第5話
三人で平原を進む。途中襲ってくるボアを適当にいなして、後ろの二人に仕留めさせ、その剥ぎ取りを行う。
「そういえば二人のレベルはいくつなんだ?」
ボアの解体を行いながら、二人に問う。
「私たちっすか?私はいまレベル2ですね。リゼちゃんもレベル2ですけど、経験は私より少ないっす」
遠距離攻撃を主体とするジョブは、近接戦を行う人間がいなければ有利判定を受けにくい。なぜなら、近づかれただけでシステムから一時的に不利とみなされるからだ。ただし、近づかれても反撃手段があったり、それ自体が罠だったりすれば、その時点で有利判定に覆る。
とはいえ、一番安定するのはやはり近接を行う仲間と共に狩ることなのだが。
「そうか。二人が受けてるクエストは、何かある?」
「えーと、採取クエストが二つと討伐クエストが一つっすね。どれもメイル洞窟でクリアできるっす」
メイル洞窟というと、一階層のダンジョンの一つか。明日にでも行こうと思っていたところだから、丁度いい。
「わかった。でも、その前に二人のレベルを3まで上げないか?レベル2のままじゃ、少しきついと思うぞ。」
メイル洞窟の推奨レベルは3である。ポイズンスライムや、レッドドレイク、ドレッドスネークなどが住み着いており、そのモンスターたちを倒せば丁度レベル4に上がることができるため、少しでも有利に倒せるようステータスは上げておきたい。
「いいっすけど、それだとメイル洞窟の攻略は明日になりますよ?レベルの上昇で一晩は動けなくなりますから。どこかで野宿でもするんすか?」
「え?...そうだな。そうしよう」
一晩動けなくなるとはどういうことだ?レベルを上げてステータスを割り振るだけの話じゃないのだろうか。もしかしたらNPCのレベル上昇のシステムはプレイヤーとは異なるのか?
そんな疑問を抱えながら、二人がボアから最大量の経験値を取得したのを確認すると、そのままベビースライムの住処へ向かい、同じように経験値を稼ぐ。
メイル洞窟は、あの森の近くにあるため、先にミストディアを狩るために森へと入った。ミストディアを探そうとすると、先ほどまでフィーナとしか話していなかったリゼが、ついに話しかけてきた。
「あの、イクリスさん。私、探知魔法でモンスターを探せますよ」
そう聞いて、思わず衝撃を受ける。そういえばそうだった、なぜわざわざ仲間がいないことが前提の探し方をしようとしていたのだろうか。長かったソロプレイ生活の影響だろうな。
「わかった、なら任せるね」
「はい!」
リゼはそう返事をすると、ぶつぶつと詠唱を初め、目を開いたかと思えば「見つけました」と言う。
...そんなに早く見つかるものなのか、これは心強い。
そうして彼女が示した場所へと向かうと、その付近でミストディアが見つかった。フィーナがその脳天を目掛けて弓を射ると、見事に命中し、ひるんだ瞬間に俺がとどめを刺した。
その方法でミストディアを3体ほど狩り、その後リゼの魔法で仕留めることによって、二人とも経験値を取得し、目標であったレベル3に到達することができた。
森の中で比較的に霧の少ない場所へと移動し、そこで一晩止まることにした。枯れ木を集め、草木で寝床を作っているうちに、次第に日が落ちてくる。
集められた木々にリゼが魔法で火をつけ、それを囲んで三人で座り込む。
「そういえば、イクリスは何で私に声をかけたんすか?仲間を探していたって言ってましたけど、あれ、嘘ですよね」
三人で携帯食料を温めていると、急にそんなことを言われた。まぁ、自分でも誤魔化しきれていないと思っていたから、仕方ないだろう。
「フィーナの顔が、知り合いに似てたんだ。ここにいるはずがないって分かってたけど、それでも少し気になってね。まぁ、性格とか話し方は全然違ったんだけどさ」
「へー、そうなんすね。もしかして知り合いがいなくて寂しくなっちゃったんすか?」
フィーナは少しにやけながらそう茶化す。
寂しくなったか、確かにそうなのかもしれない。覚悟はしていたつもりでも、家族と会うこともできないと考えると、やはり辛い。でも、今更あの世界に戻ったところで、自分の居場所などどこにもないのだ。
