謳え、孤高の詠唱者
けーぷ
第1話
「はい、ということで今日もありがとう!最後に一曲聴いてください。『光の欠片』」
紹介と共に流れ始める楽曲。それは現役高校生覆面シンガーソングライター「太陽」が作詞作曲した今年の大ヒットソング。
その曲は太陽自身も全く予想していなかったバズり方を見せ、SNSを中心に若い世代の間で爆発的にヒット。
それをきっかけにして幅広い世代にも認知された彼の楽曲は、今ではテレビも含めて聞かない日はないと言っても過言ではないほど。
高校2年生という年齢相応の瑞々しい感性を見せたかと思えば、大人でもドキッとする程の切なさ、哀愁、苦しさ、そして喜びを表現する彼の歌。
しかも覆面アーティストとして活動することからくるミステリアスな雰囲気。彼はまさに今の音楽シーンを牽引する若手のホープと言っても過言ではない。
そんな顔出しNGな彼が唯一ファン向けに公開しているのが週に一度、30分程度のSpotifeeeeeでのポッドキャスト配信。番組の名前は「宵闇ラジオ」。
その番組は毎週水曜日の夜10時30分から11時まで配信される。そして今日もまた、自身のポッドキャストのオンエアを聴き終えた
……分かっているのだ。これも仕事のうち。だが彼にとっては未だに音楽以外でも自身に需要があるという事実に慣れない。
マネージャーさんに言われるがままに続けているがもう少しどうにかならないものか。軽くため息をついた彼は時計を見ると。
時刻は既に11時30分。明日も朝から普通に学校だ。
「……早く寝よ」
都立魔法学園高等部の2年生。それが道野八雲の日常であり、明日はダンジョン探索実習である。
・ ・ ・
世界に突然ダンジョンが現れてからどれだけの時間が経過したか。それが現れた当初は世界中が大混乱に陥ったが、気づけばその存在が当たり前に。
人間の最大の能力とは何か?
ダンジョン登場以降、人類が後に魔法と呼ばれる超常の力を得てからよく話題になる質問だ。
人によって答えは様々。ある人は考える能力といい、ある人は道具を使う能力といい、またある人は他者と共感できる能力であるという。
そしてダンジョン登場以降であれば、多くの人は「魔法」こそが人間の最大の能力だというだろう。
ダンジョンから発生する謎のエネルギー、通称魔素により人間は新しい力を手に入れた。これにより人類はダンジョンから現れた未知の脅威、モンスターとも互角に戦うことができるようになった。
そして時は過ぎ去り現代。ダンジョンに挑む者達は組織化され、そして彼らが使う技術も体系化され、汎用化された。
ダンジョンがこの世界に出現した中世においてはダンジョンへ挑む者達は個人で、あるいはごく限られた少数のパーティーで挑むことが普通。
そして当時は欧州において錬金術の最盛期だったこともあり魔法技術は詠唱と共に発展してきた。
だが現代では。数百年に及ぶ人類の検証、努力、叡智の結晶としてダンジョンアタックの方法論は高度に体系化されていた。
10名以上の大人数でパーティを組み、安全マージンをとった戦い方が主流に。更に彼らが使うのは魔法が組み込まれた魔導具の銃器などの遠距離攻撃の手段が主である。
すなわち。
現代におけるダンジョン攻略とは、人数を揃え、武器を揃え、そしていわゆる無詠唱魔法がメインになる非常に地味で堅実なものとなっていた。
一言で言えば、バエない。
それは次世代の探索者達を育成する都立魔法学園高等部おいても同様。そのカリキュラムは集団戦のエキスパートを育てるためのもの。
そんな世の中で。
都立魔法学園高等部に通う2年生にして覆面シンガーソングライターの
人間の最大の能力は、人類の最高の発明品は。創造力こそが最高の能力であり、その産物である歌こそが人を人たらしめていると。
歌には力がある。
これこそが「太陽」の持論であり、座右の銘であり。
