第4話 泣き出してしまった広瀬さん
次の日、私がバイト先に出勤したら、すでにお店のピークは始まっていて、吉沢君は忙しそうに働き始めていた。
こんなに忙しいのに顔色ひとつ変えずに調理をどんどんこなしていく吉沢君は、やっぱりかっこいい。私も頑張らなきゃ! そう思うのに、昨日眠れなかったこともあって頭がぼーっとしてしまう。
(ダメダメ、集中しないと!! 私も吉沢君みたいにバシバシ仕事こなして、『あ、広瀬さんっていいな』って少しでも思ってもらいたい)
なんて思うのに……全然お店の忙しさについていけなくて、あたふたしてしまう。
そんな時、キッチンにいる吉沢君に話しかけられた。
「広瀬さん。このオーダー、ハンバーグ単品で合ってますか?」
「あ!! ごめんなさい。Cセット追加するの忘れてました!!」
ああ、こんな初歩的なミスをしてしまうなんて。
「了解です。サラダ用意しますね」
なのに吉沢君は、こんな忙しい中他人のミスに気付いて顔色一つ変えずにフォローしてくれる。やっぱりかっこいいなと思ってしまう。
私も吉沢君を見習って、もうミスしないように気を付けなきゃ!! そう気合いを入れ直した。それなのに。
「広瀬さん、このオーダー、いつもの常連さんですよね。今日はオニオンありで大丈夫ですか?」
「ごめんなさい!! オニオン抜きです!!」
「了解です」
また、ミスしてしまった!!
反省すればするほど、気持ちはどんどん冷静さを失っていく。
「広瀬さん、このオーダー、人数に対して料理の注文数足りてないですけど、大丈夫ですか?」
「あ!! すみません!! タラスパが2点でした!! 本当にすみません!!」
自分で自分が嫌になってくる。こんなに忙しいのにミスって他の人の手を煩わせてしまうなんて。それなのに、やっぱり吉沢君は。
「了解です。次のお客さんのをそっちに回すので大丈夫です」
ミス連発の私を怒ることなくずっと冷静なまま対処してくれて、すごいと思う。
(やっぱり吉沢君、かっこいい。それなのに、私は……)
こんなんで、タメで話したいとか、仲良くなりたいとか、身の程知らずにもほどがある。
結局、私の度重なるミスは吉沢君のおかげでフォローされ、お客様に迷惑をかけることなくピークは去っていった。
けれど、いくら冷静な吉沢君だって……、忙しい時にこんなにミスを連発した私に呆れているかもしれない。もしかしたら嫌われちゃったかも……。
吉沢君の表情は相変わらずクールなままで。だからこそ、その心の中が分からなくてどんどん不安になってくる。
せめて謝ろうと吉沢君に話しかけた。
「あ、あの、吉沢君。……今日は、ミス連発してしまってすみませんでした」
私は、心のどこかで呆れた顔を覚悟して吉沢君の顔色をうかがった。それなのに……
「いえ、ミスなんて誰にでもあるものですから。それより広瀬さん、今日はバイト入りした時から顔色悪いですけど、……大丈夫ですか?」
呆れるどころか、私を心配してくれている優しさに、張り詰めていた気持ちが一気にほぐれて心が震えた。だから……
――ほっとした私は、つい、泣き出してしまった。
「ど、どうしましたか、広瀬さん」
いつも冷静なはずの吉沢君は戸惑い始めていて。
タイミング悪く、それを店長に気付かれてしまった。
「え、広瀬さん、泣いてる? どした。まさか、吉沢に何か言われたのか!?」
動揺が重なった私は、息が詰まって言葉が出てこなくて。ブンブンと首を振って否定するけれど、一気に溢れた涙は止まってくれなくて。
「何もなかったらこんなに泣かないだろう! 吉沢、お前何言ったんだよ!!」
吉沢君が責められ始めてしまった。
(吉沢君は何も悪くないのに、黙ってたら吉沢君が悪く言われちゃう。何か、何か言わなきゃ!!)
焦った私は咄嗟に言葉を吐き出した。
「ち、違うんです!! お、お腹、痛くて。それを吉沢君が気付いてくれてっ、つい、気が抜けちゃって!!」
本当は、お腹なんて全然痛くないのに。呆れられてないか不安だったとか、嫌われてないか怖かったとか、なのに吉沢君が優しい言葉をかけてくれて嬉しくなったとか、私のこと心配してくれてたことに心が震えてしまったとか、そんなの言葉に出来なくて。
私はその場しのぎの嘘をついてしまった。
「そ、そうか。腹痛か……。だったらもう店も落ち着いたから……少し早いけど、今日はもう帰るか?」
すると店長は、気が抜けたように優しくそう言った。
「は、はい。すみません、ありがとう、ございます」
引っ込みが付かなくて。私はその日、バイトを15分早く早退した。
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