転生悪役貴族の錬成無双

@hirooe

第1話レオン・アークベルン

人通りの少ない街路を歩きながら、彼――進藤拓海(しんどう たくみ)はイヤホンを外してため息をついた。 


「やっぱり出かけるんじゃなかったかな……」 


数ヶ月ぶりの外出だった。彼は長い間、家に閉じこもる生活を続けていた。理由は特にない。ただ、外に出る気力が湧かない日々が続いていただけだ。 


家ではライトノベルを読んだり、RPGゲームをプレイしたりして時間を潰す。それが彼にとっての「日常」だった。中でも、数年前に熱中したゲーム『エターナル・セイヴァーズ』は、彼の心を支えていたと言ってもいい。 


「またあの世界に没頭したいな……でも、いい加減やることもないし……」 


そんなことを考えながら歩いていると、ふと前方に人影が見えた。 


 


 


数メートル先の交差点に、小さな子どもが一人で立ち尽くしている。 


「え……?」 


信号は赤だ。彼が目を凝らすと、向かい側から猛スピードでトラックが突っ込んでくるのが見えた。 


「あぶない!」 


拓海の体は勝手に動いていた。考える間もなく駆け出し、子どもを抱きかかえるようにして路肩へと押し出す。 


「……よかった……」 


安心したのも束の間、彼の耳に鋭い金属音が響いた。 


ドンッ――。 


次の瞬間、体が宙に浮き、何かが背中に突き刺さるような痛みを感じた。それが彼の最後の記憶だった。 


 


 


「……ここは……どこだ?」 


目を覚ますと、冷たい床の感触が背中に広がり、豪華な天井が視界に入った。シャンデリアが煌めき、目の前には見慣れない執事服の男性が膝をついている。 


「レオン様!どうかお目覚めください!」 


その声に、彼――いや、進藤拓海は混乱した。 


「レオン……?」 


自分の体が異様に軽く、声も若々しい少年のものになっていることに気づく。そして、「レオン」という名前が、彼の記憶の奥底から呼び覚まされた。 


「アークベルン公爵家……まさか!」 


突然の状況に、彼の頭の中でパズルがはまり始める。転生する直前まで彼が思い返していた、あのゲームのことを。 


 


 


『エターナル・セイヴァーズ』――主人公が世界を救うために様々な敵を倒しながら成長する物語。その中盤、主人公たちを阻む最大の障害として登場するのが、レオン・アークベルンだ。 


彼は三大公爵家のひとつ、財務公爵家の跡取りでありながら、怠惰で傲慢な振る舞いが災いし、領地を崩壊寸前に追い込む悪役。領民を虐げ、税金を私腹のために浪費するその姿は、多くのプレイヤーに嫌われたキャラクターだった。 


「断罪される未来しかないキャラじゃないか……」 


レオンの末路もよく覚えている。領民の反乱により追い詰められた彼は、主人公たちの手で討たれる。貴族の栄光を失い、領地も没収されるのが原作の展開だった。 


「……こんな奴に転生するなんて、最悪だ……」 


だが、冷静になるとある可能性に気づく。この世界はゲームと同じ設定だ。そして、自分はそのゲームの展開を熟知している。 


「原作どおりに進めば、確実に俺は死ぬ……でも、知識を使えばこの運命を変えられるんじゃないか?」 


 


 


その夜、執務室に籠り、彼は机の上に広げられた領地の帳簿を睨みつけていた。 


「……ひでぇもんだな。」 


帳簿には、赤字寸前の領地経済、腐敗した税収管理、スラム街の貧困の実態が書き記されていた。現実のアークベルン家は、ゲームで見た以上に腐りきっている。 


「でも、これはチャンスだ……俺なら変えられる。レオンの固有魔法、オルディナンス・クラフトとアークベイン公爵家のお金があれば。」 


俺が変わる。そして、この領地も変える。 


初めて自分の中に湧き上がる「生きる意味」に、レオンは拳を握りしめた。

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