56.始まり

 それから一年の時を経て、ポリシアとアンデの友好関係がまだ不安定な中、二人は結婚式を挙げた。

 アイリスは再びアンデの地を踏む。

 しかし、今度はルーカスの妻として。

「あなたの妻としてこうして横に並ぶ日がくるなんて、夢のよう」

 そう言って少し涙ぐむアイリスを、ルーカスはそっと抱きしめた。

「ありがとう」

 そう優しく言うルーカスの心はとても穏やかだった。

 

 まだこの時代、ポリシアとアンデの国民同士の結婚は珍しかった。

 さらには、嫁いだ人がポリシアの独立運動に関わっていた人物であったため、アンデ国内ではその結婚に異を唱えるものも少なくなかった。

 ――しかし二人は愛を貫いた。

 ルーカスは結婚の前に軍を辞め、女性の人権、地位向上を率先してリードすることに専念し始め、その成果は少しずつ国を変えていった。

 アイリスはアンデに置かれたポリシアの代表部で働きながら、その外交を築く役割を果たしていた。


 いつしか二人は、二国の友好の象徴とされるようになっていった。

 あの夜、己の国の失態を招く決断をしたのかもしれない、と感じていたルーカスは、あの夜があったからこそ、アイリスを逃したからこそ、この国は大きく変わることになった、と思い始めていた。

 そして、その後少しずつ女性が社会進出したアンデでは、様々な才能が開花することとなる。

 またポリシアでも、移民の増加によって他の宗教を受け入れる寛容性が形成されていった。

 

 それから月日が経つにつれ、この世界では多くの国を巻き込んでの資源の奪い合いが各地で起こったが、ポリシアとアンデだけはそのどの争いにも参加せず、中立の立場を守った。

 そして長い時を経てやがて、この二国は世界の平和を形作っていく中心となっていった。

 この二つの国の変革、そして世界の平和への一歩は、祖国を奪われた一人の女と、奪った男の出会いから始まった。

 あの夜、無機質な表情の男と、怒りに支配された女の、その出会いから――。



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