ep.45 思い込み

「やらかした……?」

「おやぁ?勝手に発言するとはいかがなものかねぇ?」

 そう言いながらシルの口元をがっと掴むクレイザ。

 

 シルがクレイザのおもちゃになっている訳だが、助けようと動き出しては作戦を遂行できない。

 今は洗脳されたフリしておかないとっ……



 なぁんて、作戦を優先にして仲間を見捨てるほど馬鹿じゃない。

 これは作戦の一環だ。今は寝たフリを続けておくべきなのだ。

 訳だしね。

 

 まったく、クレイザのやつ、トルビーなんて名前どっから思いついたんだろうか。



 手を離すとシルの頭にぽんと手を置くクレイザ。

「"擬態"を解いて?トルビー。ツノと羽を見せてよぉ」

「……」

 

 シルが無言のまま指をパチンと鳴らすと小さなツノと羽が現れた。

 クレイザはそれを撫でながら「吸血種様がこんなにジュージュンになって……」などと言っていた。

 

 そして何かを思いついたように人差し指を立てると続けた。

「ボクちんの忠犬になってよ。ね?トルビー!」


 シルは黙っている。

 クレイザは催促しながらシルに話しかけていた。


  

「……わん」

 数秒後、そう言ったのは……いやそう鳴いたのは目の赤いコハクだった。


 ほうほう、リンさんの飼い犬コハクを元に忠犬になったのか。


  

 ……え?


「「いや、そうじゃないだろっ!!」」

 クレイザと声が重なる。


 やばい、意味不明すぎて普通にツッこんだ…!洗脳されてないのバレる!

 ちゃんと寝てるふりしなきゃ!


「スーピー、スーピー……」



「いや、あの……忠犬ってこう、忠実なしもべと言うか……」

 あ、大丈夫だ。クレイザ、困惑しすぎて気付いてない。危ない危ない。


「わん、わんっ!」

 嬉しそうに吠えながら撫でてと言わんばかりにクレイザに頭を擦り付けるシル。


「まぁ、これもいいかなぁ……」

 クレイザは困惑しつつシルの頭を撫でている。

 

 何だこの状況……


「それじゃあ……」

 クレイザが人差し指を立てて言う。


「おすわりっ」

「わん!」


 

「ふせ!」

「わんっ!」


 

「……取ってこーい!」

「わ〜ん!」


 

 ……ほんとに忠犬だなぁ。


 シルがクレイザが投げた木の枝を咥えて戻ってきてクレイザの足元に枝を置いた。


「いいこだねぇ。じゃあ次は……おて!」



「……がうぅ!」

 おてをしたと思ったら、ガブッとクレイザの手首に噛みついたシル。

 反射的にかクレイザが蹴り上げ、シルが宙に舞った。

 

 しゅたっと音がしそうな完璧な着地をしたのは、人の姿をしたシルだ。


 ぺっと血を吐くと口を腕で拭いながら話し始めるシル。

「……わかったよ、クレイザ」

「はぁ?!」


 そのままゆっくりとクレイザのほうへ歩いていく。クレイザは慌てた様子で魔力のつぶてを飛ばすが軽々と防がれている。


「ライム!なんとかしろっ!」


 立ち上がり、キャラがブレ始めたクレイザの方を向いて笑う。

「なんとかってなんでしょう」

 瞬きをして瞳にかけた"色調補正クロマラギィ"を解除した。


「えぇっ?!」

 俺の目を見て驚くクレイザ。

 

「事の重大さに気づいたのかな?」

 シルが先程のクレイザの言葉をそっくりそのまま返す。



「……」

「黙っちゃって」

 そう言って右腕を前に伸ばしたシル。次の瞬間には身長ほどのサイズの杖が握られていた。

 

