第5話 タバコのテーマパーク

「さ、さとるセンパイ……。こ、ここは……天国っすか……?」

「残念。ここは天竺だ」

「お、おぉ……」


 椿芽つばめのタバコを買うために、学校を抜け出した俺達は天竺に来ていた。まぁ、天竺って言っても、あの有名な西遊記に出てくる天竺ではなくて店名のことだ。

『タバコ天竺・ウッキー』俺が行きつけのタバコ専門店だ。


「サト坊。今日も来たんだね」

「おっす、ゴリばぁ。今日もタバコ買いにきたよ」


 ゴリバァこと郷田雪乃ごうだ せつのさん。ここの店主様だ。80歳は超えてるはずなのに、ボディービルダー顔負けのバッキバキの筋肉。んでもって、革ジャンとレザーパンツにイカついサングラスを掛けている、スーパーファンキーな婆ちゃんだ。とりあえず、ゴリラみたいに強そうだから、ゴリばぁって俺は呼んでる。

 ゴリばぁは、母ちゃんの昔っからの知り合いらしい。んでもって、俺のような未成年にタバコを売ってくれる、素晴らしい大人だ。いやぁまじで尊敬できるわ。


「それでサト坊。そっちの可愛い子は誰なんだい? もしかして、サト坊のこれかい?」

「残念ながらまだなんだなぁこれが。でも、そのうちそうなる予定だぜ」

「ほっほ〜、やるねぇサト坊」

「よせやい。照れるだろ」


 相変わらずノリがいいねぇ。ゴリばぁは。こういうところが結構好きだ。


「紹介するよ、俺の後輩の美山椿芽みやま つばめ。最高のヤニ友達だ」

「どうもです。美山椿芽です。センパイとは、運命で繋がった無敵のヤニ友達です!」

「そうかいそうかい。サト坊の友達なら大歓迎だよ。そうだねぇ、椿芽ちゃんだから、ツーちゃんだね。好きなの選んでいきな」

「はい! ありがとうございます!」


 へぇ、ゴリばぁが会ってすぐのやつに、あだ名を付けるなんて珍しいな。ゴリばぁがあだ名を付けるってことは気に入られた証。椿芽のやつやるなぁ。さすが俺のヤニ友だぜ。


「それにしても、本っ当にすごいですね!」

「だろ?」


 ゴリばぁの店のすごいところは、品揃えの多さだ。一言で言うなら、タバコのテーマパーク。ここに来れば、吸いたいタバコは買うことが出来ちゃうんだよね。


「ちょ、マジっすか! 販売終了している、ピアニッシモシリーズもあるじゃないっすか! しかもカートンで!」

「ピアニッシモ・フランメンソール。ピアニッシモ・ルーシアメンソール。ピアニッシモ・ディアス・メンソール。ピアニッシモ・アイシーン・メンソール1。ピアニッシモべヴェル6。どれもいいタバコだよな」


 ピアニッシモシリーズは、パッケージが可愛いデザインで、クセや刺激が少ないから、女性愛煙家の間で人気が高い。

 だから、女性用タバコってイメージが強いんだが、意外と男性も吸っている人がいる。

 実のところ、俺も結構好きだったりするんだよね。たま〜に、吸いすぎて気持ち悪くなった時でも、気にせず吸えるってのが本当にありがたい。


「うっほぉ〜! ダブルバーストにドライもあるじゃないっすか!」


 マールボロ・ダブルバースト・パープル・5・ボックス。世界で初めてカプセルを2つ搭載したシガレットダブルバーストシリーズだ。どちらか片方だけ潰して吸うのもありだし、両方潰して合わせるのもあり、先に片方だけ潰して途中でもう片方を潰して味変するものあり、逆にどちらも潰さないで吸うのもありな、とにかく自由度の高いタバコだ。

 マールボロ・ドライ・メンソール5・ボックス。日本最大級のメガカプセルを搭載したタバコだ。カプセルを潰せば、キリッとしたシトラス味で、これが中々クセになるんだよね。


