第4話
それからのことは、生々しいので割愛させていただこう。
いや別に、風呂場で桜庭とおっぱいの揉み合いをしたとかレズセックスをしたとかそういう話じゃない。ただ、病院での検査とか、女の子としての暮らし方とか、いわゆる女の子の日と呼ばれるものとか––––そういったものについて駆けつけた母親や萩さんから説明されたりしたが、そのあたりはこの物語に必要ないだろう。
否、両親の描写くらいはしておくべきだろうか––––まあ、両親は世界を飛び回る仕事をしており、家を空けがちな人間である。特に僕は母親のことがかなり苦手だ。実の親でなければ家出している。
それ以外は、桐ヶ谷に話す必要のない話ってわけだ––––とりあえず、僕はその日から女の子になってしまった。
しかも、可愛いタイプの女の子。
飛鳥と同じ血を引いているだけあって、僕は昔から可愛らしい顔つきをしているとよく言われていた。いや、自慢じゃないけどね。それで背も縮んで男性器がなくなり女性器と胸が膨らみ、体つきも曲線が多くなったとなれば、まあ美少女になるわな。
ただ、どちらかといえば桜庭というよりも萩さんに体型は近い––––いわゆるロリ体型と言ってしまった方が正しいだろう。元々大柄な方ではなかったが、少女になってしまったことによりさらに華奢になった。声も高いし、どうにも自分のことだとは思えない。
それでも、僕が女の子になってしまったのは紛れもない事実なわけで––––ここで理不尽だとかなんだか叫ぼうが、無駄だ。無意味な絶叫ほど聞いていて情けないものはない。
とりあえず、聞いていて楽しい方の話からしようか––––TSものの定番からいこう、そういうことは先にやった方がいい。
「順くん、とてもお似合いです! 一目見た時からこの服が似合うだろうなとずっと思っていたのですが、やっぱり思った通りでしたね!」
少女の肉体になってすぐ、僕の体は萩さんと桜庭の着せ替え人形となっていた。下着の付け方を手取り足取りレクチャーされたあと、これである。
まあ、考えてもみてくれ。
萩さんは、母親の趣味でメイド服を着ているが––––別に、強要されているわけではない。萩さんの趣味でも、メイド服を着ているのだ。だから、基本的に彼女はそういった可愛らしい服が好きらしい。桜庭に関しては割愛しよう。あいつならそうするだろうと簡単に予想がつくだろうし。
「うんうん、萩さんセンス良すぎるよっ。順ちゃん、今度からこの格好で学校行きなよ。絶対そうした方がいいよっ」
僕は現在進行形、高校の女子制服を着せられていた。女体化して翌日のことである。桜庭の家に予備の制服があったらしく、あとはされるがまま萩さんにコーディネートされている。
スカートは膝上で、スースーした感じが慣れられそうにもなかったが、数時間も経てば普通に慣れてしまった。慣れ、マジで怖い。
「パンチラマシーンになる予感がするからやめとく」
すでに少女の格好をするのに違和感や抵抗は無くなっていたが、(女体化して翌日のことであったが、僕は適応能力が高いのかもしれなかった。それか、脳みそでさえも変化しているか)心配なのは周囲からの風当たりと過ごし方についてだ。普通に足をガン開きにしてしまいそうである。
「でも、どちらにせよ学校には行かなきゃいけないでしょ。だからといって、男子制服を着ていて大丈夫なのかな? 女の子の体なんだからさ」
「…………ほら、LGBTだかなんだかで、ジェンダーレスな制服を着てもいいってなるかもしれないじゃん?」
「なるかなあ、だってうちの学校だよ? それに、別に順ちゃんは女の子の格好するのが嫌じゃないんでしょ? だったらこのまま行こうよ。私はそっちの方がいいと思うな」
僕は半ば、この状況を受け入れてしまっていた––––まあ、昔から僕は結局そんな奴だった。何かに不満を持つこともないし、かといって何かを大っぴらに好きにはならない。自分のことも、他人のことも他人事なのだ。
「仕方ねえな……わかったよ、今度からそうする」
「本当? なんか順ちゃん丸くなったね……昔のとんがった部分は一体どこに行ったの」
「ペニスと一緒に消え失せた」
桜庭も、萩さんもこんなふうになった僕を受け入れてくれた。近い将来きょうだいたちも受け入れてくれるだろう––––だけど、確かに何かが変わった。
