第5話 広瀬さんを追いかける僕

 広瀬さんが早退してしまった。あんなに泣いていたけど……そんなに具合が悪かったのだろうか。


 彼女がバイトに来た時から顔色が悪かった事には気付いていたのに、店の忙しさもあって優しい声の一つも掛けられなかった事を後悔してしまう。


(外はもう暗いけど……大丈夫だろうか。ちゃんと帰れるかな)


 気になった僕は、退勤時間になるとすぐに店を飛び出した。



 彼女が店を出てから、まだ15分くらい。けれど、何事もなく帰っていれば、駅まですでに着いているはず。


 だとしたら、駅まで僕が急いだところで仕方がない。けれどもしも途中で具合が悪くなっていては大変だ。無駄足になるなら、その方がいい。そう思った僕は、駅までの道をひたすら走った。



 ◇◆


 ミスを連発して、吉沢君の前で泣き出して、そして、嘘ついて早退してしまった。


 そんな自分自身に心底呆れてしまった私は、駅までの道をとぼとぼと歩いていた。


 昨日はこの道を吉沢君と一緒に帰っていたから、あんなにドキドキとしてたのに。今日は足が重くて心が痛い。


 ゆっくり歩いていると、昨日吉沢君と連絡先を交換した公園に着いた。


 あの時私は、連絡先を交換して友達になって欲しいと言った。そして吉沢君はそれを了承してくれた。


 けれど――私は好きな人との友達としての距離感がよく分からない。


 いつも私は男の子からラインを聞かれる側で、そしてメッセージを受け取る側で、そして……好きでもない男の子からの目に見える好意的なメッセージに、なんとなくいつも困惑していたから。


 好きでもない私からラインが来たって……困るだけ、だよね。


 けれど、せめて今日はごめんねの一言くらい送ろうかな。ああ、でも、早退してすぐにそんなメッセージ送るのも変かなぁ??


 そんな事を考えてたら、吉沢君に会いたくなってしまった。


 なんとなく公園のベンチに腰掛けて、吉沢君のラインのアイコンを見つめる。


(会いたいなぁ、さっき会ってたところなのに……もう会いたい)


 すると誰かに声を掛けられた。


「あれ? 愛月ちゃん?」


 声がする方を見上げてみると、そこにいたのはバイト先の常連さんだった。


「え? あ、こんばんは……」

「バイト終わったの?」

「あ、はい」


 なんとなく居心地の悪さを感じてその場から立ち去ろうと思ったのだけど……


「ねぇ、今バイト中じゃないならさ、連絡先教えてよ。今度どこか遊びに行かない?」


 常連さんは進行方向を遮るように立っていて、声をかけてくる。


「あ、あの。えっと……」


 連絡先なんて教えたくない。遊びに行くなんてもってのほか。そう思うのに、お店の常連さんだから無下にするわけにもいかなくて。私はどうしたらいいのか分からなかった。


(どうしよう。どうしたら……)

 

 悩んでいた時、また別の人に声をかけられた。


「広瀬さん? まだこんなところにいたんだ」


 それは、少し息を切らした吉沢君だった。

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