第7話 爆発?!でも、私は帰って猫に餌をやらねばならないの

「シールさんのご提案は…いやはや、いつもながら的確なことで…」

突然ながら、ミルの背筋に冷たい何かが走った。

まるで、見えざる眼が闇の中からこちらをじっと見つめているかのような感覚。

嫌な予感がする――ミルは警戒心を研ぎ澄ませ、周囲を見回した。


「シールさん…なにか、来ます!!」


シールさんは一瞬、呆然とした。

しかし、ミルが何かを言おうとした瞬間――

ドン!!


拘置所の外で、雷鳴のような爆音が轟き渡った。

大地が揺れ、壁が震え、天井から灰が降り注ぐ。

衝撃波が部屋の隅々まで駆け抜け、窓ガラスは瞬く間に粉砕され、鋭利な破片が四方に飛び散った。


「危ない!」


ミルは即座にシールさんの手首を掴み、彼女を机の下へと引き込んだ。

飛散するガラスの破片が、彼らの頭上をかすめていく。

炎熱が襲いかかる――呼吸すら苦しくなるほどの。


——いや、ここで使わされたということは、その威力は計り知れない。

ミルは素早く状況を分析する。


「爆発!? それも、ここで!?」


シールさんの声には、珍しく動揺が滲んでいた。


ミルは彼女の問いに答えず、即座に腰に巻いていたマントを広げ、二人を覆い隠した。


次の瞬間、炎の奔流が襲いかかる。

だが、その魔術はミルのマントに触れた瞬間、まるで存在そのものが掻き消されたかのように消滅した。

吹き荒れる魔術の衝撃により、机が耐えきれずに砕け散る。

ミルがシールさんを庇っていたため、彼女に怪我はなかった。

ミル自身も、崩れた机の破片が肩に当たったが、長年の鍛錬のおかげで、大したダメージではない。


ミルたちは、状況がある程度落ち着いたのを確認してから、慎重にマントをどけた。

シールさんの無事を確認した後、ミルは周囲を警戒しながら観察した。


空気には依然として爆発の余熱と煙が漂っている。

拘置所の扉は完全に吹き飛び、壁には焦げ跡が残っていた。

外から、慌ただしい足音が響いてく。


「シールさん、念のため、このままマントを被って机の後ろで待機してください。

私が外の状況を確認してきます。」

ミルは小声でそう言った。


突発的な事態に、シールさんさすがに、ミルのように冷静でいられるわけではなかった。だが、ギルドの受付担当として、彼女は瞬時に理性を取り戻し、冷静な判断を下した。

彼女はミルの袖口を掴み、マントを外して差し出した。


「相手は、魔術禁止領域である警信所けいしんしょの中に魔術を行使できる存在よ。そんな相手が容易く対処できるわけがないわ。このマントは、ミルが持って。」


「しかし…」

ミルが言いかけたその瞬間、周囲の温度が徐々に常温に戻った。


遠くから、重く、しかし急速に迫ってくる足音が響いてくる。

その足音は規則的で、確実にこちらへと迫っていた。

ミルの神経は瞬時に研ぎ澄まされた。


そして、拘置所の入口に、見覚えのある姿が現れる。


「無事か?!」


天時教言あめゆきのりときの鋭い視線は依然として冷徹だったが、その声色には明らかに緊張と気遣いが滲んでいた。


彼の姿を確認し、ミルは張り詰めていた気持ちを少しだけ緩めた。

ゆっくりと立ち上がりながら、彼に問いかける。

「…何が起こったんです?」


天時教言あめゆきのりときは素早く周囲を見渡し、他に危険がないことを確認すると、ミルに視線を向けた。

彼は少し躊躇した後、低い声で言った。

「先ほどお前たちと一緒に逮捕された連中のうち、一人が取り調べ中に魔術を使った。」


「でも、ここは警信所けいしんしょですよ? そんなことが起こるとは思えませんが。」

シールさんが疑問を口にした。


勇者が人間社会の平和を維持するための存在ならば、警信使ジュンシンはその秩序を維持するための存在だ。

彼らの職務には、捜査や容疑者の逮捕が含まれるため、その活動を円滑に進めるべく、

すべての警信所の建材は魔力を遮断する特殊素材——ヴェルダンサ鉱石で作られている。


四大精霊でさえ、この素材に触れれば魔力を自由に操ることはできない。

そんな環境で魔術を発動させるというのは、極めて異常な事態。


天時教言あめゆきのりときが口を開こうとしたその時、長い廊下の奥から警信使ジュンシンの一人が駆け込んできた。


「副所長、緊急事態です!! 先ほど鎮圧したモヒカンの容疑者が、再び暴走しました! 至急、応援をお願いします!!」


「分かった。すぐに向かう。」


天時教言あめゆきのりときは足早に立ち去る前に、ミルとシールさんに一瞥をくれる。そして、手に持っていた資料を近くの警信使ジュンシンへと手渡した。


「アシン、彼らを護衛しろ。保釈の書類は、安全な場所で記入させること。必要があれば、魔術の使用を許可する。」


短く、だが的確な指示を与えると、天時教言あめゆきのりときはそのまま去っていった。離れる前に、二人が安全な裏口から出るよう念を押した。


——モヒカンの容疑者?

ミュウさんの魔術で吹き飛ばされた、あのモヒカンの男のことか?

確か、チンピラの中でモヒカン頭なのは彼だけだったはずだ。

だが、彼にそんな強大な魔力があったか?

そもそも、落地会も遁地会も、魔術の才能を持たないただの一般人ばかりのはず…

事前調査で、何か見落とした人物がいたのか…?


ミルは、洞窟での戦いを思い出しながら考え込む。


その思考を、シールさんがそっと袖を引っ張ることで遮った。


「大丈夫?」


ミルは、軽く微笑みながら首を横に振る。


「それならよかった。ところで…今こそ、勇者が活躍するべき時じゃない?」


「これは警信所の案件です。余計な手出しは無用かと。それに、現実的に考えて、今この瞬間、勇者の助けを最も必要としているのはねむじゃんの胃袋です。」

シールさんの問いに、ミルはチラリと彼らを護送する警信使ジュンシンを見て、小声で言った。


ねむじゃんが空腹のあまり、飼い主に襲いかかる光景を想像し、ミルは一瞬、焦燥の色を浮かべた。


「社会の平和を守るのは、勇者の義務では?ねむじゃんの世話なら、私がやるよ」


「それは、協会に正式に認可され、協会の支援を受けている勇者の話ですよね。私のような勇者アマチュアには、守るべき平和なんて一つしかない。自宅の平和、つまりねむじゃんを飢えさせないことです。」


「ですが、正義は…」


「シールさん、正義感は食料になりません。もし正義感で食っていけるなら、私はこの世界で最も正義に満ちた男になっていますよ。」

ミルは軽く肩をすくめて言う。


「それに、彼らはしっかりとした訓練を受け、選抜された警信使ジュンシンです。私たちのような非正規の勇者が無闇に首を突っ込んだところで、足手まといになるだけでしょう。ここは彼らの指示に従って、静かに退くのが得策かと。」


…いかにももっともらしい理由を並べているが、要は面倒事に関わりたくないだけじゃないのか?


シールさんは、内心でため息をつく。

長年の付き合いで、ミルのこの性格もはや驚くことはない。

——ミルは、本当は協会に認められ、正式な勇者になりたいのに。

協会が求める資質が何なのかは分からないが、この態度では……

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