この恋を人は"不倫"と呼ぶ

中道 舞夜

プロローグ

不倫…人が踏み行うべき道からはずれること。特に、配偶者でない者との男女関係。


「タレントの青柳文敏さんが、一般女性と不倫関係にあることが週刊ホープの取材で判明しました」今日も、TVやネットではタレントの不倫の話題で持ちきりだった。



(不倫、か…)



七海は、TVから流れる不倫スクープを他人事のように眺めていた。説明用に作られたパネルには当事者たちの関係が矢印で記されている。お互い近い関係だったようで矢印が複雑に絡み合っている。

欲望、そして禁断の愛。それらは、七海にとって遠い世界の出来事のように感じられた。



二人の小さな子どもを育てながら、七海は常に家族を優先してきた。

「私は母親だから」その言葉をまるで呪文のように唱えながら、夫からの期待、世間からの目、そして、自分自身の理想。それらに押しつぶされないように必死で生きてきた。


子育てに疲れ、心が悲鳴を上げている時、夫からは傷口に塩を塗るような言葉をかけられ七海をさらに追い詰めた。

孤独と悲しみは、まるで土砂降りの雨の中を傘もささずにあてもなく歩いている気分だ。




窓に視線をやるとザアザアと大きな音を立てるほど強く横殴りの雨が降っている。

こんな時、七海はふと恭吾のことを思い出す。


恭吾との出会いは、七海の凍り付いた心をゆっくりと溶かしていった。恭吾は、七海が既婚者だとは知らない。彼の優しさに触れるたび七海の心には今まで感じたことのない温かさが灯り、夢のような時間だった。


家族優先、誰かのために生きてきた七海だったが、恭吾と出会ったことで七海は久しぶりに「自分」を取り戻し始める。


好きなことを楽しみ、笑顔で話す恭吾はキラキラと輝き眩しかった。恭吾といるうちに自分が何を好きで、何をしたいのか。そんな当たり前のことを改めて考えるようになった。



それは同時に、罪悪感という現実を突きつけるものでもあった。これは「不倫」だ。決して許されることではない。


七海は、母親としての責任と、女性としての欲望の間で激しく葛藤する。


もし、自分一人だけなら迷わず恭吾の元へ行く。しかし、七海には守るべき大切な子どもたちがいる。「私は母親だから」その言葉を何度も何度も繰り返し自分に言い聞かせる。


「母親」それは、自制心を持つための言葉でもあり、七海の自由を奪い本能を押し殺す言葉でもあった。


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