心は一般ピーポーだから
家同士の繋がりを強めるための結婚――それは有栖にとって、家の為になるのであれば断るつもりはなかったものの、乗り気だったかと言われれば当然そうではなかった。
結局は、有栖は自分を持っていなかったのである。
そんな気持ちで過ごす婚約者との日々が楽しいわけもなく、ただ淡々とした時間が過ぎていく……そしてあの時もそうだった。
【お互いに学園生活が実りのある物になると良いな。この花束がそれを約束してくれる物になってくれると嬉しい】
白々しい言葉だとは思った。
互いの家族が傍に居る以上、せめて形だけでもと彰人は演出をしたかったのだろう……そして続いた言葉も、有栖にとっては茶番だった。
【何かあれば頼ってくれ――俺は必ず君の力になる。絶対に助けるし、必ず手を差し伸べる……君が嫌な気持ちをするような学園生活を送らせるようなつもりは微塵もないから】
一体どの口が言うのかと、それだけしか思えなかった。
そうしてその言葉は入学式の翌日には裏切られることになったが、今の彰人はどうしたことだ。
「俺は、有栖を守れる男ではありません……そんなに強くはなれないと思うんです。入学式の後から昨日まで、全く記憶がないとはいえ……花束を手に君を守ると言ったその約束を違えるような俺では、有栖を幸せにすることは出来ないでしょうから」
悲痛そうな様子で口にした彰人を、有栖は目が離せなかった。
▼▽
(……どうだ?)
有栖の両親は、俺の言葉に再度考え込んだ。
うちの家も相当ではあるが、有栖の家は彰人の家よりも大きい……ただ両親の仲が良いということで結ばれた婚約ではあったが、彰人の身の丈に合うかと言われたら合わないだろう。
もしかしたら彰人は、有栖の方が全てにおいて地位も名誉もあるからこそ嫉妬し、あんな風に態度が冷たかったのかもしれないな……ま、擁護する気持ちは欠片も無いが。
(しっかし……有栖と湊が美形なのは分かってたけど、雅紀さんに一夏さんは当然で……この両親も美男美女過ぎて感覚狂いそうだわ)
有栖の父――
有栖の母――
(政義さんは渋い強面……夏葉さんは有栖を今よりも大人にしたような見た目で……そりゃ三人の子供が居るのにナンパくらいされるわな)
有栖の時もそうだったけど、直で見る破壊力は凄まじい。
とはいえ、今は見た目のことなんてどうでも良い……この世界から逃げることが出来ずに、彰人としての生き方を強要されるのであれば俺にも考えがあるってだけの話だ。
そもそも俺は本来消えるだけの存在だし、有栖のことは怖いけど嫌いなわけじゃないからなぁ……主人公に出会ってヤンヤンするが良いさ。
「正直……俺にとってあまりにも十六夜の名は重いんです。別にこの家に産まれたことを後悔はしていないし、両親にも感謝はしている……けど、俺はそう思ってしまった」
「それは……」
「……彰人君」
少なくとも、彰人は絶対にこんなことは言わないだろう。
彰人は十六夜家に産まれたことを誇りに思っていたかどうかはともかくとして、約束された将来を鼻にかける言動があったからだ。
(少々自棄になっている気がしないでもないが、名家としての誇りは俺にはねえ! 俺は広い部屋で優雅に紅茶を飲むより、狭い部屋でも良いから適当にぐうたら漫画を読んだり、アニメを見る方が好きなんだ!)
もちろん全てが上手く行くとは思わないが、俺ならやれる!
あの絶望的だった会場の空気を換えた自分自身を信じろ……さあ、やってやるぜ!
「今までの俺に、人に褒められるような行動と言動はなかったでしょう。今までの俺はどうすれば強く在れるのか、どうすれば舐められないのかを必死に考えすぎて……みなさんが呆れるような馬鹿な虚勢を張っていたのかもしれません」
まだ、俺の言葉は止まらずに続く。
「有栖のことだってそうだ……俺はたぶん、悔しかったんです。自分より地位も名誉も、何もかもを揃えている彼女に嫉妬していた……傍に居れば居るほど、その事実が俺を悩ませていた」
え~、これはもちろん出まかせだ。
俺は彰人じゃないので分からないからな! とはいえ、こう言ってしまえば有栖への態度も説明は付くだろ? くっくっく、みんな唖然として俺の言葉に聞き入ってるねぇ!
