第4話 優雅な少女は縄を締める
「ええ、ローザ様は数十年前成敗された魔王の一人娘ですよ」
上品な仕草で紅茶をすする少女──エレナは、こともなげにそう言った。表情にも声のトーンにも変な挙動はない。恐らく本当なのだろう。
広志は、今自分が招かれている部屋をぐるりと見渡す。花びらのような装飾に覆われた電球、木目がはっきりとした床や壁。文字通り木造だがとても綺麗で、とても築40年とは思えない。そしてこの家に住むエレナもまた、優雅な雰囲気を纏っていた。
ローザと共にアポなしで訪れた広志を、彼女は顔色一つ変えず受け入れ、招き入れた。恐らく事前に通達が行っていたのだろう。彼女は広志らをリビングに案内し、既にテーブルに置かれていたポットで紅茶を注いでくれた。
随分躾をされたんだろうな……と、紅茶を注ぎ足す彼女を見つめながら広志は考えた。指先まで洗練された動きに、ついつい見入ってしまう。
「きゃっはー!!」
ローザの奇声と共に、どこかで物がガタガタと落ちる音が響く。心臓がぎゅっと縮こまり、広志は冷や汗をかく。しかしエレナは「あらあら」と眉を下げただけで、小走りで音のするほうに向かった。肝の座りように広志は自分が情けなくなる。
明らかに俺よりも気が強いだろ、アレ……。
今も尚止まない奇声や物音に広志は気が滅入っていく。ローザに行儀など求めるつもりは
というのも、ローザは家に入った途端はしゃいで、走り回ったりジャンプしたり、挙句の果てには窓ガラスに頭突きを始めたのである。それを見てもエレナはゆったりとしていた。ローザの奇行を尻目に
「こちらにお座り下さいませ」
とにこやかに言われた時はひっくり返るかと思ったものだ。本当に肝っ玉が座った少女だなと広志は思い出しながら一人頷く。
すると、さっきまで聞こえていた奇声がいつの間にかやんでいることに気づいた。しかしその代わりのように、聞いたことのないローザの悲鳴が耳に届いてくる。
「ぎゃあ! やめろぉ! 痛い痛い!!」
どうやらふざけたりしているわけでもなく、本気で訴えているようだ。広志は不安と心配が募り、ゆっくりと声のするほうへ歩み寄った。
「あのぉ……大丈夫です、か……」
言いかけて、広志は足を止めた。
ローザは廊下に横たわっていた。エレナがそのそばにしゃがみ込んで背中を撫でている。それだけならいいのだが、ローザの身体には縄が巻かれていた。しかも、割と容赦ない。明らかに腕に縄が食い込んでいて痛そうだった。ローザは涙目で暴れ、それをエレナが抑え込もうとしている。
「ああ、ヒロシ様。お気になさらず。流石においたが過ぎたので、舐められないように躾けているのですよ」
先程と変わらない穏やかな笑顔なのが逆に怖い。ローザが暴れる度に縄の締め付けを強くするエレナに、広志はゾワッと身震いする。
……これは、怒らせてはいけないタイプだな。
ローザはひとしきり暴れた後、広志が立っていることにようやく気づいたのか、「あっ」と声を上げた。
「ヒロシ! 儂はただ、壁を蹴っていただけなのじゃ! エレナの奴、急に背後から変なモンを飲ま──」
「ローザ様?」
またもやエレナが縄を強く締める。一瞬メリッという音がした気がするが、流石に声に出して確認するのもはばかられる。わざわざ聞かずとも、ローザの悶絶する顔で答えはとっくに出ているのだが。
「ではヒロシ様、ローザ様は此処に置いて、リビングで話をしましょうか」
「え、でも、ローザさんは……」
これ以上縄の圧をくらうのは嫌なのか、ローザは驚くほど静かに壁にもたれかかっている。エレナは一度ローザを目視し、すぐに広志に微笑みかけた。
「大丈夫です。ローザ様にはそれほど関係ない話ですし」
まるで何の負い目も無いかのように立ち上がるエレナの背中と、哀れなローザとを見比べながら、広志はリビングへと戻っていった。
「それで、話というのは……」
最初と同じように向かい合って座り、広志はおずおずと切り出す。エレナは自分のカップに紅茶を足し、凛とした声で話し始めた。
「貴方にこの子作り政策についてご説明したいのです。本来ならば、地位の高いローザ様の方に任せるべきなのですが……。ご覧の通り破天荒で、とても務まるとは思えません」
それはそうだろうな、と広志は苦笑いを浮かべる。昨日出会ったばかりだが、ローザの突飛な言動には振り回されてばかりいる。というか、初登場が最悪なのだ。窓ガラスを突き破ってやって来た少女に、誰が好印象を抱けると言うのだろう。
エレナにも思う所があるのか、やれやれと言うふうにこめかみを押さえている。
「とまあ、そういうわけで、私がその任を仰せつかったというわけです」
彼女は一度咳払いをし、居住まいを正した。よく通る声が部屋に響く。
「それではご説明しましょう。この世界に何が起こったのか。そして何故あなたが召喚されることになったのか。事の顛末を全てお教えします」
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