ep.9 キッテス
ラズリスがこの街、キッテスに寄った理由。それは今彼女の目の前にある店に訪れるためだった──
「よっ、サップ、久しぶりだね!」
「おぉ、ラズリスじゃんか!ほんと久しぶり!」
そう言いながら短髪の青年は相変わらず綺麗な琥珀色の瞳を細めた。
「……実は、直してほしいものがあって」
「見せてみ?」
私は砕けた透明な青色の魔力石の入った小袋を渡した。
サップはしばらく観察していたが、首を横に振ると袋を返してきた。
「こりゃ難しいな……細かく砕けすぎてる。俺には元の術式すらわからん」
「やっぱり難しいか……」
魔力石とは術式との相性が良い石のことで、ものに付与するよりも術式の劣化が遅い。
私のブレスレットにも"収納"の術式が編まれていて、ここにほうきをしまっていた。
「……ん?サップ、俺にはって言った?」
「あぁ。中央で俺の親父がやってる店なら直せるかもしれない」
「それって……」
「アンバー魔石店だ」
○●○
ラズリス姉さんと別れてから、俺とトルビーは露店を見てまわっていた。
さすが魔道具の街キッテスだ。魔法に関する店が多い!
俺は古書店に目をつけ、表紙が気になった本を手に取った。
(この魔法は……"呪言"かぁ……初めて見たなぁ。ん?これは……?)
「いいの買っちゃった!見たい〜?」
トルビーにそう話しかけられた気がしたが、その言葉は右耳から左耳に抜けていった。
そんな風に本に夢中になっていると後ろから声がした。
「なに読んでるんだい、ボク」
ボクなんて呼ばれる年じゃない気もするが……それより誰だ?
振り向くとそこには背が高めの好青年がいた。
「失礼ですが、どなたですか?」
俺が聞くと青年は苦笑いをして答えた。
「そんなに警戒しなくても……ラズリスの彼……」
「カレ?」
そう聞き返すと、青年は咳払いをした。
「友人だ」
「そうなんですね。ライムっていいます」
「ライム君……悪いね?」
そう言うと青年は何か術式を唱えた。
あれは確か……"束縛"?
俺が声を出そうとすると口は動くが声が出せない。
あれっ?手足は自由に動くな……
「悪いが、おとなしくついて来てくれ」
仕方なく青年に着いていく。
やっぱり、なぁんか怪しかったんだよなぁ……自分から警戒されていると思っているあたりとか。
ってかいつの間にトルビーがどっかいってる!
「魔法使いの武器は口だろ?君、頭は良さそうだけど、武力じゃぼくには敵わないよ」
確かに俺は小さめ、というか年齢差的にもパワーで行くのは無謀と判断したのだろう。
まぁそんなことも無いのだが、こんな街中で騒動を起こすのは申し訳ないしやめておこう。
少し歩くと露店を歩いて見て回っているトルビーと目が合った。
俺はすかさずトルビーに手でSOSを送った。
あと、三角帽子のジェスチャーもした。
ラズリス姉さんに来てもらった方がいいだろう。
トルビーは困惑しながらもサムズアップすると走り出した。
露店もなくなり、人が少なくなった頃、青年は急に立ち止まった。
「さあて、どうしようか」
そういいながら切り株に腰掛ける少年。一体なにが目的なんだろう。
金目当てなら大人を狙うだろうし……って、とりあえずこの束縛を解こう。
口に手を触れ、魔法を解こうとしたが無理だった。
それを見た青年は鼻で笑った。
「無駄だよ。ぼくの"束縛"は個性魔法だ。普通のよりも頑丈なんだよ」
厄介だなぁ……あ、そういえばさっき読んだ本に面白い術式が載ってたな。
そのうち姉さんたちが来てくれるだろうし、やってみるか。
"
"無詠唱"
魔力の消費量が100倍になる代わりに詠唱せずに魔法を使えるという術式らしい。
って、あれ?魔力が減った?
俺はくらっとして地面に座り込んだ。
魔法を使って魔力が減ったのは、魔導書をもらってから初めてだ。
……全部の魔法を魔力消費なしで使えるというのはやっぱり虫のいい話すぎるか。
と、俯いている俺の顔を、青年が覗き込んできた。
「え!?だいじょぶ?もしかして息できない?」
攫っといて心配するなんて変なやつだな。
俺は首を横に振る。
「よかったー」
心からホッとしてるじゃん。
なんなんだこのイケメン。
と、遠くから三角帽子が見えてきた。
よし、失敗しても姉さんがなんとかしてくれるだろうし、あれも試してみるか!
("呪言"!)
俺はそう心の中で唱えながらウインクした。
そして、
(うごくな!)
「……!」
めちゃめちゃ喉が痛い。
音もなく咳き込むと手に血が着いた。
"呪言"、声で出す魔法なの忘れていた。
って、あの三角帽子は姉さんのだけど、あれトルビーじゃん!
なんであいつが被ってんだ?!ってことは姉さんはいない?
