湊が湊ちゃんで湊ちゃんが湊で湊君が湊ちゃん

(湊……湊が……湊だ……湊が……湊ちゃん?)


 夜になり、俺の頭には湊のことしかなかった。

 中学の生徒会長である湊に色々と話を聞きたくて部屋に訪れた際、そこには本来男にはあるはずのない有栖クラスの胸を持つ湊が寝ていた。

 あどけない寝顔は中性的な湊に似合う可愛らしい表情だったが……それよりも俺の脳裏には、呼吸に合わせて上下するあの膨らみばかりだ。


(どうなってんだ……?)


 あれは俺が疲れていた故の見間違いだろうと思い込もうとしたが、流石に無理だった。

 飯の時に湊と顔を合わせたが、ちょっと気まずかった。

 もちろん普通に会話はしていたものの、あの光景は何だったんだろうということしか考えていなかった。

 ちなみにその時の湊の胸は平だった。


「彰人様、気持ち良いですか?」

「あぁ……」

「ふふっ、良かったです♪」


 ……なんて、湊のことを今考えていたのは少しばかりの現実逃避だ。

 夕飯を終えた後、今日もうちで一夜を明かす天音さんと廊下ですれ違った際に、耳掃除でもどうかと提案をされたのである。

 美女に耳掃除をしてもらえるだなんてかつての俺では考えられなかったのもあり、ちょっと興味が出て頷いてしまった。


「ふんふんふ~ん♪」


 天音さんの陽気な鼻歌と共に、優しく耳の穴を掃除される。

 耳の穴というのはかなりデリケートな場所でもあるので、触れる場所によっては痛みが走ってしまう。

 しかし天音さんの掃除の仕方は本当に上手というか、いつ不意に痛みが来るかと警戒する必要すらない。


「……あふっ」

「あ、今のは良いポジションですか? ここですか? ここが気持ち良いんですね?」

「ちょ、ちょっと……」


 耳掃除って……こんなに気持ち良かったっけ?

 そう困惑するくらいなので否定も出来ず、Sっぽい雰囲気を醸し出すも根底にある優しさは手元に残るため、天音さんに何を言われてもこの心地良さはずっと続く。


「……ふぅ」


 しかし……何も素晴らしいのは耳から伝わる物だけではない。

 頭を乗せている天音さんの太ももが直視出来るわけだが、圧倒的胸派の俺の視線さえ吸い寄せやがる……なんてけしからんムチムチの太ももなんだ。


「こちらは終わりました。反対ですね」

「じゃあ――」

「そのまま向きを変えるだけで良いですよ? ほら、私の方に顔を向けてください」

「……………」


 立ち上がって体の位置を変えるつもりだったのに、そう言われて逃げ道を塞がれた。

 顔の向きを変える際に、天音さんの笑顔が目に入った。

 いくら使用人とはいえこれは仕事でも何でもないはずなのに、それでもこんな笑顔を浮かべられるなんてな……でも、それだけ俺に対して気を許してくれていることも分かる。

 そうしてまた、反対側の耳掃除が始まった。


「痛かったら言ってくださいね?」

「その心配はしてないよ。天音さん、凄く上手だしな」

「ありがとうございます♪」


 その後、またしばらく天音さんに身を任せる。

 こうして体の方に頭を向けたとはいえ、目の前に広がるのは彼女のお腹ではあるがメイド服でしかなく、視界的な楽しみは何もない。

 段々と眠くなってしまい目を閉じたが、ちょうどそこで天音さんの声が聞こえた。


「こうしていると歳相応と言いますか、彰人様は凄く可愛らしい感じがしますね」

「可愛い……ねぇ」

「やっぱり嬉しくは無さそうですね?」

「男ならかっこいいの方が良いかな?」

「もちろんそう思っています。彰人様は凄くかっこいいですよ? 私を助けてくれた時もそうですけど、あれからも何度か彰人様を見る度にお腹の奥が震えてしまって……」

「お腹の奥……?」

「おっと、何でもありません」


 お腹の奥が震えるって何さ。

 イマイチ想像が付かなかったものの、その後は耳掃除が終わるまで会話はなく、次に喋ったのは片付けを終えて向かい合った時だ。


「ありがとう天音さん。スッキリしたよ」

「あれでも全然綺麗でしたけどね。彰人様の使用人である以上、ああいうことが出来るのも嬉しいですね」

「仕事内容にはないはずだけどな」

「それはもちろんです。しかし……それでも私は彰人様の使用人なので、彰人様の面倒を見るのが仕事なんです。他にも何かしてほしいことがあれば何でも言ってくださいね? 彰人様がしたいこと、私に出来ることなら何でもしますから」


 ちょっと……重たいなとは言わなかった。

 最近この部屋には有栖が良く来るようになったとはいえ、際どいメイド服姿の天音さん……ドエロイ爆乳メイドと二人というのはやっぱり緊張してしまう。


「それでは私はこれで失礼しますね」

「おやすみ天音さん」

「はい、おやすみなさい彰人様♪」


 天音さんが部屋を出て行き、部屋の中は一気に静かになった。

 しかしすぐに扉がノックされたので、天音さんが何か忘れ物でもしたのだろうかと思ったのも束の間、今の俺を悩ますあの声が聞こえた。


「兄さん、ちょっと良いかな?」

「み、湊!?」


 湊だと……!?

