頼って良い?

「彰人様、どうぞ」

「……あぁ」


 車のドアが開けられ、天音さんに手を差し出された。

 その手を掴むと優しく引っ張られ、車から出た俺の目の前にはご立派な学び舎が堂々と姿を見せる。

 東郷繚乱学園……なんて名前だよと言いたくなるものの、それが名前なので仕方ない。


(視線……クッソ集まるな)


 分かっていたことだが、車から出た瞬間に無数の視線が突き刺さった。

 同級生に先輩……その区別なく集まる視線の数々の中には、嘲笑のような視線が一番多いだろうか。


(まあでも特に気にはならないか……これって彰人の面の厚さか? だとしたらこういう面だけは彰人に感謝だな)


 こう考えられるあたり、存外平気だなと苦笑する。

 すると隣に立っていた女性――車を運転していたわけではないが、ここまで付き添ってくれた天音さんが口を開く。


「あの……やはり私も傍に居ましょうか? 他の生徒の方でも、使用人が傍に付くことは珍しくないそうです。彰人様が望むなら、昼からの大学も休もうかと思いますが」

「いや、全然大丈夫だ。天音さんはしっかりと自分のするべきことをしてほしい」


 俺なんかの付き添いで大学を休むなんてあってはならないだろう。

 当然のことを伝えたのだが、天音さんは周りから向けられる視線から俺を守ろうとする意志が見えるだけでなく、優しい表情ばかり見ていた俺からすれば想像出来ないような、相手を睨みつける表情さえしていた。


(なんか……天音さん、めっちゃ変わっちまったな)


 というのも弟さんのことに関して、話をする機会があったのだ。

 俺が両親に天音さんの給料を上げてほしいと伝えたのだが、それが実行されたのはその日だった……それで驚愕を浮かべた天音さんが事情を訊きに部屋に来たので、説明する羽目になった。


『いえ……いきなりお給料が増えたら何かあるのかと気になってしまうのですが……』

『……そりゃそうだわな』


 そりゃそうかと納得しかなかった。

 天音さんは優しいだけでなく真面目であるため、何かの間違いではと言い増えた分の給料を返そうとしてきたので、慌てて俺はこう説明した。


『それは俺が両親に増やしてほしいと伝えたんだ。今まで俺が天音さんに迷惑をかけてしまったことのお詫び……そしてもう一つは、家族のために頑張る天音さんにせめてもの報いをしたいと思ってね』

『……え?』

『すまないが、本当に偶然天音さんの家族……病気で入院する弟さんのことを知る機会があったんだ』

『……………』

『天音さんは聡明だし、俺の言いたいことは分かるだろ? 天音さんがいつまで俺のメイドとして働くのかは分からないが、ずっと傍に居てくれたからこそ力になりたいと思った。俺にとって天音さんはただ身近な存在ってだけじゃない……そうして力になりたい人なんだ』


 とまあ、歯の浮くようなことを伝えたわけだ。

 このまま進めば、遅かれ早かれ天音さんは原作通りに湊のメイドになるだろうけど、付き合いがある以上は悪い印象よりも良い印象を与えたいというのが普通の感覚だろう。

 ……それで、物凄くお礼を伝えられた翌日とかは凄かった。

 何が凄かったってニコニコと笑みを絶やさない天音さんは、俺が迷惑にならない程度の距離感に居続け、とにかく見守ってくれて……困惑はしたけど、俺自身悪くない気分だった。


「天音さん、俺は大丈夫だから」

「っ……畏まりました。出過ぎた真似をしてしまい申し訳ありません」

「いや、謝る必要は無いよ。天音さんはただ、行ってらっしゃいと言ってくれればそれで良いからさ」

「はい……っ! 行ってらっしゃいませ、彰人様!」

「うん、行ってくる」


 天音さんも大学頑張って、そう伝えて俺は学び舎へと入った。


「ねえ……彼ってまた騒ぎを起こしたんでしょ?」

「あの女に唆されるだなんて恥ずかしい……」

「けど何かあったみたいだぜ?」

「何があっても変んないだろ?」

「そうよ……それにしたって有栖様が気の毒だわ」

「どうせすぐに婚約は解消されるわよ」

「そうね……あんなのと有栖様が婚約者だなんてあり得ないわ」


 教室に向かうまでの間、そんな声が俺の耳にバッチリ届いていた。

 ヒソヒソ話にしては声がデカすぎるし、お前ら内緒話下手くそかよと別の意味で怒鳴りたくなったが、所詮は小鳥の囀りだと思えば気にはならない……とはいえ、やはりこのままだと有栖に対する声も大きくなりそうでそっちがちょい面倒そうだ。


