第21話 夢魔のシスター
カルカラ王国ではディーモ神、ディース神の二柱を主神とするツェレン教が広く信仰されている。
特に厳しい戒律があるわけでもなく、面倒な儀式も存在しない。なぜ信仰されているのかわからないほど影の薄い宗教だ。
しかし、王都には非常に立派な教会があり、国内全域には分院が存在している。
商業的に発展したルチリアも例には漏れず、分院、それも大きなものがいくつか建てられている。
その中の一つが東部道草街道沿い、それもリゼッタ魔鉱物店の近所にあるのだ。
「ここがツェレン教ルチリア東教会、そして第53回魔テリアルマルシェの会場です!」
「ほぉ。これはご立派……」
アーシスは思わずといった風にそうこぼす。
リゼッタ魔鉱物店から歩いて十数分と少し、道幅が狭く、小さな店舗が軒を連ねている東部道草街道の中に、突如として現れた巨大な建造物。
二人の前には大きく開かれた純白の門と高い塀があり、その両脇にはこれまた純白の鎧を身に着けた騎士がいた。
そして何より目立つのは高い塀をもってしてもまったく隠せない、周囲の建物を睥睨するように伸びた
毎日決まった時間に鐘を鳴らしていたのはここらしいとアーシスは納得する。
「こんにちは。いつもお世話になっております」
「――あぁ、魔鉱物店の。シスターに取り次ぎましょうか?」
リゼッタが近づいて挨拶をすると、騎士は表情を柔らかくする。対してリゼッタは首を横に振った。
「大丈夫です。本日は仕事ではありませんから」
それから二人は一言二言会話をしたのち、リゼッタがアーシスのところに戻ってくる。
「え、知り合い?」
「顔見知り程度です。たまにですがここも取引先なんですよ」
さらにリゼッタは「行きましょう」と続けるとアーシスを連れて門をくぐった。
中に入ると、より教会の全貌が鮮明になる。純白の石畳がまっすぐ伸びる先、同じく純白の本堂と綺麗な庭園があった。
本堂は大きな二枚扉が開かれており、遠くからでも祀られている二柱の像が見える。
そしてその奥には先ほど外からも見えた鐘塔がそびえたっていた。
「こっちです、ついてきてください」
リゼッタは庭園を抜け、人の入りも多い本堂をスルーし、純白の石畳から外れる。足元は東部道草街道と変わらない、普通の石畳に変わってしまった。
「本堂の裏に貸しホールがありまして、一年中何かしらのイベントをやっているんです」
本堂を右手に教会の裏手に回ると、またもや純白の建造物が見えてきた。
本堂とは違い凝った装飾などは見られずシンプルなデザインだが、これはこれで機能美を感じるとアーシスは思う。
本堂前よりは少ないものの、ちらほらと人も見えた。おそらく今回の参加者たちだ。
さらにホール入口の脇にはテーブルと椅子が設置されており、そこに受付らしきシスター服の女性が座っている。
「こんにちは」
シスターに気が付いたリゼッタはまっすぐにそちらへ向かい、椅子に座っているシスターに声をかけた。
「……」
しかし、シスターは反応しない。椅子に姿勢よく腰掛け、膝の上で両手を重ねてピクリとも動かない。
その反応を見てリゼッタは眉を顰める。
「えっと、寝てる……のかな?」
アーシスはそう口にするが、どうも自信がなさそうだ。
それもそのはず。このシスター、前髪が厚くて目が一切見えないのである。
顔の半分が隠れていれば表情が分からないし、ピクリとも動かないのでまるで人形のようだ。
「大きい魔鉱物の彫刻だったりしない? これ」
国を超えて魔鉱物が集まるイベント、魔テリアルマルシェ。そう聞くとありえそうではある。
冗談半分と期待半分といった感じで聞いたアーシスに対し、リゼッタは首を横に振って答えた。
「非常に残念ですが違います――ほら、ムー子さん。起きてください!」
シスターもといムー子の肩をつかんで前後に揺らすリゼッタ。
「……んんっ、んむぅ? そのお声はもしかして――」
首をガクガクと揺らされてさすがに起きたらしい。
金切り声をかわいくしたような高い声を漏らしながら伸びをしたムー子は、続けて暖簾をくぐるときのように前髪をめくった。
そしてのぞいたピンク色の大きな瞳がリゼッタを捉えると、さらに大きく見開かれる。
「リゼッタさんではないですかぁ~。またおいしい夢を食べさせに来てくれたんですか!?」
がばっと立ち上がるムー子。それに素早く反応したリゼッタは数歩下がると、微妙な表情を浮かべた。
「……遠慮しておきます。あれは最終手段です」
「えぇ、残念。でもやる気になれば同意なしでも……」
「っ絶対にやめてくださいよ!」
「はぁ~い」
にやりと笑って腰を下ろすムー子に対し少々押され気味のリゼッタ。タジタジと言ってもいいかもしれない。
あまり見ることのできない珍しい反応にアーシスは興味がそそられる。ちょっとした好奇心で二人を見ていると、ムー子がその視線に気が付いた。
「あっとぉ~、どちらさまです? リゼッタさんのお友達?」
「すいません、紹介が遅れました。アーシスさん、こちらツェレン教のシスターでムー子さんです。もうお分かりかとは思いますが、ムー子さんは
律儀なリゼッタが間に入って二人の仲を取り持とうとしてくれる。
「夢魔やってまぁす。おいしい夢はいつでも募集中で~すよっ」
「あっ。あの時の」
アーシスは思い出したように手をポンと打つ。先日、
「ムー子さん、こっちはエルフのアーシスさん。ウチの新人従業員で接客と魔鉱物の細工をやってもらっています」
「新人さんですかぁ。よろしくお願いしますね~。私はムー子、いつもは懺悔室で働いてて、今日はイベントの受付担当~」
ムー子は萌え袖を引っ張って右手を出すと、アーシスに差し出した。
「夢魔に会うなんてすっごく久しぶり。よろしくね、ムー子。あ、ムー子って呼んでもいい?」
アーシスは強引に距離を詰めながらムー子の手を取って握手をする。
「もちろんですぅ。私もアーシスさんと呼ばせていただきますね」
「アーシスでいいよ。さん付けは堅苦しくない?」
アーシスの言葉にムー子は首を横に振る。
「いえいえ。エルフは全員が将来のお客様、そこはきちんとわきまえてますよ~」
そして「夢はいつでも受け付けてますからねぇ」と言って締めくくる。
「ふーん、面白そうだし今夜なら――」
「魔テリアルマルシェの一般参加、二名でお願いします!」
アーシスの言葉に割り込んで言うリゼッタ。ムー子に対して二本指を立てて突き付ける。
「えぇ、でも~」
「とにかく!」
リゼッタが詰め寄るとムー子は不服そうに口をとがらせる。
「いや、私は別にいいんだけど?」
「ムー子さん?」
アーシスを無視してリゼッタは笑みを浮かべる。そう、有無を言わさない笑みだ。
「分かりましたよぉ。まぁ、お食事先は他にもいっぱいありますし……」
「はい、この話は終わりです。ムー子さん、受付をお願いします」
未だ不服そうなムー子は椅子に座ると、厚い前髪越しに二人を見上げた。
「それなんですけど、受付開始、まだですぅ~」
「はい?」
「受付開始時刻まであと三時間はありますね~」
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