SS集

水城三海

SS1本目

 世の中はきっと完全に平等になることはない。同じ人間なのに、

肌が黒いから。

アジア系の顔だから。

タトゥーがあるから。

ただそれだけの理由で、周囲から忌み嫌われる。

地球という最も大きな社会でさえこのような差別があるのだから、当然、学校というほんの小さな社会でも差別がある。

『陰か陽か』『オタクかそうでないか』『二次元が好きか三次元が好きか』

といった具合だろうか。まだあるかもしれないが、僕が受けてきたのはこのくらいだ。陰だったら避けられ、オタクだったら気色悪いと言われ、二次元が好きだったら豚と言われる。

「うわ、今年は『陰キャの魔王』と同じかよ」

ほら、こんな風に。

『陰キャの魔王』は僕につけられたよく分からないあだ名だ。そんなにも厨二病っぽく見えているのだろうか。

するとさっきのセリフの主が僕の方へ向かってくる。

「なあお前。………お前だよ『陰キャの魔王』」

「……何の用?」

どうせ大した内容ではないので、持ってきた小説を読み進める。

「お前、人の目見て話せないのか? コミュ力無さすぎだろ」

彼の発言でクラスの数人が笑った。

「人と関わらないからね」

彼は僕が苛立つようなことを言っているつもりなのだろうけど、僕自身が他者にあまり興味が無いので、怒ったりすることはほとんどない。

その後も適当にあしらっていたら、彼は諦めてどこかへ行った。進級初日からこれだと、今年はろくな年にならないと思った。


 別の日、進級初日から僕を貶していた彼が、コミュニティの中で、一カ月後にあるライブに当たったと言っているのを聞いた。そのライブは、僕も行く予定のライブだった。今や世界からも注目されている大人気バンドの東京公演なので、とんでもない倍率になっていた。それなのに、同じ学校の、しかも同じクラスにライブ当選者がいるなんて思いもしなかった。しばらく彼が話しているのを聞いていたのだが、なんとなく彼とは仲良くなれる気がしなかった。僕とはバンドに対する見方が違う。彼は曲を重視しているのに対し、僕はバンドメンバー達の技術に興味がある。曲に興味が無いと言えば嘘になるが、ドラムのアレンジの入れ方、ピアノやギターの指の動かし方、ボーカルの発音技術といった、誰も見ていないようなものを見つける方が面白い。

「なんかあいつこっち見てんだけど」

彼らが一斉に僕を見る。

「逃げようぜ」

彼がそういうと、そそくさと教室を出て行った。

やっぱり彼とは仲良くなれないと思った。


 ライブ当日、彼と合流してしまうことを避けるため、少し早めに会場へ向かったのに、入場ゲートで彼とばったり会ってしまった。

「………お前もこのライブ当たったのかよ」

「たまたまね」

「……この前俺の方見てたのはそれが理由か?」

「あの倍率で当たった人が同じクラスにいたら気にせざるを得ないでしょ」

「…それもそうか…」

入場できたのでお互いここで会話を終わらせ、自分の席へ向かう。

 ……と思っていたのだが、どうやら席も隣同士らしい。

「情報操作でもしたのかよ」

「タイピング速度がクラスで一番遅いの僕だよ」

「……じゃあ偶然なのか」

隣で何かボソボソ呟いているが、ほとんど聞こえない。

「なんでこのバンドが好きになった?」

彼が僕に聞く。

「元々僕ドラム習ってて、このバンドのドラマーが世界大会出てたのを見てたんだよ。その演奏に感動して、このバンドを見るようになったって流れ」

「お前ドラムやってたのか?!」

「うん。一応全国大会出てた」

「マジか」

「マジだね」

なんかちょっとずつ仲良くなってませんかね…。

「俺ボーカルの人めっちゃ好きなんだよ。声の力強さっていうか迫力っていうか、そういうのが曲を良くしてる気がする。だから俺今ボイトレ行ってんだよ」

「え、そうだったの」

「このバンドの曲ばっかり歌ってるけどな」

「だとしても凄いと思う。難しい曲だらけだし」

「お前もドラム全国大会とか十分化け物じゃねえか」

そこからお互いに話が弾んで、絶望だと思っていたライブが今までで一番楽しいライブになった。


 ライブが終わってしばらくしたとき、彼のコミュニティのうちの2人が僕に話しかけてきた。

「まーた気持ち悪い本読んでんな」

「いい加減自分が嫌われてるって自覚しろよ『陰キャの魔王』」

また五月蝿いのに絡まれたなと思っていたら、もう一人の影が視界に入った。その影は彼のものだった。

「お前ら、いい加減にしろよ! 自分より劣ってると思った奴にとことん攻撃して何が面白い? 自己肯定感を上げたいのか? そんなもんで自信をつけたところで、こいつより劣ってる。さっさと自分がこいつより糞だってことを自覚しろ!」

2人は全くと言っていいほど納得できていないようだった。

「なんでお前はこんなやつ庇うんだよ。今まで散々こいつのこと笑ってたじゃねぇか!」

「お前らより一足先に、これが何の意味もないことに気付いたからだよ! これをしたところで自分の地位が上がるわけじゃない、能力が上がるわけじゃない、人徳が得られるわけじゃない。ただただ孤立していくだけだ。分かったらさっさとどっか行け!」

2人はその圧に負けてしまったのか、少し急いでこの場を離れていった。

「そんなに強く言わなくてもよかったんじゃ……」

「前の自分を見てる気がしてな……。ていうかそんなに強かったか?」

「聞いてる側としては、かなり」

「それはあいつらにも悪いことしたな。しゃーねえ、あとで謝っとくか」

「意外と優しいんだね」

「意外とって言うな意外とって」

「―――」


あのライブがきっかけで仲良くなった彼は、僕を友達だと呼んでくれるようになった。

完全に差別が無くなることはないかもしれない。けれど、差別をする人がこうやって少しずつ減っていく未来は近いのかもしれない。

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SS集 水城三海 @hobbykiwami

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