ep.28 赤毛

 赤毛の青年の視線の先を見ると手足を縛られ横たわっている、白髪の少年がいた。


「えっ……?トルビー?」

 頭部から出血しているのようだ。薄く目を開けたトルビーは消え入りそうな声で「逃げろ」と言った。


「逃がさない。答えろ。なぜ匿う」

 赤毛の青年がトルビーの言葉に反応した。

「あなたがやったんですか?何もあそこまですることないじゃないですか……」


 怒りなのか、はたまた恐怖なのか声が震えた。あのトルビーがここまでボロボロなのだ。この青年、かなり強いのではないだろうか。


「……そうか、庇うか」

 青年はそう言うとゆっくりと俺に近づいてきた。

 何をされるんだろう……いつの間にか足は、青年の魔法なのか動かなくなっている。


 青年は俺の肩に触れると"テムノ"と、こう言った。


 ……


 しかし なにもおこらない!



「え、ってことは君もグルなん?」

 不思議なイントネーションでそう言うと青年は後ずさりした。


「だから言ったでしょ……何もしてないって」

 トルビーが呆れたように言った。


 グルってなんの事だ……?


「グルなら、お前ら2人ともここでお陀仏や!」

 青年が手で空を切った刹那、薄浅葱色の刃が飛んできた。


 咄嗟に"障壁"を唱えるも何故か発動しない。刃は頬を掠め、抉った。流れた血を腕で拭う。


「詠唱ミス……?」

「そのブレスレットは魔法を使えなくするもんや」

 よく見るとトルビーの腕にも俺と同じものがつけられていた。


 ということはトルビーは魔法を使えなくされた上でボコボコにされたのか。


 青年は"浮遊"を唱えて浮き上がり、またなにか言った。先程の刃が無数に飛んでくる。


 ……いやいや、魔法も使わないで、どうやって避けろっていうんだよ!


 

 咄嗟に駆け出したがいくつか被弾し、腕に切り傷ができた。かまいたちに切られたような、紙で切ったような感じだ。

 痛いが、致命傷にはなり得ない。意外とそこまで強くないか……?

 

 しかしトルビーはあんなことになっている。気を抜いたら俺までやられるかもしれない……


「くそっ……!」

 どうしよう……防戦一方だ。

 

 まず宙に浮かれてはこちらからの攻撃が届かない。なんたって魔法が使えないんじゃ、石を投げる程度しか遠距離攻撃の手段がない。


 一か八か小枝や石を投げてみるも、軽々とかわされ、防がれ、決定打にはなり得ない。


 その間にも手数で押され、身体中に切り傷が増えていく。


 ふと視界の隅にトルビーが映った。


 トルビーは体を起こし、こちらを見ると、

「……ライム、ペンダントの魔力を使え」

 そう、なにやら後ろで組まされた腕を動かしながら言う。


 ……ペンダント?

 

 なおも続く攻撃の中でちらっと胸元を見る。


 すると、リンさんからもらったペンダントが淡く光っていた。

 さらに、すりガラスのように濁っていたはずが、水晶のように透き通っている。


 ペンダントの魔力を……?


「そのクリスタルは……魔力を蓄える性質を持つ……だから、ペンダントの中の魔力は使える……はず」

 トルビーはそう言いながら先程から手足を拘束する縄をほどこうとしている。


「ねぇほどいてっ!」

「こっちも避けるのに必死なの!」


 我ながら、トルビーの話を聞きながら器用に攻撃を避けていると思う。


「何を話してん!」

 赤毛の青年は風の刃をトルビーに向けて放った。


 先程までの刃より大きく、色が濃い。威力が高そうだ。


 手足を拘束され、避けるのは難しいだろうし、既にかなりダメージを負っているであろうからまともに受けるのは危ない。

 守ろうにも俺への攻撃が止まらないため近づけない。


「"障壁トイコス"!」


 真っ直ぐにトルビーを目掛けて飛んでいく刃。ダメ元で唱えてみた"障壁"も発動した手応えはなかった。

 そしてその刃はトルビーに直撃したようでそれが弾けた衝撃で砂埃がたった。


 気を取られていると刃に左目の上を切られ、温かいものが頬を伝った。


「よそ見するからや!」

 青年は言うと、また魔法を飛ばしてきた。


 少しして砂埃が落ち着くと、トルビーが立っていた。


「自分で言ったじゃん。ブレスレットが壊れたら困るから、魔法は使わないって」


 手足の拘束はとけ、左腕のブレスレットはトルビーの足元で真っ二つになっていた。

 さすがトルビー。


 って、危ない……ほっとして足が止まった。また魔法が飛んでくる!走らなきゃ!



 ……って、あれ?