「それでも婚約者として、俺にやれることは何だろうと考え……あの入学式の日、有栖に約束をしましたが……結果としては俺が有栖を苦しめる側になったのはあまりにも滑稽ですがね」
「兄さん……兄さんはそんなことを考えて?」
湊がそう言ったので、適当に頷いておく。
絶対に彰人はそんなこと思っちゃいないだろうけど、今の俺が彰人なんだから……それはつまり、俺の言葉は彰人の言葉で彰人の言葉は俺の言葉なんだよ。
「約束って誰でも交わすことは出来るけれど、言葉以上に大事なモノで誓いみたいなものです。たとえ空白の時間が俺にあったとしても、俺がその約束を違えて有栖を苦しめたことに変わりはない」
そこで一旦息を吐き、俺は更に演技を継続するかのように続けた。
「約束を守れない俺に、有栖の傍に居る資格はない。生まれ持った家の名前に重みを感じ、弱音を吐く俺にかけられる期待はない……そうなると必然的に、俺が婚約者である有栖にしてあげられることは何もないんです」
「……それで婚約者としても相応しくないと?」
「はい」
いやまあ……あれだよ?
何度も言ってるけど有栖のことは決して嫌いじゃないし、こういう子が婚約者って絶対に勝ち組だと思ってる。
それでも俺は現実を見れる男子であって、無理なことを願う夢見る男子じゃないってわけ。
「昨日のことがあって、みなさんのように何かがあったと心配してくれる人も居るでしょうが、大半の人は俺を馬鹿な人間だと思うことでしょう。そんな俺の傍に有栖が居ては……俺が婚約者のままでは、西条家の汚名にもなりかねない」
いや、絶対になるね!
なんであんな奴を婚約者にしたままなんだって、我が家の方が有栖を娶るに相応しいって声が絶対に出るじゃん? 俺さぁ、魂は一般ピーポーだからほんとに無理なんだって。
「……ま、たとえ問題が起きなかったとしても俺が有栖や西条家に齎せるものは何もなかったでしょう。今の俺が有栖の婚約者を続けたとしても、精々やれることは有栖を一人の女性として好きになること……そんな普通のことだけです」
それが、今回俺が話せた最後の言葉だった。
理由としてはまたその後に強烈な立ち眩みが来てしまい、すぐに部屋に戻された後……迎えが来て実家に連れ戻されたのだから。
そして、俺の代わりに湊が両親に全てを話した。
勝手に色々喋ったりして怒鳴られることも覚悟していたが、俺の体調を考慮してくれたのかその日は特に何もなく……そして後日。
「こんにちは」
「……おう?」
「挨拶をしているのよ? それに首を傾げるのはどうなのかしら?」
「ご、ごめん……こんにちは」
沙汰を待つ俺の部屋に、メイドに案内されて有栖が訪れた。
来訪の予定はなかったし、昨日の今日なわけで……俺としてもこうして彼女を迎える心構えは何一つ出来なかった。
「茶菓子をお持ちいたしますので、どうかごゆるりと」
「えぇ、ありがとう」
メイドが出て行き、残されたのは俺と有栖だけだ。
「えっと……」
「別に驚くことでもないでしょう? 私たちは婚約者なのだし、互いの家に行くことは何も珍しいことじゃないわ」
「そ、そうですね……でも俺たちは」
「あのね? そう簡単に解消出来るものでもないのよこういうのは。あなたの意見も分かるけど、すぐにどうこう出来ることではないと分かってちょうだい」
「あ、はい」
……ま、そりゃそうだわな。
見えないようにため息を吐いた俺の元に、有栖が近付く。
「だから……お話しましょう?」
「え?」
「お互い……もう少し、相手を知るためにお話をしましょう」
「話を……?」
「えぇ」
えっと……これはどういう流れですかい?
そう困惑しながらも、俺は有栖の提案に頷くのだった。
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