第4話 魔王の資質

「さて。介錯してやっても良いが。聞きたい事が多い」


 瓦礫を踏み、ガルディウスを見下ろしてユーゴは問う。


「本当に全員、魔王軍幹部が帰ってきてるんだな?」


「……ああ、確認はお前で最後。八人全員、この街にいる」


 細い声の返事に、ユーゴは溜め息で返す。


「面倒だな……他に誰を見た?」


「『征服公』と『地獄喚び』が、殺し合ってるのを見た。今日だって戦ってたみたいだぜ」


「あの授業中に感じた気配はヤツらか……」


(他の幹部についても情報は知りたい……が、コイツも限界か)


 その息遣いの弱さから、ガルディウスの死期を悟る。

 敵の情報収集は諦め、ユーゴは目の前の死に体に焦点を当てた。


「お前が他に残してる力はなんだ?」


……って言っても、弱ぇバフ系だけだ。他の連中は、も持ち帰ったみたいだが、な」


「意外と何でも話すんだな」


「仕方ねえだろ、負けたんだからよ」


 悶えていたガルディウスは大人しく天を仰ぐ。瞳はどこか遠い。


「今すぐ殺してやりてぇぐらい、お前が憎い……が、俺だって元魔王幹部。矜持ぐらいあらァ」


 今際の際、野望が灯る。彼が異世界の戦場でのみ燃やす欲望を。


「俺は最強を目指した。そんな俺を殺したお前が、ただの雑魚だったって事実だけは死んでも、受け入れねえ」


「フンっ」


「俺の代わりに、全員殺せ。お前が生き残って、魔王幹部の頂きに立て……」


 ガルディウスの口元がニヤリと歪む。



「そうすりゃまた帰ってきた時、お前をぶち殺すだけで俺が最強だ――」



 高笑いを上げるガルディウス。その全身は瞬時に蒼炎で包まれた。


「なッ、てめェ」


「騙されやがって。スキルは二個目ぐれぇならギリ持ってるわ」


 焼け焦げながら暴霊は高らかに奥の手を明かす。


「最後の固有能力【悪魔憑き】。肉体を犠牲に、ランダムに他人へ乗り移って復活する。事実上の『コンティニュー』だ」


「緊急脱出スキルか! 他人の体を乗っ取るなんて、また迷惑な能力だな」


「じゃなきゃこんなハイリスクな真似するかバカ。身元は割れるし、元の肉体スペックもこんなだしな」


「流石は元魔族だな。何の躊躇いもない」


 その貪欲さが生来のものか、異世界で育まれたものかは知る由もない。

 いずれにせよ、ガルディウスは魔族時代から変わらない。


「お前の事だ。平和に邪魔な連中は皆殺しだろ、ユーゴぉ?」


 見透かしたようなガルディウスの目。

 だがその思惑に反し、ユーゴは黙って首を横に振る。


「あァ? どういう意味だ」


「好んで殺し合いなんかするか。興味ない。奴らが勝手に殺し合って全滅すればいい」


「……臆病者が」


「……って、言うつもりだったんだけどな」


 ユーゴはポケットの消しゴムを取り出した。

 何でもない消しゴムを、ただ愛おしそうに見つめる。


「俺は平和を、自由を謳歌したい。幹部共に好き勝手させるつもりもないが、無駄な争いも面倒だ」


 先が丸くて黒く汚れた、どこにでもある消しゴム。それが何より大切な、日常の証だ。


「敵は殺すが、好んで争いはしない。もし命乞いでもする魔王幹部がいたら――屈服させて従わせる」


 ユーゴもまた、異世界から価値観は変わっていない。


「それなら『俺が勝った』と見なして良いだろ?」


「……ハッ、上等だ。願ってもないね」


 謀略王の傲慢をガルディウスは礼賛する。



「そりゃ完全な、王としての在り方だ。まさしく魔王の器そのものだ」


 暴霊は頬が裂けるほど、気持ち良く笑った。

 プスプスと焼けて肌が崩れ出す。


「餞別だ、持ってけ。俺のスキル【神殺す意思アダムス・インテンション】を」


 次の瞬間、ガルディウスの胸が輝いた。

 閃光が飛び出し、そのままユーゴの胸へ吸い込まれる。


「なに、をッ――」


 動揺する中、ユーゴの魂は理解する。新たな能力が刻まれたと。

 暴霊のスキルは宿主を変え、詳細をユーゴの脳へインプットさせる。


「これはお前の念動スキル……敵に塩を送るってか?」


「ああ。今だけは背中押してやる。せいぜい上手く使え」


 蒼炎に焦がされたガルディウスは宣戦布告する。


「殺しに、帰って来るぜ? 未来の魔王サマよ」


「二度とツラは合わせたくないが、勝者の契約だけは約束してやるよ」


「ケッ、つれねえヤツ――」


 骨の芯まで燃え尽きると、悪霊の火炎は静かに消えた。




 ガルディウスの肉体的死亡により、【魔王の箱庭】は解除される。


 宵闇の世界は終わり、世界は再開。破壊された街並みは戻り、人の気配で満ちる。

 茜色だった空はすっかり満天の星々を浮かべていた。


「ったく。気が思いやられるな」


(今回勝ち逃げしたのは運が良かっただけだ。自惚れたりはしない)


 手足の擦過傷や火傷が激闘を物語ると共に、開戦を知らせる。


(幹部は全員、選ばれた八人の魔族。そう簡単には殺せはしないだ――)


 刹那、ユーゴに戦慄が襲う。



「再会してから早速殺せるなんて、やっぱり君は凄いんだねぇ」



 甘く、軽く、高い声。鼓膜を撫でるような少女の声音に、ユーゴは底知れない畏怖を覚えた。


「ッ……!」


 振り向いた背後に人影はない。

 位置はそれより更に上。コンクリート塀の縁に少女が立っていた。



 夜風に揺れる銀髪。澄んだ水色の毛先に、目はエメラルドをはめ込んだような碧眼。その瞳でじっくりとユーゴを映す。

 ショートヘアでセーラー服。可憐な装いで身を包む少女はクスクスと、蠱惑的な笑みを浮かべた。


「私のこと、思い出してくれる?」


 艶やかな雰囲気でユーゴは正体を見抜いた。


 無邪気に装った妖艶さと可憐さを合わせた魔性の女。

 鮮烈で危険な色香が少女から漂っていた。


かッ!」


 に名を呼ばれた少女は頬を赤らめる。

 合わせた両手を口元へ近づけ、恍惚の笑みで彼女は息を漏らす。


「久ぶりだねぇ、ユーゴくんっ」


「お前も俺を殺しに来たか」


 妖しい少女の異名をユーゴは叫んだ。



「魔王幹部第八位――『八面妖婦』」

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