第4話

 時が過ぎることすら遠慮してしまった夜の街を、ルイと名乗る男と共に歩く。

 まるで一挙手一投足、そのすべてから波紋が広がっていくようだ。

 不思議だ。深海みたいで水面みたい。


「世界の説明だけど、実際に歩きながら説明したほうがわかりやすいと思う」

 たんこぶ×2が提案してきた。

 ま、俺も説明できるほど理解してるわけじゃないんだけど、と言い訳のように付け加えている。

 頷く。拒否する理由なんてない。

「見たらわかるけどさ、時が止まっちゃってるんだよ。繰り返しになるけど理由も原因もわからない。まぁな、あれだ。俺、結構前からこの世界にいるんだけど他に動いてるやつ見たことないし。精々仲良くしようぜ?」


 目の前にハトが浮かんでいる。

 ハトって羽広げると意外におっきいんだなぁ。

 車のヘッドライトは、まるでハトのために用意されたライトアップのようだ。

 彫刻と呼ぶのにはあまりに生々しいその姿。


「剝製みたい…」

 気づけば言葉が漏れ出ていた。


「剝製?あぁ…」

 言われてみたらそうかもな、くらいの軽い返事。

 触ってみようかな、でも野生の鳥ってばい菌たくさんいるって聞いたことあるな…

「そっか、この世界は…」

 やっぱり触るのはやめておこう。少なくとも今は、まだ。

 

 少しの沈黙、少し歩く。足音がやけに響く。


 大通りに出ると、人がいる。いや、かつて人だったもの?

 近寄ってみる。スーツを着て眼鏡をかけて。サラリーマンだろうか。帰宅中だったのかな。


「人間の剥製なんてないからなぁ」

 ルイがのんきなことを言う。

「そう…だよね…」

 スーツの下のシャツには少しのしわができてて、眼鏡の淵はうっすら曇ってて。

…もうジロジロ見るのはやめておこう。


 どうやったら元の世界にもどるのかな…言おうとしてやめる。

 明確な答えが返ってくるわけないことくらい理解している。

 ルイはさっきななにも知らないと言ったばかりだ。



「次に飯とかについてなんだけど」

 その言葉に、あまりにも生きるうえで基本的なことすら忘れていたことに気づく。  

 確かに、どうしよう。

 …

「コンビニ…とか?」

「いや、誰がレジ打つんだよ。そもそも金持ってんの?」

 ルイが呆れたような表情をこっちに向けてくる。

「お金…ない…って、そもそも財布がないじゃん!」

 思わずポケットを探るけど、手に掠めるものはなにもなかった。

「嘘でしょ…五千円も入れてたのに!」

「その金があったとして何日食いつなげると思ってんだよ…」

 ルイの呆れ顔は収まる気配もない。


「そもそもさ、ここでは金なんて必要ないんだよ」

 ルイが肩をすくめる。

「え、どういうこと?じゃあどうやって食べるの?」

「簡単。好きなもの取って、勝手に食う。それだけ」

「いやいや、それ普通に犯罪じゃん!」


 そう言いかけたけど、すぐにハッとする。今のこの世界、普通なんてもう存在しないんだ。

 誰も動いてない、時間が止まったこの場所で、ルールも倫理も意味を成さない。


「……でも、なんだろう、この罪悪感」

「ま、すぐ慣れっこになるよ」

 そう言うルイの顔には、少しの寂しさが浮かんでいる気がした。


「ご所望のコンビニならすぐ近くだ。何か食べるか?さすがに腹減ってるだろ」

 ルイが手を差し出してくる。


 この手を取ると、なんだかもう戻れない気がした。


 少し考える。……「ぐぅ」


 どうやら私の空腹はその悩みを上回っているようだ。

 

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