「……………」


 ガラガラッと音を立てて教室に入れば、クラスメイトの視線がいくつも突き刺さる……さっきまでの視線以上だ。

 これが彰人に向けられている視線だったのはもちろんだが、一昨日の出来事で完全に見下す視線しかなくなったということだろう。

 彰人の家はデカい……だが、彰人という人間は全く大したことのない人間だと大々的に広まっているようなもんだし。


(……つうか、授業について行けるかな俺)


 周りの視線よりも、そっちの方が俺は心配だ。

 こんなことなら天音さんに傍に居てもらった方が良かったかなと若干思っていると、程なくして教室に彼女が登場した。


「おはようございます西条さん!」

「西条様! 今日もお綺麗で!」

「有栖様! ごきげんよう!」


 そう、有栖の登場だ。

 俺なんかと違って姿を見せた瞬間、多くのクラスメイトが我先にと挨拶をしに行く……おそらくこれも以前と同じ光景だろう。

 ただ女子だけでなく男子も声をかけに行くのを見るに、完全に俺と有栖が婚約を解消する……或いは既にしたと考えているからか?


「ごきげんよう」


 一度たりともニコッとせず、有栖は挨拶を返した。

 そんな様子もいつも通りなのか、女子に関しては有栖にあれやこれやと言葉を投げかけているが、有栖は教室内に視線を巡らせ、席に着いた俺を見てすぐ歩いてきた。


「おはよう」

「あぁ……おはよう」


 挨拶をした有栖は、そのまま隣に座った。

 意図されたものではないだろうが、俺たちは隣同士なのでこうして彼女が隣に座るのは何も珍しくはない。


「……………」


 チラッと隣に視線を向ければ、凛とした様子の有栖の横顔だ。

 どの角度から見ても整っている顔立ちは気品と自信に満ち溢れており、そこに存在するだけで絵になるのは流石としか言いようがない。


「……なあ有栖」

「何かしら?」

「俺の言った通りになっただろ?」


 俺が言ったように、学園内の話題は一昨日のことばかりだ。

 そこから派生するように俺たちの婚約に関することで、きっとここに来るまでで下手くそな内緒話は有栖にも筒抜けだっただろう。


「そうね……でも気にしないわ。私たちの関係は今まで通りと何も変わらないのだから」

「……ま、そうだな」

「あなたの方こそ、何かあればすぐ私に言うのよ? 今のあなたは……いいえ、何でもないわ」


 何だ……?

 あからさまに何か言いたげだったんだが、そこまで言われるとちょっと気になってしまうぞ?


「なんだよ、気になるじゃないか」

「ごめんなさい。本当に何でもないの」

「ふ~ん?」


 そうかと、俺は渋々納得した。

 しっかし……こんなにクールな印象の有栖が、来年になればヤンデレ化するだけでなく、とことんまで相手を甘やかす子になるなんて誰が想像出来るんだろうか。

 正直……漫画とかアニメだと描かれてないだけであって、彰人よりも主人公と一緒に居る時の有栖は色々なことを言われそうだが。


(てか……味方が居ねえ)


 冷静になって考えてみれば、俺には味方が居ない。

 今までは真理愛を含めて取り巻きのお友達が居たわけだが、彼らが消えた以上は小さなことでも頼れる相手が居ないわけだ。


(何がどこにあるのかとか……何も分からねえぞ?)


 むしろ、よくもまあこうして教室に真っ直ぐ来れたのが奇跡だった。

 漫画とアニメの知識があるとはいえ、隅々まで分かるわけじゃない……在校生として知っているはずである学園の構造であったり、クラスメイトのことで分からないことはかなり多い。


「……なあ、有栖」

「何?」

「色々……助けてくれると嬉しいかも」

「っ!!」


 この時の俺は、正に恥も外聞も気にしては居られない状態だった。

 だからこそ嘘とハッタリで塗り固めた虚勢でどうにかなると、そんなことさえ考えていなかった。



 ▼▽



 西条有栖という女の子は、自分にも他人にも厳しい子だ。

 しかし少しでも気にしてしまう相手が出来たならば、その相手のことを気にしてしまう部分がある。

 そしてその相手が気になれば気になるほど、自分の興味を惹けば惹くほど……更に言えば、その相手が弱みを見せながら自分を頼ろうとしてくれれば、それだけ有栖という女の子は目覚めるのだ。


 他者に頼らず、頼られることのなかった有栖は他者を甘やかせることに飢えている……もちろんそれは有栖自身が気付いていなかったことだが、それに気付かせられたのだが本来の流れであった。


(あぁ……何かしらこの胸の高鳴りは……)


 隣に座る彰人……というよりは、有栖はそこに彰人ではない誰かが居るようだと思ってしまった。


(あなたは……だあれ?)


 本来では気付くはずの無い真実に、有栖は気付きかけている。




【あとがき】


続きが気になるなど思っていただけたら、評価等よろしくお願いします!

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