 弟に対して心の準備が出来ていないというのも変だが……あまり待たせるのも悪いと思い、湊を部屋に招く。


(……胸が平たいな)


 寝間着の湊の胸元は平だ。

 やっぱり……見間違いだったのか? それとも湊が単純に女性気分を味わいたくて胸に詰め物をしたとか……?

 それはそれでビックリする趣味ではあるものの、そっちの方が可能性としては高い……のか?


「どうしたの? ジッと見て」

「いや、何でもない」

「そう?」


 湊はそのまま、俺のすぐ傍に座った。

 ……いつもなら全く気にならなかったことだと思うけど、やけに湊から香る匂いだったりとかが気になる。

 やはり俺は見間違いだったんだと無理やりに頭に思い込ませ、湊の言葉を待つ。


「その……特に用はなかったんだよ。ただ兄さんと話したくて……ダメだったかな?」

「いんやぁ?」

「……ねえ兄さん、本当にどうしたのさ」


 ちゃうねん……お前の上目遣いとか言葉遣いが俺をおかしくさせてるんだよ……俺は何も悪くないお前が全部悪い!

 でも、こうして湊が来てくれたのはちょうど良かった。

 この妙な空気を切り換えるためにも、聞きたかったことを聞こう。


「なあ湊、実は聞きたいことがあったんだ」

「何?」

「実は――」


 生徒会に関することや、どういうことを考えているのか……それを聞きたかったのだと湊に一通り伝えた。


「へぇ、兄さんだけでなく有栖さんもなんだ?」

「まあな……つってもまだ提案されただけなんだが」

「それでももしかしたら来年、生徒会になった兄さんと有栖さんが居るかもしれないってことでしょ? それは凄く楽しみだなぁ」

「ははっ、だから話半分でな? んで、どうよ生徒会ってのは」


 湊は頷き、言葉を続けた。


「やりがいってのは感じるかな? 生徒会長だからこそ色んな意見を聞く立場だし、学校側に提案出来る立場でもあるから。全校生徒だけじゃなくて、先生たちも過ごしやすい学校にしたい……そんなありきたりな理由だけど、それを形として残し続けていく仕事が出来るのは誇りだよ」

「……お前、凄いんだな」

「そうかな?」

「普通の中学生はそんなことを考えてやってないだろ」

「それは……そうかもしれないね。十六夜家の人間だからこそっていう考え方も入ってるのかも」


 確かに、その側面もあるのか。

 もしも彰人が今の俺にならなかったとしたら……間違いなく湊は十六夜家を継ぐ立場になったはずだ。

 それか以前の俺を見てそれを早くに察し、勉強の一環としても生徒会長をの仕事をしていた可能性もありそうだ。


「……なあ湊?」

「うん?」

「今までの俺ってさ……やっぱり湊に気苦労させてたよな? 家のことも考えて、責任感に駆られたりってことは……」


 そう言うと、湊はクスッと微笑んだ。


「ちょっとだけ……あったよ? でもなんでボクが、なんて文句を言うつもりはなかった。今のボクがあるのはこの家のおかげだからね」

「……………」

「それに今は兄さんが居るでしょ? 家でも学校でも、ボクは心から楽しんでるから安心して?」

「……そうか」


 やっぱり……俺が家のことを考えれば、湊も自由というか……変に苦労を抱えなくて済むわけか。

 十六夜家のこと……ねぇ。

 こんな風に俺に何がやれるのかって考えるようになった時点で、俺も大分変わったよなぁ……自信がないのは相変わらずだけどさ。


「兄さんは……ほんとに変わったね」

「変わっただろぉ?」

「ふふっ、なんだよそれ……でもそっちの兄さんが良い。前も言ったけどボクは甘えたかったんだ……こんな風に甘えたいだなんて言えるのも中学生の今だけだろうけど」

「んなことあるかよ。俺が湊の兄である以上、いつだって甘えてくれて構わねえぞ?」

「ほんと?」

「おう」


 こうして言葉を交わすまでの間、湊が湊ちゃんかもしれないなんて考えは抜けていた……それだけ湊のことを俺なりに真剣に考えていたからだ。

 弟ってのはこんなにも可愛いもんなんだなと、改めて思った。


「じゃあさ、抱きしめてもらっていい?」

「おういいぞ! ドンと抱きしめてやらあ!」


 ギュッと、湊を抱きしめた。


「……えへへっ♪」


 嬉しそうにはにかむ湊は、俺の胸元に顔を埋める。

 そして俺はそんな湊を変わらず抱きしめ続けていたが、ある一つのことに気付いてしまった……何かコルセットのようなものというか、硬い物が寝間着の下にあることを。

 しかもちょうど、高さは胸の位置だ。

 これは……いや、これも何かの間違いだとそう思い、この疑問を解消するべくこんなこと質問をした。


「何なら兄弟仲良く一緒に今度風呂でも入るか?」


 そんな問いかけに、湊は一気に顔を赤くした。


「お、お風呂!? え、えっと……ボク、人とお風呂は苦手なんだ……だからごめんね!」


 ……まだ分からないな。

 気にしないようにしていたが、やはり無理だ。

 湊が部屋に戻ったら父さん……あぁいや、この場合は母さんに聞いてみるとしよう。







「母さん」

「どうしたの?」

「……湊は……えっと」

「……もしかして、気付いたの?」

「っ!」

「座りなさいな。ちょっと話をしましょう」

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