろ、椿芽にあげるつもりだったし」

「……本当っすか?」

「何故そこで疑うんだよ」

「いや、センパイのことだから、めっちゃ私に自慢してくるのだとばかり」


 まぁそれもする予定だったな。


「文句言うならあげんぞ」

「う、嘘っすよ! わーい。センパイやっさしい〜」

「露骨だなぁ……」

「うるさいっすよ。もう私の物なんで絶対に返さないですからね」

「はいはい」


 椿芽はミスタータバコ君をギュッと、大事そうに抱きしめながら言ってくる。

 やれやれ、そんな風に言われたら返せだなんて言えないな。まぁ元からそんなことを言うつもりはないけどさ。


「もう、暗くなっちゃいましたね」

「だな」

「えっと……その、センパイ」

「うん?」

「最後に行きたいところあるですけど、まだ付き合ってくれますか?」

「あぁもちろんだ」

「にひひ、よかったです。なら、行きましょう」

「おう」

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