 シルはその杖の先をクレイザに向けて続ける。

「"クレイザ・メイト"。跪け」


「おまっ……んで、ボクちんの魔法…!」

 数秒頭を抱えて唸っていたクレイザだったが、ついに両膝を地面に着けた。


「……ったく、この期に及んで小細工か」

 シルが言う。クレイザが指示したのか、村人たちがこちらに走ってきていたのだ。


 するとシルは街灯よりも高く飛ぶと杖を掲げて言った。


「解除!」

 村人たちがバタバタと倒れる。


「……何を、した?」

 クレイザが聞く。


 トルビーは降りてくるとニヤリと笑って言った。

「洗脳を解除したの。おまえの血、誰かにいじくられてるよ?」

 クレイザはハッとすると「くそっ、あいつめ!」と言って拳を地面に叩きつけてうなだれた。



 数十秒そうしていたクレイザだったが、急に高笑いすると左手を振り上げた。魔法を撃とうとしたようだが、それと同時にトルビーが動いた。


「転送!」


 トルビーが言い、杖がクレイザの心臓に向けられる。するとクレイザは心臓の辺りから消えていった。


「……まっ、て……っ!」

「待つかよ」

 静かにそう言うと続けて「収納」と言ったトルビー。

 すると手元から杖が消えた。



 クレイザが完全に消えた後、トルビーはこちらを向いて口を開いた。

「お疲れ様。ライム」

「終わ……った」

 安心して腰が抜けた。その場にへたり込む。



「ねぇ、僕の名前は?」

 ニコニコしながら聞いてくる。


「どうした急に、トルビーでしょ」


 トルビーは嬉しそうに頷いた。

「我ながら上出来〜。それはそうと……目が赤かったから、本当に洗脳されたかと思って焦ったよ」

「ごめん……再現しないと騙せないと思ってさ」

 

 トルビーから洗脳の話を聞いた後だったので村の人たちは全員赤い目をしている事に違和感を感じたのだ。


「で、あいつの血に解除方法を仕込んだのはライム?」

「いや、俺じゃなくてジェリカだと思う……あ!」

 ジェリカの居所に心当たりがあり、ジェリカって誰?と聞いてきたトルビーに、後で説明するから、と言って立ち上がり、走る。



 着いたのは背よりも大きいクリスタルがあった場所。

 

 そこにはクリスタルはもうなかった。

 

 代わりにボロボロのワンピースに身を包んだ少女がふらふらとこちらに歩いてきていた。

 

「ラ、イム……」

 こちらに気付いた少女はバランスを崩してふらりと倒れかける。

 あぶないところで受け止めて膝の上に寝かせた。


 ジェリカは虚ろに目を開けると小さな、小さな声で言った。


「……ありがとう、ライム。トルビー……テンペアーのみんなを……助けてくれて」

 

 そう言い終えると彼女の体からふっと力が抜けた。

 

「……ごめんね。来るのが、気付くのが遅かった」

 トルビーはそう言って鼻をすすっていた。



 すすっていたのだが…… 

「これ、寝てるだけじゃない?」

「……え?」

 ジェリカは心配になるほど安らかな顔をして眠っていたのだ。小さく寝息を立てている。


 と、コツコツという足音と、タンッという杖を着くような音がした。誰かが近づいてきているようだ。

「ジェリカ……ジェリカなのかい?」

 そうしわがれた声がしたと思うと、杖をついた白髪混じりのおじいさんが近づいてきた。

 

 「あなたは?」とトルビーが聞くとおじいさんは悲しげに微笑んだ。

「ミレィと言う。彼女とは幼馴染でね、ヤツから助けてもらったんだ」

 そう話すミレィさんは翡翠色の瞳を潤ませていた。



 ミレィさんにジェリカを任せ、村を見て回った。倒れている村人たちは意識を失っているだけだった。



 そうこうしているうちに日が暮れた。

 

「よし、今日は宿に帰ろう」


 そう言ったトルビーに賛成しようとしたところ、「ライム〜」と言う声が頭に響いた。

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