3章 化け猫屋
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庭先の葉桜が青々と茂り、気候的に過ごしやすくなった今日この頃。理子が夏彦の屋敷で住み込みで働き始めて十日ほど経とうとしていた。
「......____っ、朝か」
障子から入ってきた優しい朝の日差しを感じ、理子は目をあけた。そして理子はゆっくり布団から起き上がる。
「今日もいい天気そう」
理子は立ち上がって自らの身体をみやる。
体の節々まで痛んでいたのが嘘のようにすっかり痛みも消えた。夏彦も、お千代も気遣ってくれ、おかげで体に出来た傷の治りも早かった。村人たちに斬りつけられた傷はだいぶ薄くなっている。もう数日のうちには消えそうだ。
(あのまま妖に喰われていたら、こんな日も来なかった)
夏彦が救い出してくれたからこそ、今の私があるのだと感謝の念が堪えない。せめてその恩に報いるべく、少しずつ自分のできることをしていたが、その恩を返せているとは言い難い。
(私に出来ることで九尾様が喜んでくれることって何があるんだろう)
そんなことをぼんやりと思った。
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「町へ行かないか?」
どこか緊張した様子で夏彦がそう声をかけてきたのは茶碗や皿を洗っていたときのこと。朝餉が終わり、お千代が水で洗い流した食器を理子が布で拭いっていた。
「町、ですか?」
理子は拭っていた手を止め、夏彦を見返した。
「今日は
「お千代からキミの働きぶりは聞いている。目が覚めてから屋敷の中ばかりではつまらないだろ」
「そんなことは___........」
父と母と死別してから一人で生きていた理子にとって、夏彦やお千代と過ごす日々は新鮮でつまらないなどと感じたことはなかった。それに住み込みで働かせてもらっている身としては、少しでも働いて恩返しをしたい。そんな理子の心を見透かしてか「わたくしも理子様が町へ行かれるのは大賛成でございます」と肩を叩いたのはお千代だった。
「屋敷の中で理子様がわたくしと一緒に働いてくれるのはすごく助かっておりますが、根を詰めすぎてはいい仕事ができませぬ。だからこそ、気分転換に町へ行くのもよいかと思いますよ」
「.......____お千代さん」
「今日は一日坊ちゃまと一緒に羽を伸ばして来てくださいませ」
お千代のさり気ない気遣いに理子は心が温まる思いがした。ここまで言ってもらってしまえば断る道理もない。理子は夏彦に向き直って、その茜色の瞳を見つめ返した。
「九尾様。ではお言葉に甘えさせてご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ!」
理子の言葉に夏彦は声が弾ませた。そんな夏彦と理子を見比べて、お千代は「では、坊ちゃまと理子様は今日は一日でぇとですね?」と夏彦にいたずらっぽく笑いかけた。
「いっ、そういう、わけでは___........!」
お千代のその言葉に夏彦はなぜかしどろもどろだ。そんな夏彦をどこかおかしそうに見やるお千代。
「でぇと?」
対する理子は聞きなれない響きに首を傾げると、お千代が「異国の言葉で殿方と娘様がお出かけをすること、という意味だそうですよ」と教えてくれた。お千代のその説明になるほどと理子は納得する。まさしく今日の状況にぴったりの言葉だと思った。
「では、九尾様。今日はでぇと、よろしくお願いいたします」
そういって理子が夏彦を見上げると夏彦は一瞬虚をついたような表情を浮かべたが、すぐに「こちらこそ」と、はにかむように笑った。
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