第弐話 モウ一人ノ転生者ノ巻
エリオスとしゅうは森の中を歩いていた。日の光が木々の間を縫うように差し込み、時折鳥のさえずりが聞こえる。しかし、彼の心はどんよりと曇ったままだった。
「この力……本当に俺に扱えるのか?」
右手に刻まれた黒い紋章を見つめながら、エリオスは自問自答を繰り返していた。滅びの精霊・ネクロスとの契約。それは途方もない力を持ちながらも、同時に恐れられる存在だった。
しゅうが歩きながら軽く吠える。その音にエリオスはハッとし、暗い考えから抜け出した。
「……お前は本当に元気だな、しゅう」
しゅうは尻尾を振り、エリオスの足元に寄り添うように歩き続けた。
その時、森の奥から声が響いた。
「おーい!そこのお前、ちょっと待てよ!」
エリオスは警戒しながら振り向いた。そこには、一人の青年が立っていた。彼は年齢は20代半ばほどで、粗野な雰囲気を漂わせていた。
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、エリオスに近づいてきた。彼の背後には小さな青白い蛇のような精霊が浮かんでいる。
「お前も日本人だよな?」
エリオスは慎重に答えた。
「……そうだ。お前もか?」
「おうよ!俺も転生者だ。
斎藤は親しげに肩を叩こうとしたが、エリオスが一歩下がると、彼は苦笑して手を引っ込めた。
「警戒するなって。俺は敵じゃねえよ。ただ、契約者同士ならちょっと興味が湧いただけさ」
(強さも確認しときたいしな…!)
「契約者……お前も精霊と契約してるのか?」
エリオスが言うと、斎藤は得意げに笑いながら背後の蛇を指差した。
「こいつは“シルヴァ”。風を操る精霊だ。なかなかいい線行ってるだろ?」
エリオスは目を細めて、斎藤とその精霊を見た。シルヴァは見た目こそ俊敏そうだが、威圧感はなく、全体的に小柄だ。
「で、お前は何の精霊と契約したんだ?」
(俺のほうが強いに決まってるけどな)
斎藤が問いかけると、エリオスは少し言い淀んだ。
「……ネクロスだ。滅びの精霊らしい」
その言葉を聞いた瞬間、斎藤の表情が強ばった。
「は? マジで? あの伝説の滅びの精霊と契約したってのか?」
(やはり…)
斎藤は目を丸くした後、大げさに肩をすくめた。
「そりゃすげえな……って言いたいとこだが、なんでお前みたいな奴がそんなヤベえ精霊と契約してるんだよ?」
その口調には明らかな嘲りが含まれていた。
「おいおい、どうせ力を持っててもビビって使えねえんじゃねえの?それじゃ宝の持ち腐れだぜ」
(もらってやりたいところだぜ)
エリオスは斎藤の態度に苛立ちを覚えたが、冷静に言い返した。
「力が強ければいいってわけじゃないだろ。大事なのはどう使うかだ」
「ふーん、まあいいさ。だったら、お前がどれだけやれるか、俺が確かめてやるよ!」
斎藤は突然、シルヴァに命じた。
「行け、シルヴァ!そいつに風の刃を食らわせてやれ!」
シルヴァが勢いよく空中を舞い、鋭い風の刃を生み出した。それがエリオスに向かって飛んでくる。
「くっ……!」
エリオスは咄嗟に右手を掲げ、ネクロスの力をつかった。黒い霧が手元から広がり、風の刃を受け止める。刃は霧に吸い込まれるように消滅した。
「おいおい、やるじゃねえか。でも、次はどうかな!」
斎藤が再び命じると、シルヴァが高速で動き回り、複数の風の刃を放つ。
エリオスは集中して霧を操り、なんとか攻撃を防ぎ続けたが、次第に右手が熱くなっていく。
「……これ以上は危険だ」
「どうした、もうギブアップかよ!」
斎藤が笑いながら挑発する。しかし、エリオスはしゅうを見て意を決した。
「ネクロス!」
黒い霧が再び渦を巻き、鋭い槍状に変化すると、シルヴァに向かって突き出された。槍はシルヴァの動きを封じるように周囲を囲み、斎藤は明らかに焦りの表情を浮かべた。
「お、おい、やりすぎだろ!」
斎藤は慌ててシルヴァを引き戻し、戦いを止めた。
「くそっ、今日はこの辺にしてやるよ!」
斎藤は負け惜しみを言いながら、シルヴァと共に森の奥へと退散していった。その背中には、エリオスに対する嫉妬と悔しさが滲んでいた。
斎藤が去った後、エリオスはその場に座り込み、深い息をついた。
「……危なかったな。でも、少しは使い方が分かってきたかも」
しゅうがエリオスに寄り添い、安心したように軽く吠える。
「ありがとう、しゅう。お前がいてくれるから、頑張れるよ」
エリオスとしゅうは再び歩き出した。斎藤との出会いは、彼に力の危険性と、強くなる必要性を改めて感じさせた。
「もっと強くならなきゃな……この力を無駄にしないために」
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