そして「道野八雲」が詠唱魔法にこだわる理由である。
・ ・ ・
「くそがっ!?どうなってんだよ!?」
クラスのリーダー格。新田真司が叫ぶが誰も答えを持ち合わせてはいない。
都立魔法高校2年C組の面々が挑んでいたのは中級のダンジョン。いわゆる学外実習というやつである。
1クラス30名で構成されるパーティ。その全員が魔銃を装備し、支給されていた戦闘服なども最新のもの。クラス全体の連携も取れており体力も士気も充分。個々の練度も充分だろう。
今日の実習だっていつものようにダンジョン内で銃をばら撒き、素材を回収して終わるはずの楽な実習だったはずなのに。
「なんでこんなところにレッドドラゴンがいるのよ!?」
必死に銃で弾をばら撒きながら涙目となった篠宮詩織が叫ぶ。彼ら2年C組の面々の前に現れたのはレッドドラゴン。
学生達がアタックするようなこんな中級ダンジョンに現れて良い魔物ではない。少なくとも上級、あるいは特級ダンジョンに現れるのが通例であり、S級以上のパーティが対応するのが一般的。
学生達の演習の様子はDantubeという専用のSNSで配信されている。これは学生達をスカウトしたい企業と、彼らを売り込みたい学園側の利害が一致した結果。
一般的な探索者達も副業的に配信をしているが、まず普通は学生達の演習なんて関係者意外は誰も見ない。時間帯も平日の日中であり、内容的にも面白くない。
だがこの日は違った。レッドドラゴンに追い詰められる学生達。この一報はすぐに世界中を駆け巡り、あっという間に視聴者数は10万を突破。それでもまだその数は増え続ける。
学生達が傷つき、それを画面越しに見守る者達はある者は昏い悦びに、そしてある者は懸命に応援を。
既に何名かの学生達はパーティ本隊から逸れたようで画面に映らない。……あるいは既に死んでいるのかもしれないが。そして道野八雲も既に新田率いる本隊にはいなかった。
全ての者達が画面に魅入る中。学生達の心が徐々に折れ、武器や弾薬が底を尽き、一人また一人と絶望的な表情になって膝をつく。
いよいよその時が来るか。レッドドラゴンがその代名詞たるブレスをチャージしようとしていたまさにその時。
「悠遠の渦に消えゆく残響よ。虚空に満ちる命の残滓よ。炎の夢を、紅の幻を、燃え果てたその先で私は問う――光とは何か?闇とは何か?」
不思議とダンジョン全体に響き渡る声。
「刻まれし輪廻の鎖を砕け。焔よ、嘆きを貫き通せ。破壊の内に眠る静寂が。いま再び胎動を始める」
一体この声はなんなのか。戸惑う学生達、そして画面越しの人々。
「裂けよ、大地の傷痕よ。滴れ、天より零れる赤き雨よ。その一滴が無限を裁き。万象を燃やす刃となる」
そして彼らが目にしたのは。まるで歴史の教科書に出てくるかのような古の魔法使い。
その身にはマントを纏い、その手には長い杖。そしてフードを目深に被ったその表情は仮面に隠されており見えない。
「時を裂け、揺らめけ、赫き螺旋よ。果て無き虚構を崩し去れ。我が声を通じて響け。真理の焔に宿る名も無き讃歌よ」
そして彼らは気づく。その謎の魔法使いがまさに詠唱していることに。技術の発展と共に失われたはずの詠唱。そんな古臭くて、時間がかかり、役に立たない物をこんな大事な時に。
全ての人々が呆気に取られ、怒りすら感じる中でその男は淡々と詠唱を続けると。
「無に還れ、始まりの熱源よ。燃ゆる大河が暗き深淵を渡る時。その先に咲くものこそ、赫焔の華、燼灰の詩。来たれ『燼灰の讃歌』」
レッドドラゴンのブレスが放たれると同時。完成した詠唱と共に魔法陣が発動。そこから放たれた光はドラゴンのブレスを凌駕し、そして一撃で敵を屠る。
この日。世界は歌の力を再び知った。
謳え、孤高の詠唱者 けーぷ @pandapandapanda
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