原罪
井流坂かすり
原罪
時は◯×年
「よし...」
髭を無作為にもっさりと生やした男が言う。
「例の核は準備できているな?」
世界滅亡させよう組織、通称WRO(正式名称はWorld Rain Organizarion)が結成され早30年。
男は若い時に世界の滅亡を望み、それに向けて一心に計画を進めていた。
もっさりと生えた髭は一刻も惜しまずに行動していた苦労の証だ。
「あぁっと、はい、できています。」
男と比べると少し若い女が驚いたように言う。
組織の構成員は2名のみで、この女がその一人だ。
たった2名だからといっても、技術力は世界随一であった。
もっとも2名のみの集団が組織といえるかは怪しいところだか...
女の長い髪の生えた頭にはあらゆる知識が埋め込まれている。
そんな二人が、30年をかけて世界を滅亡させる装置、巨大な核を作り上げたのだった。
「本当にやるんですね...」
女が少し悲しそうにも嬉しそうにもとれる慄いた声で言う。
「当たり前だ」
男は迷いもなく言った。
「ここまで長かった。この世界は腐っている。宗教やら政治やら、教育でたくさんの人々が洗脳され、自由な価値観なんて誰も持てない。そのくせ新しい命ばっかり生み出しては殺し...文明があるからこの世は腐っているのだ。」
男は憎しみを込めた声で、長年考え続けたがために強く凝り固まった持論を語った。
「君もこの組織で多大なる貢献をしてきただろ!?同じ気持ちのはずだ...」
じろりと女を睨む。
「も、勿論です......はい」
女は何か未練がましそうに言う。そんなことは察せず男は続ける。
「また支配された世界で消費社会の奴隷のように携帯を変えては変えて、終わりのない永遠の偽りの中に身を流したいか?
それともいるはずもない神を崇めて、『おお、神よ』と無様にも宣教師に騙された痴態を晒すか?
私は我慢できない。今、この世界を、滅亡させる‼︎」
そう言って複雑な操作をパソコンに行う。
何年も何年も同じことを繰り返してきたかのように素早いタイピングで画面を操り、核を、起動した。
その日、青くて赫い丸かった地球の片側から齧(かじ)られたかのように暗雲が広がり、大きなキノコ雲が生え、灰色になった。
その光景はまさに、一部が齧られた林檎のようだった。
そしていわゆる核の冬がやってきた。
「我々は防護服を着て終焉を見届けよう...」
「はい.........」
男が手早く言うと二人は防護服を着た。
「少なくとも地上の生物は生きていられませんね。」
「そうだな」
そう言いながら外を歩いた。なんだか哀愁漂う感じがした。こうもあっけなく、世界は終わったのである。男には滑稽とすら思えてきた。
しかしそれ以上に、腐った世界がやっと幕が閉じるんだと、歓喜した。それは甘美な気持ちであった。
「ははっ、見ろよ、この人類の混沌を!偉ぶって何もしない政治家達の焦りようを!これこそが私の願いであった。ついに叶った。素晴らしい!何の変哲もない空虚な日常からの脱獄を喜びたまえ、人類よ!」
男は高らかに言って笑った。
数ヶ月が過ぎた...
「もう本当に私たちだけですね」
「ああ」
「では、世界の終焉を見届けたことだし、死ぬとしようか......」
「あっ、待って‼︎」
女は慌てて言った。そして恥ずかしそうに長い髪をたなびかせながら男に無言で近づく。
「...なんだ」
「や、あのね、私まだ、恋愛とかしたことないの」
「ハ?」
男は素っ頓狂な声を上げる。
「世界で二人きりって...その...ドキドキしない?」
「何言ってるんだ?」
男は戸惑った。もう終わりなのだ。今になって何をしようと言うのだ。
「思い出としてさ...どうせ終わりだし...ね?」
女の息が荒くなり始める。頬は林檎のように火照って、目は獣のようだった。その体は艶やかで、なまめかしい動きで近づいてくる。
「や、やめろ......」
誘惑には勝てなかった。
──数年後──
「なんて欲深い...」
私は神だ。人間のニーチェとかいうやつは「神は死んだ」と言ったらしいが、原初のときより傍観に徹していたから人間の愚行も不幸も幸も見逃してやったのだ。
我の創りし楽園の地球(エデン)を破壊した上に.........
自分たちだけは欲に負けて生殖に及ぶとは.........
「お前ら下劣な"人間"は、生きて醜く争い、憎しみ合い、絶望し...この罪を償え‼︎」
私はそう言って、地球を元通りにした。事象改変はいとも簡単に行われたのだった。
...
─────────────────────
「ねーねー、なんで?」
なんのわだかまりもなさそうな声が部屋に響く。
「なんでリンゴを齧っただけで人類全員の罪とか云われなきゃいけないの⁇お兄ちゃん!」
「ん?」
若い男は林檎を齧った。シャキッと新鮮そうな音が鳴った。
「それはだね、我が妹よ。偉い人が創った作り話だからだよ。そうやって教えられるのさ。」
「そんなのおかしいよ!」
「ああ、おかしい」
男は林檎を投げ捨てて、言った──
「だから、壊すのさ。腐った林檎(地球)をね」
原罪 井流坂かすり @irusaka_kasuri
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