 トルビーの声に流石の青年も動揺したのか、攻撃が止んでいた。


「ライム、心臓じゃなくてペンダントを意識して魔法を出すんだ」

 トルビーが続ける。

 

 魔法を出す時のコツとして、心音を聞くというものがある。学校では心臓から、血液と魔力が全身に回っているのを意識すると魔法を出す感覚が分かるようになると教わる。


 ペンダントを意識……


「"風刃リピーカ"」


 右手を差し出した方に刃が飛んでいく。

 刃と言っても威力はつけなかったため、それは青年に当たり霧散した。

 青年は驚いているようだ。


「できた!」

「ナイス!さすがだなぁ……」


「ってこれ壊してよ!」

 俺は左腕のブレスレットを指す。

「ん〜、ライムが自由に動けたら僕の出番ないだろうし……」

 トルビーは1歩前に出る。


 するとなんだか雰囲気が変わった。

「僕がやる」


 頭部の傷からはまだ血が出ているようだ。

 大丈夫だろうか……


 

 ってかそれなら、今俺が魔法使えるようになる必要あったか?


 とりあえず相当怒っているようだから……

「任せた……って、これどうすんの?」

「魔対行って、イオラさん呼んできて」

「警備隊とかじゃなくて?」

 青年は明らかに人間だし、ただの犯罪者だと思うんだが……


「……こいつ、魔対のメンバーだから」

「えっ?!」


 驚く俺にシッシッと手を振りながらトルビーが言う。

「詳しい話は後。行った行った」

 しょうがない、行くか。


「逃がさへん!」

 走り出した俺に青年はそう言うと、こちらに強めの攻撃を飛ばしてきたようだがそれはトルビーに阻まれた。


「お前の相手は僕だ」

 魔法を使えるトルビーと本気で戦るのか。

 お相手の身を案じてしまうなぁ……


 俺は走りながら全身の傷を軽く"治癒"した。

 確かに"治癒"できたのはブレスレットを克服したおかげか。


 あ、飛んだ方が速いな。

「"飛行フィーダ"」

 そう唱えて中央図書館を目指した。


 幸い連れ去られた時、中央図書館から真っ直ぐ歩いただけなので迷うことなく到着した。


 重い扉を開けると、司書さんと目が合った。イオラさんではない人で、俺を見るやいなや「ライムくん……大丈夫?」と聞いてきた。

 中央図書館にはよく行くため司書さん達とはまぁまぁ仲良くなっている。

 

 よく考えたら、傷は無いけど血だらけだよな、俺……


「まぁ、大丈夫です。イオラさんいますか?」

 ちょっと待ってねと言い、司書さんは奥へ行った。


 図書館の中の人から何度か困惑の視線を向けられ、気まずい思いをしながら待っていると、イオラさんが小走りでこっちに来た。


「どうした、ライム」

 そう言いながら茶色のポンチョを渡してくれるイオラさん。見た目を気遣って持ってきてくれたのだろう。


「これ汚しちゃう……」

「魔法で簡単に汚れが落ちる素材だから。それで?」


 周りの目も気になる……というか周りの人たちにこんな血だらけの姿を見せるのは申し訳がないし、お言葉に甘え、ポンチョを羽織った。

「とりあえず、ついてきてもらえますか?」



 歩きながら状況を説明する。

「トルビーによると……メンバーらしいんですけど……」

「……赤毛で緑の目の?」

 そう言ったイオラさんは青い顔をしている。


「そう、ですね」

「グルセルかぁ……」

 グルセル……あ、地図に書いてあったサインだ。 やっぱり。


「あいつ、単細胞っていうか猪突猛進っていうか……まともに会議も来ないくせに正義感は強いし……」

 イオラさんの愚痴が止まらない……

 てか、イオラさんがこんなにハキハキ喋ってるところはなかなか見ないな。



 そんなこんなで関所まで来た。

 すると、門の前にお互いに体重を預けて意識を失って……いや、これは寝ているのか。

 うたたね中の衛兵が3人いた。


 イオラさんは魔術書を取り出して左手で浮かせると3人の肩に順に触れた。

「起きて〜」


 しかしなにもおこらない!


「あれ……?あぁ、これか」

 イオラさんは足元になにか見つけたようで、それを踏んで砕いた。


 と、衛兵の1人が寝ぼけた声でもう朝?と的外れなことを言いだした。


「うちのがすいませ〜ん。急いでるので」


 イオラさんはペコッと謝ると、「行くよ」と俺に言った。

 イオラさんの足の下には砕けた水色の石があった。




 森に入り、さっき居たはずの開けた場所を目指す。

 木々が風に揺れる音しか聞こえず、方向があっているか心配になった。進めど進めど戦闘音のようなものは聞こえない。

 もしかして決着がついたのか……?


 開けた場所を見つけ、イオラさんに言う。

「あそこです!」

 魔術書を片手にイオラさんは駆け出した。

 俺も続く。


「2人とも、ストーップ!」


 イオラさんがそう言うと同時にある意味衝撃的な光景が目に飛び込んできた。

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