16.あなたの記憶
「ルーカス様は、この国が争いの道を進むことに疑問は感じなかったのですか」
女は小柄で華奢であったが、この国の女にしては珍しく、俺に物怖じせず質問してくる。
「身体は小さいのに態度はでかいやつだな」
――それが面白い、と思った。
もともと手伝いとして雇われていたこの女を最初に見初めたのはルーカスであった。
いつもおどおどして、主人に怒られないかとびくびくしている他の雇われていた者たちとは違った。
「あ、ルーカス様! その花は今の時期に触ってしまうと、すぐに枯れてしまいます」
突然後ろから声をかけられたルーカスは驚いた。
「何を言っているのだ?」
ルーカスは苛立った。この俺がなぜこのように怒られる。
しかし、女は一切の恐れを見せず続けた。
「この花は、この国の国花でございましょう。小さな頃よりこの花が好きで、よく育てていました。しかし、とても繊細で、冬の時期にその花びらに触ってしまうと、枯れるという言い伝えがあります」
「言い伝えなど信じているのか? そのせいで俺は怒られたのか?」
ルーカスは女を睨んだが、女はにこやかに花を見ていた。
「ご気分を害したようなら、申し訳ございません。でもルーカス様は植物がお好きなのですね。ここに飾っていても、こうして足を止めて触っていく人など、このお屋敷には他におられませんから」
そう言って、にこりと微笑むその女は、ただ目の前のことを慈しみ、楽しみ、主人一家にも朗らかに接していた。天真爛漫な子どもがそのまま成長したらこのようになるのか、とルーカスはその女の態度に嫌悪ではなく好意を抱いた。
しかし、きちんと相手を見て接している。気難しく、保守的なルーカスの父親の前では、目立たず殊勝な態度で接していた。
「いつも夜、果物を持っていく者がおります」
花瓶の前で足を止めていたルーカスに、その女が再び声をかけた。
「わたしのことか?」
ルーカスは苦笑して訊いた。
「お腹が空かれるのであれば仰ってください。お夜食をお部屋までお持ちします」
「お前の名は?」
「ジュリアです」
アンデでは一般的な女性の名前であった。
「ジュリア。では今日からわたしの部屋に夜食を持ってきてくれるか」
ルーカスのその問いにジュリアは頷いた。
「ご主人様のご所望であればなんなりと」
ジュリアの返答を聞き、ルーカスは再び花瓶の方に向いた。
「わたしが、この花をこんなに愛でるのは……」
ジュリアはいきなりなんの話かと、きょとんとしている。
「この花が赤いからだ。真っ赤な花。血の色に見えて仕方ないのだ」
ルーカスの顔が急に真剣になる。
「こんな血の色をした花を、なぜこの国は国花にしたのだと思う?」
ジュリアはしばし考えたのち、答えた。
「血は生きるために必要だからではないでしょうか。血を不吉の象徴と捉える者もいます。それはもちろん戦場で流れるのは血ですから。でもそれは今この瞬間もわたしたちの身体の中を駆け巡っています。己の身体を生かすために。生きる証。生きた証……」
ジュリアが少し俯きながら語尾を曖昧にした。
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