ep.4 ライムと白い犬
ラズリスが襲われる少し前、ライムは今まで溜めこんだ魔法の知識を片っ端から具現化させていた。
「魔法ってこんなに面白いのか!」
物心ついた時にはもう魔法が大好きだった。
でも、その時からもう魔法が使えないと分かっていた。
……同い年の子供たちは魔法で遊び出していたのだ。
魔法を諦めきれなくて受験した中央魔法学校、通称中魔校はその名の通り魔法の扱いに長けていないと入れない。
……魔法科以外は合格ライン超えてたからダメ元で受けたんだけど、まぁ無謀だった。
魔導書を授かるあの日だって、心の隅っこでは魔法が使えるようになる魔法をくれないかなぁなんて思っていた。
でもそんなの叶わないとも思っていた。実際叶わなかったのだと思っていた。
それでも、魔法の勉強はやめなかった。
それでも、魔法を諦められなかった。
やっと、やっとだ。
やっと、魔法が使えるようになった。
今まで溜めこんだ魔法の知識を具現化させていく。
(楽しい……!)
夢中になりすぎて、ラズリス姉さんの魔力が離れていってないことも、そこに近づく魔力があったことも大した問題ではなかった。
……いや嘘だ、大問題!
我に帰った頃には姉さんのほっぺからは血がツーと流れていた。
「姉さん!……って、犬?!」
姉さんのほっぺを切り裂いたのは何やら様子のおかしい真っ白なワンちゃんだった。
姉さんはふぅと大きく息をつくと右手をその犬に向け、攻撃魔法を構えた。
「待って!」
……この犬の目、ルビーみたいにきれいな赤色だなぁ。
そんなことよりこの子、心ここに在らずといった様子だ。
それになんか、細い糸が首元とつながっているような……
その糸に触れようするとすり抜けてしまった。なんだろうこれ。
あ、もしかして……これ、魔力糸か?
それにしても、この犬、姉さんよりも僕が近くにいるのに姉さんしか見ていない。
しかも森から出て来ようとしない。
ということは……
「姉さん」
僕は姉さんの右手を掴みながら言った。
「ちょっと僕に任せてくれませんか」
しばしの沈黙。
ちょ、早くしないと。ずっと唸ってるよあの子!また襲いかかって来るかもよ!?
……僕は姉さんの手を離した。
「何も言わないってことは、いいってことですね?」
「あ、ちょ、んまぁ、危なくなったら……」
「……ひとりで平気です」
やばい、焦りすぎてめっちゃ自信あるやつみたいになっちゃった……
さっき気づいたことも不確定だし、あっていても本当に作戦通り行くか分からない。
でも、この作戦をやるならば姉さんのお助けは邪魔になる……だから!
「自信がある訳じゃないけど、作戦があるので!」
僕は精いっぱい笑顔を取り繕って言ってから犬の方を向いた。
引きつってたよ?絶対!
だって「あれ」するの怖いし……
……でも、この犬を守るためには僕がやるべきだ。
覚悟を決め、足元に落ちていた太めの枝を拾って犬の方へ歩いていく。
が、未だ犬は姉さんを見つめている。
……やっぱり当たりかも。
って、姉さん泣いてる?
あの魔導師様が怯えるほどの相手なのか?
目をつぶり覚悟を決める。
……僕は左腕を思い切り引っ掻いた。
「っ……!」
腕からは血がぽたぽた垂れている。
姉さんは唐突の自傷に困惑の声を上げた。
いつの間にか居た金髪の少女は怯えた顔をしている。
いや、ワンチャン、僕が自傷したことに引いているのかもしれない。
それはとりあえずいい。
やっと犬が僕の方を向いてガルルルとうなりだした。
予想は当たりのようだ。僕はそのまま立っていた。
……もう日が傾く頃だ。
僕たちの周りに影が落ちる。
すると犬は僕に飛びついてきた。
「「危ない!」」
姉さんと女の子の声が重なる。
僕は前足での攻撃をかわして走る。
出来ればこの枝を噛ませたいが、なかなか思うようにいかない。傷つけないように戦うのって難しいんだな。
防戦一方の僕に姉さんたちは不安げな顔をしている。
「あぶなっ!」
足元に突進してきたのをジャンプして避ける。
犬が勢い余って走り抜けて行った方を見る。かなりスピードが早い。見失う訳には行かない。
「って……あれ?」
思ったそばから見失ってしまった。
と、目の前の姉さんが手のひらをこちらに向けていることに気がついた。
「"
姉さんがそう叫ぶと、その手のひらに水の槍が現れ、それがこちらに飛んできた。
……いや、僕の方じゃない。僕の少し左?
水の槍の指す方を見ると、そこには口を大きく開け、牙をむき出して僕に飛びつかんとする犬がいた。
どうする?
姉さんは僕を守ろうとして犬に攻撃した。
それは分かっている。
でも、この犬を傷つける訳には……!
「"
飛んできた水の槍に向かってそう唱えると、それは魔力のちり、魔素となって霧散した。
飛びついてきた犬は左腕で防御した。
左腕に噛みつかれたまま押し倒され、身動きが取れない。
「うぅ……!」
噛む力が強すぎる……離してもらおうとしたら噛みちぎられそうだ。
肘を伝って血が流れる。
それに何かを吸われているような……
ん?……これは好機なのか!
僕は左腕を噛まれたまま右手を犬の首に回し、首元に書かれた術式を"書き換え"る。
するとピンと張っていた魔力糸が宙に舞った。
僕はついでにその糸に"着火"しておいた。
数秒後、噛む力がふっと抜け、犬はパタリと倒れた。
「コハク!」
女の子が駆け寄ってくる。
コハクと呼ばれたワンちゃんは気を失っているだけで無事だ。
それより!
「姉さん、"あの火花を追って"!」
そこまで言って僕は地面にへたり込んだ。
さっき、この子、コハクに血を吸われた。一瞬だったのに、重い貧血のような症状が現れたのだ。
「大丈夫ですか!?今手当てを……」
「だ、だいじょぶです。自分で……"
便利だなぁ……魔法。これだけで傷が治っちゃうんだもんな。
あ、これミスったな……
自分でつけた方の傷は跡が残ってしまった。
「……あの!助けていただき、本当にありがとうございました」
気付くとコハクが目を覚ましていた。
女の子と一緒にお辞儀している。
かわいい。
「……いえいえ。攻撃しかけちゃってすいませんでした」
お、やっぱりコハクの目、きれいな黄色になってる。
「そんなそんな!コハク、全く怪我してなくて、本当に感謝しかないです」
「よかったです。僕たちは大丈夫なんで気にしないでください!」
とは言ったものの、姉さん大丈夫かな……
「あ、申し遅れました、私、リンって言います!中央の魔道具のお店の娘です」
「僕、ライムです」
「そういえばライムくん何歳ですか?」
「ん?13歳ですけど……」
「あれ、じゃあ同い年だ!」
この反応、多分下だと思ってたんだなぁ。
まぁ僕童顔だししゃあないか……
と、リンさんが首を傾げた。
「そういえば、どうやって魔法を出したの?……え、なんでって?あの、ライムくんから全く魔力を感じないから……」
僕は苦笑いしながら答える。
「えっと、実は僕……」
森を歩いている間、僕は姉さんに、魔法にかかわる仕事をしている人になら魔導書を見せた方が話が早いと言われていた。
リンさん、魔道具屋の娘さんってことは見せていいってことだよね?
「これ、僕の魔導書なんだけど……」
魔導書を取り出しかけたところで……
どっかーん!と森の方から大きな爆発音がした。
やばい、僕、やらかしてるかも……!
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