俺が小さく「そうかも」と呟くと、フィーナは何も言えずに黙ってしまった。そんな雰囲気に緊張したのか、リゼが唐突に話し出す。
「そ、そういえばイクリスさんのご出身ってどこなんですか?」
「リゼちゃん...この雰囲気でよくそれが聞けるっすね...。びっくりっすよ」
そんな言葉に思わず笑ってしまった。
「多分聞いたことないと思うけど、俺の出身は日本ってところなんだ。ついこの前までは学生だったのに、急に冒険者生活が始まってさ。二人はどうなの?」
そう聞くと、リゼが答える。
「私たちは、ここから少し遠い所にある、名前もないような村から来たんです。ちょうど30日前くらいにやってきて、これまでボアやスライムをずっと狩ってきて、今日初めてここまで来ました。」
「へぇ、じゃあ、冒険者としては先輩か。よろしくお願いします」
「い、いえっ、そんな!?」
少しかしこまって挨拶をしてみると、リゼは困ったようにあたふたを手を動かす。そんな姿を見てフィーナが、
「ははは、イクリスもリゼちゃんのからかい方が分かってきた見たいっすね」
と笑いながら言ってきた。
そんな二人と食事を終え、寝る準備をする。二人に見られないようにすっとメニュ画面を開くと、現在の時刻は22時をまわっていた。
ドロップ品を確認しながら見張りをしていると、突然後ろから二人のうめき声が聞こえてくる。何が起こっているのかと振り返ると、二人は自分の体を抑えながら、悶えるように体をくねらせていた。
額に手を当ててみると、明確に熱を感じる。まずい、食べた食料の中に何かあったか?リゼの体に手を当ててメニュー画面を開くと、彼女らのHPが下がっていた。
咄嗟にアイテム欄から回復ポーションを取り出し、二人に呑ませる。HPが最大まで回復するが、また1、2とゆっくりだが空白が開いていく。毒状態にもなっていないのになぜ?
そう思ってリゼのステータスをよく見ると、その理由に気が付いた。彼女たちのHPが減っているのではなく、その最大値が上昇しているのだ。そしてそれに伴い、彼女のステータスも上昇している。咄嗟にフィーナの方を見ると、彼女はすでに落ち着いており、ステータスの上昇も止まっていた。
レベルアップしたら、攻略が明日になると言っていたのは、これが理由か。彼女たちはレベルが上がるたびに肉体の成長に痛みが伴う。その痛みを一晩かけて耐える必要があったのだ。
それを理解すると同時に、こんな環境の悪い場所でレベルアップさせてしまったことを申し訳なく思う。街のベッドでレベルを上げた方が、どれだけ苦痛が和らぐことか。せめてもの償いとして、二本目の回復ポーションを取り出し、彼女らのレベルアップが終わるまで見守りつつ、少しづつ飲ませていった。
翌日、二人が目を覚ますと、香ばしい香りが二人の鼻をくすぐる。匂いのもとを見ると、イクリスが一人で料理をしていた。
「あ、二人ともおはよう。もう少しでできるから待っててね。」
そうして出された料理には、よく煮込まれてほろほろになった肉と、味のしみ込んだスープ、そして薬効のあるハーブに柑橘系の果物が乗せられていた。
「わぁ、朝からこんなものが食べられるとは思いもしなかったっすよ」
「本当に、おいしそうです」
「遠慮せずに食べてね。昨日のこともあったし、消化に良いものを作ってみたんだ」
そうして三人で食事を始める。二人ともとてもおいしそうに食べてくれたため、作ったかいがあったというものだ。
「ごちそうさまでした」
がつがつと食べて一足先にフィーナが食事を終える。おかわりもあるよ、と伝えて鍋を開けて肉を見せると、「じゃあ、半分だけ」と言ってまた食べ始めた。
「それにしてもイクリスさんは料理ができたんですね。野宿をしてこんなにおいしい料理を食べられるとは思いもしませんでした」
「まぁね、前はこれくらいしか娯楽が無かったから、ずっと一人で研究してたんだ」
そう、LOTをソロで攻略していた当時は野宿をすることが多く、初めは携帯食料を煮る程度だったのが、味の追求をするうちにどんどんと止まらなくなってしまったのだ。まぁ、そんなことを詳しく説明したところでわかって貰えないだろうが。
「趣味の領域を超えてますよ、これ。お店で出せるレベルっす」