萩さんの僕を見る目はどう見たって弟に向けるものから妹のものになってしまっているし––––何より、忍や飛鳥は僕がこうなってから一度も口を効いていない。色々あって忙しかったからというのもあるだろうが、何を言ったらいいのかわからないのだろう。両親も同様だ。
でも––––––––桜庭だけは。
何ら一つ変わっていない。
だからこそ、どうしようもない違和感が発生する。
「順くん、その見た目だと悪い虫がついてしまいそうですね。それくらい可愛らしくなられておりますよ。はすみちゃん、順くんに虫がつかないように見張っておいてくださいね」
「うん、もちろんだよっ、萩さんっ」
誰も何も言わないので、僕はとりあえず制服のスカートを脱いだ。萩さんや桜庭が見繕ってきた可愛らしいレースの下着が露出する。
「––––––––でも、はすみちゃんと順くんの子供が見られなくなったのは、少々残念です。奥様や旦那様に元気な孫の姿を見せてあげられればよかったのですが」
萩さんは、沈んだ表情でそれを口にした。
萩さんも、懲りない人だ––––––––そこまでして、僕と桜庭に子供を作らせたかったのか。
「萩さん、忍がいるじゃないですか。それに、飛鳥も。僕がダメになってもまだ孫のアテはあるんですよ」
「いえ、順くんとはすみちゃんの子供じゃないとダメなんです––––そういえば、順くんに生殖機能はあるんですよね?」
意味わからん質問だった。苦笑。
「そりゃ、あると思いますけど」
冷静に考えて一晩で子宮が体の中にできるというのも、なかなかなものだと思うが。
「だったら、順くんのお腹に子供が宿ることも考えられなくは––––あ、でもそれだとはすみちゃんとの子供じゃなくなるじゃないですか。本末転倒でした」
「大丈夫だよ、萩さん。その時は私が男になればいいんだ!」
「そうですね……いや、よくないですよ。はすみちゃんはそのままが一番美しいんですからっ!」
「萩さんっ!」
桜庭と萩さんは熱く抱擁を交わした。どうにも萩さんは必死に考えてくれているようだが、元々僕は子供なんて作る気がないので、はなから意味のない話であった。
少女たちの談笑に交わるのはそこでやめ、僕は結ばれたリボンを解き、ブラウスのボタンを外す。小ぶりな胸部はショーツと合わせたレースの下着に包まれており、こちらもやはり桜庭たちが持ってきたものだった。
将来に、不安は感じなかった。
これからの学園生活も、壊れた人生計画も、どうでもよかった。
これからどうすればいいのだろうなんて思い悩まず、これからも普通に生きていけばいいという答えは最初から出ているのだから、悩む必要などない。
ただ––––––––やはり、一つだけ。僕には、思い悩まなければならないことがある。これだけは、終わらせないといけない。
他の人物たちは僕の言葉を鵜呑みにしている––––突然発症したとある病気のせいで、僕の体は病気に適応するために女の子になってしまった、という馬鹿げた言い訳を、信じきっている。
普通に考えろ。
普通に考えて、何もしていないのに女の子になってしまった、病気のせいで女の子になってしまった––––––––そんな、都合のいいものが、この世界にあるものか。
桜庭とかいうとことん都合のいい存在がいるけれど、はい病気です、仕方ないよね、そんな簡単にことが済むかと思ったら、大間違いだ。
そういった設定のポルノがあったりするけれど、あれは単純に性交のシーンを描きたいという作者の欲望が元になって描かれているのみだ。だけど、この世界はそんな男から女になってしまった少年のラブコメ、みたいに定義されているわけじゃない。
偶然、たまたま、運命で、女の子になっちゃいました、これから女の子ライフを満喫します、で終わると思うな。
物事には、何らかの理由が伴う。
それは偶然も例外ではない。偶然に見せかけた、誰かの仕掛けた必然だ。
偶然には、何者かの意思が伴う。
完全なる偶然など存在しない。
医者は言った。
だけど、僕は医者に言われなくとも、自ら疑いにかかっていたと思う––––。そんな、ご都合主義なラブコメが展開されるとは思えなかったからだ。
「君は、間違いなく誰かの意思によってこの体にされた」
僕は、誰かに少女になる薬を飲まされたのだ––––––––夕食に混ぜるという方法で。
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