「マジやべぇ。ぱねぇっすよ! センパイ!」

「分かったから、好きなの選べよ」

「はいっす! えっと、これとこれと〜。あとはこれは絶対に外せないよね。いやん、これもあんじゃん!」


 うんうん。楽しそうでなによりだ。

 やっぱりあれだよね。こんだけ、タバコが並んでると嫌でもテンション上がるってもんだ。しかも、もう手に入らないような物もあるんだから、尚更ってもんよ。

 っと、せっかく来たんだから、俺も何個か補充しとくか。タバコはいくらあっても足りないからな。


 ――――

 ――


「ほんじゃ、ゴリばぁ、また来るよ」

「ありがとうごさいました!」

「あいよ〜またおいで、サト坊にツーちゃん」


 いやぁ〜、さすがゴリばぁの店だな。今日もいいタバコに巡り会えたぜ。こりゃ吸うのが楽しみだな。どれから吸ってやろうかねぇ。


「悟センパイ。いいお店紹介してくれて、ありがとうございます」

「いいってことさ。俺達は最高のヤニ友だろ?」

「そうっすね。私達は無敵のヤニ友っす!」


 にしても椿芽、結構買い込んだな。いやまぁ、全然いいんだけどね。

 とりあえず、濡れて吸えなくなっちまったアイブラの他に、カートンで何種類か買ってた。


「ん? センパイ、どうしたんすか?」

「いや、結構買ってたからな。金は大丈夫なのかなって思ってさ」

「あー、それなら問題ないっすね。恵まれていることに私ん家、それなりにお金持ちなんで、お小遣いには困ってないんですよ」

「なるほどな」

「そう言うセンパイも大丈夫なんですか? センパイもかなりの額をタバコに使ってますよね?」

「俺も問題ないな。理由はまぁ、椿芽と同じようなもんだ」

「ほほう。なるほどなるほど」


 これに関しちゃ、マジで親に感謝だな。他人の家と比べてウチはかなり裕福だ。おまけに母ちゃん達は俺らに激甘だから、小遣いをいっぱいくれるから、バイトをしなくて済んでいる。

 個人的には、バイトってのを経験してみたいんだけど、母ちゃんがダメっ言うんだよね。理由はまぁ……分からんでもないんだけどさ。


「センパイセンパイ」

「うん? どうした?」

「せっかくなんで、どこかでご飯食べてから、学校に戻りましょうよ」

「そうだな」


 ちょうど昼時だし、俺も腹減ってきたところだから断る理由がない。


「いいお店紹介してくれたお礼に、私がご馳走しますよ」

「バカ言え。後輩に奢られるわけにはいかないだろ。そういうのは、先輩が後輩に奢るもんだぞ」

「おぉ。何か、かっこいいっすね」

「かっこつけてんの。だから、椿芽は俺に昼飯奢られてばい〜の」

「や、やばいっす……。悟センパイ、マジかっけぇっす。くぅ〜、今のキュンとしちゃったっす。タバコイポイント追加っす!」

「ほいほい。ありがとな」


 さてさて、んじゃなに食おっかなぁ。腹の減り具合的にはそれなりに食えそうではあるな。まぁ俺の場合は、食えれば何でもいいし、椿芽が食いたいのにするか。


「椿芽は何が食いたい?」

「そうですねぇ。こってり系ラーメンとかどうですか?」

「お、いいねぇ」

「ですよね! 油で口の中がギトギトになったところに、メンソールが効いたタバコを吸うのがいいんですよ!」

「さっすがぁ〜。分かってるじゃないか」

「にひっ、当然っすよ!」


 あれを1度味わっちまうと、やみつきになっちゃうんだよねぇ。マジで飛ぶ。控えめに言って最の高。病的なまでに脳が震えるんだよ。


「にひひっ、私いいところ知ってますよ」

「んじゃ、そこにするか」

「了解です! ご案内するっす!」

「ちなみに餃子は美味い?」

「そりゃあもちろんですよ。格別っすよ。私のオススメは羽根付き肉餃子です。ボリューミーかつジューシーで、噛んだ瞬間に肉汁が溢れてきて半端ないっす! そして何より、店主オリジナルの餃子タレが美味さ何倍にも引き上げてくれるんすよ!」

「おいおいマジかよ。話聞いてるだけでも、ヨダレが出てきそうだぜ」

「私も話してるだけで、ヨダレがでそうですよ。あ、もちろんラーメンも最高に美味しいですよ。なんせ、全国のラーメン通の人達も通うくらいですから」

「ほほう。期待が膨らむねぇ。よっしゃ、椿芽早くそこに案内してくれよ。早く食いてぇ!」

「お任せあれです!」

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