第5話
彼女は引きこもりだった。……今では知らないが、当時引きこもりと言えばとにかく家に居るばかりで外に出ない、吸血鬼の如き人種が想像されることが多かった。今もそうかは定かではないが、世間知における引きこもりとはそのようなものだったが……少なくとも彼女はそうではなかった。家に来た弟の友人と臆面もなくゲームで遊んでしまうのもそうだが、実際のところ外に出るのだって抵抗はあまりない。ただ、学校に通っていないというだけだった。この事実を知ったのは彼女と数回遊んだ後のことだったのだが、当時の私は不登校ではなかったにせよ、そうした立場に対して強いシンパシーを抱く人種だったのは読者の想像に難くないであろうと思う。公立学校の空気に馴染めず、衝突と傷心を繰り返していた私が彼女に対して自己投影的な憐憫と親愛の情を向けたとして、何の違和感があろうか。実際に彼女と私は趣味も通じ、同じように学級に適応出来なかった人種同士で、仲良くなるのは時間の問題だった。
私と彼女はよく遊んだ。大抵はゲームをやっていたが、時にはアニメを観たりもした。その時のタイトルも確か涼宮ハルヒの憂鬱だった。
当時、私達が使用していたのは携帯電話で、スマートフォンなどというアイテムは想像の埒外にあった。私が高校生の頃にようやくAndroid端末でスマートフォンデビューをしたという話をすれば、私の過ごした思春期の年代について想像がしやすくなるだろうと思う。私達二人は電話番号とメールアドレスを交換し合って連絡をとった。
私が彼女の口から、引きこもりをやっていることを告げられたのが、初めて二人で電話をした時のことだった。私はそこまで動揺してなかったはずだが、先のように自分自身、学校環境に適応出来なかった人間の一人として、必死なつもりで彼女を擁護した。その時に費やした文言について、私は詳細を覚えていない。ただ、彼女が途中からぼろぼろと泣き出したということだけを良く覚えている。当時の私は今のように文学や哲学に通じていたわけではなかったし、小説が書けるほどの感性もまだ備わってはいなかった。けれども、必死に――年相応に――紡ぎ出した言葉が、彼女に何らかの印象を抱かせることができたのならば、それが一番だと、今も思う。
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