53.まだ見ぬ未来へ
時代は一気に動いた。
夜が明け、日が昇り切る頃には統治府に抵抗グループの旗とポリシアの国旗が翻った。
統治府の最高責任者もその身柄を拘束されていた。
そして、それから半年が経った――。
あの日、ポリシアの首都ダージャ・ランツでポリシアの旗が掲げられてから、月日はあっという間に流れた。
ポリシアは、独立国としてその主権を回復したのだ。
アイリスはあの日北部に運ばれそこでの処置がうまくいき、一命をとりとめた。足
も後遺症がなく回復することができた。
ダンテやユーラも無事であったが、あの日、抵抗グループの三分の一の命が失われた。
数は少なかったが、やはり市民の巻き添えもあった。
「とうとう、ここまで来たね」
正装したダンテが、アイリスを見つけ駆けよってきた。
「ええ、とうとうここまで……」
そう答えるアイリスは、窓から外を眺めた。建物の周りには多くの国民が集まり始めていた。
王宮跡に建てられた新政府の建物は、まだ完全には工事を終えていなかった。
だが、今日のためにメインとなる建物だけでもと、なんとか一部を残して工事を終
了しその姿を国民にも見せたのだ。
「ここの建物も、なんとかみんなに見せられるとこまで間に合って良かったわね」
アイリスは笑顔でダンテに言った。
今日は、ポリシアとアンデとの協定調印式の日であった。
今後お互いの領土を侵さないという調印、またアンデはポリシアに対しての多額の賠償金を支払うことになっていた。
しかし一方で、ポリシアは近隣の国から自由貿易の要求を受けていた。抵抗グループへの武器の支援、主権回復などの支援をしてくれていた国々がその見返りを求め始めていたのだ。
ポリシアの復興はまだまだ長い道のりであると、誰もが感じていた。
たった二年。
ポリシアがアンデの統治下におかれていたのは、その長い歴史からはほんのひと時であったかもしれない。
しかしその影響は国の至る所に及んでいた。この国にはやるべきことが山積みであった。
そして、あの日、命懸けでアンデ軍の進軍を知らせたアイリスは、その功績を認められると同時に、第五位の優先指名者になっていたこともあり、新政府の重要な役職を与えられようとしていた。
しかし、アイリスはそれを拒んだ。
「拒否できるの? って訊いたよね、僕に」
ダンテは、優先指名者の話をした時のことを思い出しながらアイリスに言った。
「ええ。そうね」
「ほんとにいいの? 政治から離れて。君は良いリーダーになっていくと思う」
「かいかぶりすぎよ……それに……」
アイリスは言い淀んだ。
――わたしがルーカスに会ったことが、わたしの言動が、人の命を奪ったかもしれない。
あの日、ルーカスに再会した時に見せてしまった動揺、いや、そもそもルーカスの元を去ったこと自体が何かを狂わせてしまったかもしれない。
人に言えない罪悪感を、アイリスは一生背負っていくのだと覚悟していた。
「わたし、愛する人がいるの。敵だった国の人」
アイリスはダンテに全てが終わったら話すと言っていたことを伝えた。
ダンテはアイリスに笑顔を向けた。
「でも、もう敵ではないだろう。これから協定の調印が行われる」
「そうね」
ルーカスをずっと探している自分には決別しなくてもいいと、この数か月間ずっとそう思って生きて来た。
この国は王政を復活させなかった。国の代表の役職を大統領とした。
そして、初代大統領に就いたのは、抵抗グループの誰でもなかった。優先指名者に名を連ねていたが順位はアイリスよりも下で、首都奪回時には遠くの離れた街にいた者であった。
そしてその大統領も、国全体の混乱が落ち着いたら国民投票で決め直すことになっていた。
また、あの日の抵抗グループからリーダーが出て、感情的にアンデと交渉することも避けたかった。
「どんな場合でも、中立に冷静に対応できる人が上にいる方がいい」
サードやダンテのその意見が正しい、とアイリスも思っていた。
サードは軍部のトップとなり、二度とこの国が戦争によって脅かされることのないよう国力を軍事面から強化していった。それは平和を守るための力なのであると。
歓声が沸き上がった。
ポリシアとアンデ両国のトップが協定書に署名し、掲げた。
アイリスはその様子を袖の方から見守っていた。
首都陥落の日から今日までのことが次々と頭に浮かんでは消えていく。
――二度とこのようなことを起こさないためにも、どこの国にも侵されない国を作る。
そう密やかに、けれど力強く決心していた。
その瞬間、アイリスの視線は一人の男を捉えた。
アンデの軍服、群青色の縦線が入った特別なそれを着て正装している彼は、冷静な顔で調印式を見ていた。
――ルーカス! 生きていた――!
その思いが、アイリスを支配する。
心が喜びで溢れた。
あの時、武器も持たず怯えながら走るアイリスを生かしてくれた。
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