口いっぱいに肉を頬張りながら、フィーナが言う。そこまで褒められると、なんだか照れてしまうな、と最後の肉を器に移しながら思った。
食事を終え、食器を片づける。鍋以外は基本的にその辺の木などを使って加工したものなので、そのまま燃やして処理した。
「じゃあ、メイル洞窟まで行くか。二人とも準備は?」
「バッチリっすよ」
「大丈夫です」
二人の返事を確認し、メイル洞窟の中へと入っていった。入口で松明に火をつけようとすると、リゼが魔法で光の玉を作り出した。これだったら、松明なんていらなかったな、と思いつつ光を頼りに奥へと向かう。
クエストのターゲットとなっていたのは、鉄鉱石と魔石、どちらもピッケルが無ければ掘り出せないが、それは二人が用意していた。そして討伐依頼のターゲットはレッドドレイクだった。平原などのモンスターと比べて強いため、討伐数は5と半分になっている。
道中で見つけた鉱石を掘りながら進んでいると、天井にポイズンスライムが張り付いているのが見えた。腰の袋から小石を取り出して投げつけ、地面へと落とす。
ベビースライムより少しサイズが大きく、毒を持っているのが特徴だが、動き自体はそこまで変わらないため、危なげもなく狩ることができた。入ってからしばらくの内はポイズンスライムが多く、その剥ぎ取り素材がどんどんと溜まっていくため、仕方なく素材をアイテム欄に収納した。
鉄鉱石と魔石の採掘が終わり、あとはレッドドレイクを狩るだけとなった。しかし、なかなか姿を見せず、ドレッドスネークやポイズンスライムばかりが出現する。
ドレッドスネークは目の前の敵一体にしか反応しない習性があるので、二人の攻撃で簡単に仕留めることができた。その剥ぎ取りには苦戦したが、フィーナも解体スキルを持っているらしく、二人で解体を進めた。
洞窟の奥の方へと到達すると、やっと数匹のドレイクを見つけることができた。
レッドドレイクはオスとメスで動き方が違う。メスの方は臆病であり、遠くから火を吐くような攻撃ばかりしてくるのだ。しかし、オスの方は凶暴で、プレイヤーを見つけた瞬間に近づいて襲い掛かってくる。今回見つけたのはオスの群れであった。
3匹のドレイクは、こちらを見つけた瞬間、すぐに走り出して襲ってきた。後ろの二人の元へ向かわないように注意を引き付け、距離を取らせる。
しかし、三対一の近接戦は圧倒的に不利であった。ドレイクの引っ掻きや噛みつきを剣で弾くが、防戦一方の状態になる。もし彼女たちがいなければ、すぐにでもアイテム欄から麻痺ポーションを取り出して、こいつらの口にぶっかけてやるのに。
だが、逆にその状態が彼女たちにとって都合がよかった。変に動かれるよりもその場で耐え続けてくれた方が狙いが付けやすいのだ。フィーナは引き絞った弓から、ドレイクの頭に向けて矢を次々と放つ。リゼの魔法によって強化された矢は、本来貫くはずの無いドレイクの鱗をものともせず、致命傷を与えた。
それによってできた隙を逃さず、イクリスが確実に仕留める。そうして、三匹のドレイクを狩ると、その血の匂いに惹かれたのか、近くにいた他のドレイクたちも集まってきた。
そのまま戦闘を続行し、最終的には7匹のレッドドレイクを狩猟すると、討伐部位だけを素早く剥ぎ取り、その場を離れた。
「いやー、危なかったっすね。あのままあそこにいたら、レッドドレイクだけじゃなく、他のモンスターもどんどん集まってきてたっすよ」
「あぁ...本当にな、落ち着いた瞬間にすぐ剥ぎ取って逃げてこれたのは...本当に運が良かった」
「あの、大丈夫ですか?だいぶお疲れですよね」
リゼが俺の手を取り、回復魔法で傷とスタミナを癒してくれる。
「朝早くから潜ったんで、昼くらいっすかね。早く街に戻って料理が食べたいっすよ」
そういいながら、三人で洞窟から脱出した。陽の光を浴びて大きく背伸びをする彼女らをよそに、俺は一人考え込む。
なぜ、あれほどまで潜らなければ、ドレイクが出現しなかったのだろうか。俺がこのダンジョンを攻略しに来たときは、もっと手前の場所でも十分にいたはずだ。
そんな不安を残しながらも、俺たち三人は街へと歩き出すのだった。
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