なら自分で何とかするしかない……?
「ちょ、なにしたの?なんで血がでてんの?まさか無理やり詠唱した?喉死ぬよ?」
青年は焦っている。
まぁ俺も同じくらい焦ってるが。
俺が無駄なことをして傷つくのを恐れてか、青年は"催眠"の術式を唱え始めた。
詠唱を止めなければまずいので拳を握りしめて肘を引くと……
「"従え"」
そう、姉さんの低い声が響いた。
俺がやりたかった呪言じゃん……いいなぁ……!
って、姉さんいたんかい!よかったぁ……
ちなみに青年はピシッと背筋を伸ばしている。
続けて姉さんは、ライムにかけた"束縛"を解け、と言った。
「あー、あー」
やっと声が出せる。喉が痛いけど。
「ゼシュー、ライムに何した」
姉さんは低い声で青年を問い詰める。
って、このイケメン、ゼシューっていうんだ。
「なにも……」
ゼシューはバツが悪そうに答える。
「じゃあなんで血が出てんの?」
ごもっともだ。
俺は掠れた声で答えた。
「これ……自分で、やりました……」
「へ?」
姉さんとトルビーが唖然としている。
「まぁ、この通り脅されて、攫われたんですけど」
姉さんはゼシューの方に向き直ると、圧の強い声色で言う。
「なんでそんなことした」
するとゼシューは急に泣き出した。
「ラズたん!僕のとこに戻ってきてよぉ。そんな魔力ゼロのちびっ子じゃなくてさぁ!」
……こいつの情緒どうなってるんだ?
「ふーん、わかんないんだ、ライムの凄さ。ってかその呼び方やめろ!きもい!」
この2人、どんな関係なんだ……?ゼシューは完全にしょぼくれている。
と、姉さんがゼシューを睨んだまま言った。
「ライム、仕返ししていいよ」
「そう言われましても……」
あ……そうだ!
("木の葉")
心の中で唱えてからウインクした。
すると一枚の葉っぱがゼシューのほっぺをかすり、血がぴゅっと出た。
成功だ!
「「「無詠唱!?」」」
3人の声が重なる。
「あ、いや魔法の発現を詠唱からウインクにかきかえただけ……」
姉さんとトルビーはなるほどという顔をしているがゼシューはまだ驚いていた。
「それをいつ詠唱した!?」
「これは無詠唱で……」
「はぁ?」
ゼシューは困惑顔だ。
「さっき読んでた魔術書に載ってたんですよ……って、あ!あの本!」
そういえばまだ買ってない!
まだ3ページも読めてない!
俺は古本店へ戻ろうと立ち上がった。
……が、くらっとしてまた座り込んでしまった。
「ライム、魔力減ってね?」
トルビーの言う通りだった。
「そういえば、個性魔法、魔力の消費がなくなるんじゃないかもです。"無詠唱"は魔力の消費が元の100倍になるらしくて、俺それで魔力減ったんで、多分魔力の消費量が極端に少なくなるだけかと」
姉さんに、誰の役にも立たなそうな発見したね、と呆れ顔で言われた。
……って、あの本!
「トルビー!魔力ちょうだい!」
「え?!う、うん」
トルビーは俺の手を両手で包むと目を閉じた。
目の前にかかっていた霧が晴れたような感覚がした。
よし!全回復!俺はお礼を言って、本屋に向かって走り出した。
◆◇◆
「え?出力調整完璧すぎない?」
ラズリスが驚いている。
「あぁ、僕得意なんです」
僕、トルビーの得意魔法のひとつ、"送魔"。
自分の魔力を大気に含まれる個性のない魔力、魔素に置き換えて相手に渡す魔法。基本的には治癒魔法に分類される。
が、過剰な魔力を渡せば毒になる。
ライムは元の魔力が少ないから得意とはいえ急に言われて焦ったけどね。
「そ、そうなんだー……で、ゼシュー?」
こっそりいなくなろうとしているゼシューに向かってラズリスが話しかける。
うぅ、こえぇ。
……僕は修羅場になることを予想してライムを追うフリをして物陰に隠れた。
ラズリスは両手を腰に当て、ゼシューに詰め寄った。
「なんでライムを攫った?」
「だってぇ、ラズたんと歩いてること見ちゃったんだもん」
ゼシュー、完璧に甘えモードだ。
あのイケメンが、こうもキモくなるかね……
ラズリスが……いやラズたんが顔を歪めた。
「だからその呼び方やめろって、きもい!」
「ぼくとより戻そうよぉ……!」
「ぜぇっっっったい、やだ!」
きっと、ゼシュー、束縛強かったんだろうなぁ。
でなきゃ明らか年下と歩いてるとこ見たくらいで嫉妬しないだろ……
つか元カノに嫉妬か、異常だ。
その後ラズリス……いやラズたんが魔法を撃とうとしたので仕方なく仲裁してなんとか場を丸く収めた。
ライムはというと、あの魔術書を無事ゲットしたようで、こっちの苦労も知らずに上機嫌だった。
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