第22話 宝探し

「らしくないミスじゃない? ねぇ、リゼッタ~?」


「うるさいですね……まぁ、悪かったとは思っています」


 アーシスのダルがらみに眉をひそめたリゼッタだったが、負い目があるのかすぐに謝った。


「もしかして、浮かれてた?」


「……」


「ねぇってば」


「……否定はしません。その、」


「ところで、あと三時間どうする? 結構時間あるし一回お店戻るのもありかな?」


「アーシスさん……」


 恥ずかしそうに口元を右手で隠していたリゼッタ。


 しかし、追及するのに飽きたアーシスに話の腰を折られてしまい、微妙な表情で立ち尽くす。


「え、何? いや、それよりもこの後どうしよっか」


「……」


「?」


「――こほん。家に戻るのもありですが、せっかくですし魔鉱物を見に行きませんか?」


 咳払いで気を取り直したリゼッタが言う。対してアーシスは疑問符を浮かべた。


「まだ開場前じゃん。それともウチ以外の魔鉱物店が近くにある? いや、まさかそこらへんに転がってるとか?」


 首をひねるアーシスに対し、リゼッタはニヤリと笑う。


「転がっている……あながち間違いじゃありません。すぐそこで魔鉱物が見られるんですよ」


 リゼッタはそう言って本堂の方を指さした。


「受付まで宝探し、しませんか?」







「ないないないなぁ~い!」

 

 突然大声を出して背中から倒れこんだアーシス。駄々をこねた子供のような姿は注目を集め、教会に訪れた人々からの視線が刺さった。


「みっともないですよ、やめてください」


 リゼッタはドワーフのパワーにものを言わせてアーシスの腕を引っ張り立ち上がらせた。


 一方、アーシスは「でもさぁ」と不満気だ。


「本当にあるの? こんなただの石壁に魔物の化石なんて」


「あります。あるはずです――ほら」


 ぶすくれたアーシスの代わりに石壁に寄ったリゼッタは、壁面を数秒見つめてからある場所を指さす。


 そこには渦を巻いた円形の模様が描かれていた。


 よく見てみると模様ではなく、微妙に凹凸があり、つるっとした壁面よりも表面がざらついているのが分かる。


 リゼッタは人差し指で化石を撫でながらアーシスを見た。


「早っ。私じゃ見つけられなかったのに……」


 リゼッタの隣に立ち化石を見つめるアーシス。


「慣れですよ。でもこれはですね。他にも絶対にありますから、根気よく探してください」


「むぅ」


 そこでアーシスはしぶしぶといった風に壁面上で視線をさまよわせる。


 しかし、すぐにそれをやめてリゼッタを見た。


「そもそもなんで教会の壁に化石があるわけ?」


「口だけではなく目を動かしてください」


 間髪入れずにぴしゃりと言われてしまうアーシス。


「――硬化石灰層岩こうかせっかいそうがん。通称カルコロ石、この教会はそれを切り出して作られています」


「あ、説明はしてくれるんだ」


「魔物は死ぬと魂が抜け、体が残ります。しかし、残った体もいずれ朽ち、骨だけになりますね」


 アーシスの言葉は無視するリゼッタ。


「カルコロ石は長い年月をかけて魔物の骨が海底で積みあがった物、と言われています。その一部が形を残した物が化石です」


「積みあがるだけでになるかな?」


 アーシスはコンコンと純白の石壁を叩いた。


「水圧がどうの……という話は聞きましたが、私もよくは分かりません。そもそも、所説なんですよ」


「所説?」


「はい。前にも言ったかもしれませんが、魔鉱物の成り立ちは大地の魔力によるものか、魔物由来のどちらかです。そして、はっきりしているのはそれくらいなんです」


 壁面を食い入るように見つめながらリゼッタは説明を続ける。


蛍晶石レミリライトが、菫紫鉱イオスライトが、どうしてそんな色をしていて、形をしていて、光って、匂うのか。個別の成り立ちはほとんどが判明していません。」


「リゼッタなら何でも知ってるかと思ってた」


 思わずといった風につぶやいたアーシスに対し、リゼッタはかぶりを振る。


「魔鉱物の世界は広いですよ。それこそエルフの一生でもすべてを知ることはできないと思います。


 成り立ちの研究を専門とする人もいますが、定説となる新発見はなかなか――」


「あっ、あった!」


 化石を見つけられたらしい。アーシスが喜色を浮かべる。


「見せてください」


 アーシスが両手の人差し指でアピールをするところをのぞき込むリゼッタ。そしてすぐに小さく頷く。


食み喰い貝グラトスネイルの結晶体、当たりです」


 二人の視線の先には、先ほど見つけた物と同じように渦を巻いた化石があった。


 大きさは人差し指の第一関節くらい。色味は紅、薄く半透明でキラリと日の光を反射している。


 まるで貝の形をした宝石のようだ。


「綺麗……」


食み喰い貝グラトスネイルは雑食で魔鉱物も食べると言われています。その一部の個体は、成体になるころに魔鉱物の殻を持つようになる」


 なんと、まさしく宝石である。


「教会のカルコロ石はカルカラ王国の北側の海の底にあった物とされています。産地で考えると、紅色の英晶石クアルシアでしょうか。半透明ですし、可能性は高いです」


「分かるの?」


「おそらくです。本当は六角の結晶構造が見れれば一発なんですが、食み喰い貝グラトスネイルとなるとそうもいかないですね……」


 リゼッタは「これ以上特定は難しいです」と付け加えた。


「ま、綺麗だしいっか」


「まだまだ時間はあります。せっかくだし他のも探してみましょう。珍しい魔鉱物が見つかるかもしれません」


 リゼッタは結晶体を指でなぞるアーシスに言う。


 吸い込まれるように見つめているアーシスの瞳は輝いていた。リゼッタは思わず微かな笑みを浮かべる。


「見えるは気づく。身近な魔鉱物に気づくことができれば、それはもう立派な石好きですよ」


 そしてリゼッタは小さくそうつぶやいた。





「受付をしたいのだけれど」


「まだ一般受付は始まってないで~すよっと――」


 若い女の声。ムー子は前の見えない顔をあげると、暖簾をくぐるように前髪をめくった。


「あぁっ、メイリーさんですかぁ! 出店受付はオッケーですよ、事前申込書の控えはお持ちですぅ?」


「えぇ。これでいいかしら?」


「はいはい~。少々お待ちくださいねぇ」


 若い女から一枚の紙きれを受け取ったムー子はペンを手に取る。


 そして一項目ずつ内容を確認しながら、「そうだ」と口を開いた。


「そういえばメイリーさん、リゼッタさんには会いました~?」


「……会ってないわよ。なに、今日いるの?」


「ですです。一般参加で来てますよぉ。あ、そういえばリゼッタさんのお店、新人の――」


「へぇ。面白くなってきたじゃない、リゼッタぁ……」


 薄く笑う若い女は、すでにムー子の話を聞いていなかった。

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魔鉱物商リゼッタと数奇な拾い物~オタッ娘ドワーフと残念美人なエルフの店舗経営~ アオイシンシャ @sannzuihenntan

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