唯一の存在
それは、夢のような時間と言えたかもしれない。
彰人としてではなく、本来の俺として有栖と会話が出来たのは……とは言っても話せたのは俺が真に彰人ではないこと、この世界に関しての知識があるということくらいで、流石に目の前で生きる存在に対し、君は漫画の登場キャラだとかは少し言いづらかったから。
「全く別の人が成り代わる……そんなことがあるのね」
「その……俺が言うのもなんだが良く信じてくれたな?」
「信じる他ないでしょう。だってさっきも言ったけれど、本来の彰人さんではあり得ない行動だったんだもの。彼は決して、私に対して恥ずかしがったりしない部分だったりね?」
「そこが謎なんだよなぁ……だって有栖って凄く美人なんだぞ? こんな子が傍に居たら男ならテンション上がるでしょうに」
「ちょっと……あなたさっきから美人美人って言い過ぎなのよ」
「本当のことを俺は言っているが?」
「っ……もう!」
顔を赤くする有栖が可愛い……だと!? いいや分かっていたが!?
しかし随分と気が楽というか、何も気にしなくて済むというのは心にゆとりが持てる。
(俺が彰人とは別人だと見抜けても、流石の有栖も自分が漫画のメインヒロインだとは思わないよなぁ……)
今までにあまり見たことがない表情を見せてくれる有栖だが、こんな彼女の表情が見れたのも……そして俺がここまで自分を隠さなくて済むのも有栖がきっかけになってくれたおかげだ。
「……なあ有栖」
「なあに?」
「本当にありがとな……俺、有栖に出会えて良かった」
本当に、心の底からそう思った。
これにはシンプルにかつて読んでいた漫画のヒロインに会えたという嬉しさはもちろんだが、何より実際にこの世界で生きていく上で彼女に巡り会えたこと……そちらのお礼の方が多分にこの言葉には込められている。
「あ、その……」
「有栖が言ったように一人ぼっちだった……心細かった……完璧に彰人を演じられるわけがなくて、それは早々に諦めたことだけど……でもそんな俺を一番助けてくれたのは有栖だった……だから本当に、有栖には感謝しかないよ」
「そ、そう……そうなのね……あぁ……えっとあの……」
どうせバレているなら言葉を誤魔化す必要ない。
まるで無敵になったかのように真っ直ぐな言葉を口に出来るのは、それだけ有栖に対する感謝の大きさだと思ってほしい。
そして後は……こんな風に照れる有栖を見るのは、新鮮で面白いというのもちょっとだけある。
「……くくっ」
「あ、あなた笑ったわね!? あぁもう! 途中まで明らかに私のペースだったのに……はぁ、ここに来て真っ直ぐに褒められ慣れてない私の弱さが出てしまったわね」
しかし、すぐに気持ちを落ち着かせられるのも有栖だった。
軽く深呼吸を一度するだけで、有栖の表情は引き締まりいつもの凛々しさを取り戻す。
「……あぁそういうこと。私が求める物は変わらないけれど、これもまた求めたくなってしまったわ」
「有栖?」
「何でもないわ。でも、聞けば聞くほどあなたのアドリブ力とでも言うのかしら? パーティであなたが口にした言葉と、両親や兄たちを含めた時の話が全部勢いに任せたものとはね」
「いや……あそこはほら、俺の命がかかってたと言いますか……」
もちろん、俺が口にした嘘とハッタリについてもきちんと話した。
そのことに関しても有栖は話の流れから予測していたみたいだが、実際に俺がとにかく必死だったことも含めて話すと、感心すると共に当時の俺と周りの温度感を考えた結果、ツボにハマったのかしばらく笑っていた。
「ねえ彰人さん?」
「うん?」
「本当に思い出せないの? あなたの名前は」
「……あぁ」
先ほどまでの雰囲気は鳴りを潜め、少しだけシリアスな空気が漂う。
実は俺のことを話す過程で気付いたこと……というより今まで全く気にしていなかったのも不思議だったが、どうにも俺は前世での自分の名前が思い出せなかった。
この世界のことは記憶として残っているのに、ずっと使っていて呼ばれていたはずの名前がどうしても思い出せなかったのだ。
「残念ね……私があなたの秘密を知っている証として、二人っきりの時にでもあなたの本当の名前を呼べたのに」
「……ま、仕方ないだろ。有栖がそう言ってくれるのは本当に嬉しいけれど、それでもいい加減俺も彰人って呼ばれることに慣れたからさ」
だから別に名前のことはそこまで重要ではないんだと笑えば、有栖はそれだけじゃないと言って言葉を遮った。
「違うわ――私があなたの名前を呼びたいと言った理由……その本当の意味は、あなたが十六夜彰人の仮面を脱ぎ捨て、あなた自身が羽を休められる止まり木になりたかったの」
「あ……」
「名前はその人を表すもっとも大切な物……決してその人を識別するだけの記号ではないのよ。だから私はあなたの本当の名前が知りたかった」
「……すまん」
「こればかりは仕方ないでしょう……でも約束してちょうだい? もしもこの先、名前を思い出すことがあったら一番に教えてくれる?」
「……分かった。必ず教えるよ」
「えぇ、ありがとう彰人……彰人さん」
なんで二回呼んだし……しかも最初は何で嫌そうだったんだ……?
