来世の約束
瀬南
来世の約束
まさか、こんな光景を目にするなんて思いもしなかった。
無機質な白壁に挟まれた廊下の奥。若く綺麗な女性と親しげに腕を組んで佇むあなた。
身体の気だるさがその場から動くことを許さず、見たくもないのに二人をじっと見つめているしかない私はなんと非力なのだろう。
激しい憤りが腹の底から湧き上がる。「なんで」「どうして……」と、届くはずもない言葉をひたすら心の中で繰り返しては、熱い涙が頬を伝った。
あなたは、あなただけは……ずっと私を愛してくれると信じていたのに。
どんなことがあろうとも、私があなたを愛し続ける限り、離れていてもずっと一緒なんだって、そう思っていたのに。
物理的な距離にはどうしても勝てないってこと?
あなたと離れて一年。不安はあったけれど来世でも共に生きると誓った私たちならきっと大丈夫だと信じていた。それなのに……——
彼に絡む白蛇のような細い腕を辿って女を見れば、視線がバチっとかち合った。
その瞬間、ニタリと弧を描く赤い唇。まるで『あんたの男はもらった』とでも言うように私を挑発してくる。
カッと頭に血が上り、今すぐ彼らの元に向かって女を引っ叩いてしまいたい気分だった。
……しかし、それは叶わないこと。
そのことを知っているからこそ、女はさらに嫌みたらしく笑みを深め、私はあまりの悔しさに砕けるほどに奥歯を噛み締めるのだ。
*
翌日、彼が他の女と浮気していたことを数人に話したが、誰も信じてくれなかった。
「あんなにあなたのこと好きだった人が浮気なんてあり得ない」
「勘違いじゃない?夢でも見たんでしょ」
なんて……みんな口を揃えて、私がおかしいとでも言いたげな口ぶりで彼の浮気を否定した。
私だって、この目で見なければ同じことを思っていただろう。でも見てしまったのだ。私の彼に、私以外の女が触れている。そんな、許し難い光景をこの目でしっかり見てしまった。
「やっぱり、離れていたらダメなのよ。私もすぐにあの人のところに……」
「何バカなこと言ってるの?」
呆れ顔で嗜められても納得がいかない。できることなら今すぐに彼の元に行って問い正したい。
私と出会ったあの日、恥ずかしそうに顔を赤らめながら「運命を信じますか?」と尋ねてきたあなたは嘘だったのか。
「この世のどんな男より、僕は君を幸せできる」と自信満々に交際を申し込んだあなたは嘘だったのか。
「愛してる。ずっと一緒にいてください」と、震える手で指輪を差し出したあなたは嘘だったのか。
私の頭の中にある彼との甘く愛しい思い出が「そんなわけない」と必死に否定してくるけれどその答えは彼のみぞ知ること。
あなたのいない世界は辛くて苦しくて。息はしづらいし、鉛がついているみたいに全身が重たい。
モヤがかかった視界の中、あなたと一緒に見た色鮮やかな光景を何度も何度も頭の中で反芻する日々……。
ずっと一緒って……その言葉を信じて、私はこんなにも苦しんで生きているというのに、あなたは“浮気”だなんて、そんなの……
「絶対に許さない。あなたを幸せにできる女は……私しかいないんだから」
遠く離れたあなたとの距離。
あなたが迎えに来ないなら、私が行くしかないでしょう?
*
『もう歳だったとはいえ、お父さんが亡くなってからまだ1年しか経ってないのに……』
『仲のいい夫婦だったからね。きっと一人に耐えられなかったのよ』
『そういえばお母さん、亡くなる直前、お父さんが若い女と浮気してたって怒ってた。多分夢でも見たんだろうけど』
『ふふ、死因がヤキモチ、だなんて……お母さん本当にお父さんのこと好きだったのね』
一生涯、私が愛した人だから……。
私を愛してくれた人だから……——
「来世でも一緒になろう」
最後にしたその約束、死んでも必ず守ってね?
end
来世の約束 瀬南 @senabook
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます