海神を祀る神社へ〜中央島の少年〜
青樹春夜(あおきはるや:旧halhal-
海神を祀る神社へ
新年に神社に詣でるのはこちらの世界も同じようで、カミタカは少し嬉しくなった。
「俺がいたところはさ、お賽銭ってのをおさめるんだけど、それはここの神社も一緒?」
「
ユーリはカミタカと並んで歩きながら答えた。早朝の寒さで、話すたびに白い息が流れる。まだ暗いなか、参道の提灯がほんのりと暖かみのある光を放っていた。
「幾らくらい?」
「それはその土地によって違うかなぁ。僕のとこはこんな立派な神社じゃなかったから——人も少ないしね。お金よりも作物が多かったよ」
ユーリはそう答えると、後ろを歩いているシキに話を振った。この島に長く住んでいるのは彼女だ。
「
多く持つ者は多く、少なき者はそれなりに。なんなら手持ちの宝飾品や鉱石を納める人もいる。
「海岸に流れ着いたシーグラスを置く人もいるわ」
「そんなものでもいいのか」
カミタカは少し驚いた。
カミタカがこの世界の行事や常識を知らないことは、シキにとって彼と話す大事な機会であるから悪いことではないと思っている。
ただ彼がどこから来たのかをはっきりさせない点は気になっていた。
それでいて神社とか雪合戦とかは知っているのだからそう遠い所から来たわけではないのだろう。シキはそう考えている。
丁寧に雪かきされた参道は、夜明け前のあの底冷えのせいで残った雪が氷に変わっていた。
滑りやすい道を進むと社殿が見えてくる。
「鳥居だ」
カミタカが空を見上げる。その瞳はどこか懐かしげだ。
「鳥居っていうものなの?」
ユーリがカミタカに尋ねる。
「お前んとこは無いのか?」
「無いよ。ふむ、面白い……君の所の鳥居はここと同じ形? それと……」
「おいおい、研究は後にしようぜ。ほら新年のお参りが先だ」
気がつけば本殿の目の前に立っていた。それぞれがコートのポケットから奉納品を取り出した。
カミタカは銀貨を。
ユーリは蒸留酒の小瓶を。
シキは
それぞれを手に順番に神殿の上り口に置いていく。
「賽銭箱は無いんだ」
カミタカがキョロキョロしながら聞くと、シキが笑って答えた。
「置いておくと社殿の人たちが奥に運んで行くの。神様の前に捧げるのよ」
——神様、ねぇ。
みんなそろってうちのカガリを思い浮かべる。
新年最初のお出かけに彼女も誘ったのだが、カガリは大きな瞳をぐるりと動かすと、不機嫌そうに答えた。
「あの神殿は
「あー、そういうことか」
火の神の眷属であるカガリは水の神の眷属とは相性が悪い。
それを理由にカガリは来なかったので、三人で並んで社殿に向かって手を合わせる。新しい年の始まりに感謝と願い事とを祈るのだ。
ふと顔をあげたカミタカは一人の老人と目が合った。
白く長い髭と長い白髪。それに引きずるようなローブ姿。この神社の司祭である。
司祭はカミタカの姿を認めると近づいて来た。カミタカは軽く頭を下げて挨拶する。とりたてて親しいわけでもない。
不思議に思っていると、彼の方から声をかけられた。
「夏に会った少年じゃな」
「あ、あの時の」
神主は以前海辺で出会った老人であった。光る海のその光を、祭りのために集めていた司祭と真夜中の浜辺で出会ったのだった。
「君は帰らないのかね?」
「帰る?」
「君の世界に」
——そういえば、この人は俺の事を『世界を渡る人』と呼んでいた。
カミタカにはその意味がわかる。ここは期せずしてたどり着いた場所だ。
「帰る気は無いです」
カミタカが強い口調で言い切ると、司祭は驚いたように目を見開いた。
「帰り道がわからないだけではないのかね?」
その問いにもカミタカは首を振る。
「やらなければならない事があるので」
「そうか。——君にファムヌスの加護がありますように」
司祭は軽く手を上げてカミタカに祈りの言葉をかけた。カミタカは再び頭を下げると、焚き火にあたりながら待っている友人たちの元へ小走りに駆けていった。
——やらなければならないこと、か。
ずいぶんな大見えを切ったな、と心の中で苦笑いしながらカミタカは手を振る少女を見つめる。
——いつか必ず、取り戻すから。
この誓いを守れるだろうか。
微かな不安がカミタカの胸によぎる。
それでも少年は進むのだ。
いつか彼女と帰るために。
海神を祀る神社へ〜中央島の少年〜了
海神を祀る神社へ〜中央島の少年〜 青樹春夜(あおきはるや:旧halhal- @halhal-02
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