(羽を休められる止まり木……それに名前はもっとも大切な物か……)
なんつうか……詩人な部分があるんだな有栖って。
でもそんな恥ずかしい台詞も今の俺にとっては凄く嬉しいことに変わりはなく、それだけ考えてくれることはやはり嬉しいものだ。
(……俺って単純なんだよな。こうやって支えてくれる人が居るのが分かると、この立場も頑張れるんじゃないかって思っちゃうからさ)
この立場だからこそやれることがある……。
彰人になってしまった以上、そこから逃げるも残るも俺次第……だがそれは決して俺だけの問題ではなく、俺の……十六夜彰人が抱える繋がり全てを背負っている。
「……頑張るしかねえか」
「そうね」
そっと、有栖が手を握った。
「弱音を吐きたかったら吐いても良い、頑張ろうと思えば頑張れば良い。私が支えてあげるから……あなたのことを知る唯一の存在として、だから忘れないでちょうだい。あなたの傍には、いつだってあなたを信じる者が居ることを」
「……あぁ、本当にありがとう」
正直、今回の話を通して有栖に対する信頼感はかなり上がった。
もちろんここ最近はずっと彼女を頼って助けられたのもあって、信頼していたのは確かだけど……今の時間を経て、もはや有栖が救いを与える聖女にしか見えないくらいには、彼女の優しさを肌で感じた。
「ほんと……なんで彰人はあんな風になったんだろうなぁ」
「そうねぇ……でも彼のことはもう良いでしょう。今そこに居るのはあなたなのだから」
「そ、そうだな……」
そして、有栖はもう以前の彰人に対する感情は何もないらしい。
そのことを冷たいなと少しだけ思ったものの、それが彰人に対する有栖の評価なのだから仕方ない。
「あぁでももう一つ……あれも本当なんだよな?」
「あれ?」
「俺が……その、彰人ではない人間に見えるって」
「本当よ。今のあなたの姿が、あなたの本当の姿なのでしょうね」
そして驚くべきことが一つ、どうも有栖には本来の俺……の姿が見えているらしい。
軽くホラーに思えなくもないが、黒子の位置だったりが前世で見覚えがあるような気もしているので、本当に驚いた。
「随分と話し込んだわね。一旦、ご両親の元へ行きましょうか」
「分かった」
取り敢えず、これで一旦話は終わった。
ただ俺にとって、今日という日の出来事はずっと忘れられないモノになるだろう。
これから先、どのような未来になるかは分からないが……有栖があんなにも支えると言ってくれたのだから、いつまでも俺がくよくよしているわけにもいかない。
だから、十六夜彰人としてやれるところまで頑張ってみよう。
俺はそう強く、思えたのだ。
(しっかし……ヤンデレじゃない有栖って女神そのものじゃん。俺的にはこっちの方が断然良いというか、こっち路線だともっと人気が出て大変なことになってたんじゃない?)
(ふふっ、手応えは十分ね……ねえ彰人さん? あなたがこれからどんな選択をしても、私は全部肯定してあげるわ。私はあなたを支える者としてずっと、あなたの傍でね……あぁ♪ なんて素敵なのかしら……もっと知りたい……もっとあなたのことが知りたい。以前のあなたはどんな風に過ごしていたの? どんな物が好きだったの? どんなことを好んでやっていたの? ねえ彰人さん……ねえねえねえねえ! 力になるわ……甘えさせてあげるわ……あなたのしたいことはなんだってしてあげる。ただされるだけではなく、必死に頑張る姿……その意味を知っているのもこの世界には私だけ……! だから彰人さん、どうか私を拒まないでね? もしそうされてしまったら私……どうなるか分からないから)
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