第17話 空の石とお客様①

 やってきたのは二人組。中年で上品な言葉遣いの女性と、その後ろをついて歩く若い女性だ。


「案内は不要よ。少し見ていくだけだから」


 中年の女性はアーシスの微笑みに靡かず、さっと躱してしまう。


 そして「もし何かあったら声かけてね」と言うアーシスの横を通り過ぎ、魔鉱物の原石が並ぶ陳列棚へ。


 その際、若い女性がカウンターチェアに座るリゼッタに会釈をしてきた。


 リゼッタも会釈を返したものの、頭は別のことでいっぱいに。


 (魔鉱具コーナーを素通り!?)


 そう、素通りなのだ。蛍晶石レミリライトランプのお陰で増えたお客さんのほとんどは、魔鉱具とアーシスに目を奪われて店の奥までやってこない。


 やってきたとしても、さっと一周して終わりだ。


 やはり、綺麗に加工された物の方が目に付くのだろう。原石、悪く言えば石ころに興味を持つ人は少ない。


 一般層が想像する鉱物、"宝石"と言い換えた方がいいかもしれない――は、既に研磨され形の整った物。原石の見た目を知らない人も多いのではないだろうか。


 (……ちょっと辛くなってきた)


 現状を勝手に振り返り自滅するリゼッタ。思ったより心の傷が大きいらしく、肩を落としている。


「……仕事しよ」


 リゼッタはこないだ仕入れた英晶石クアルシアを作業机で眺めているアーシスに気が付くと、切り替えるように羽ペンを手に取ったのだった。




「――あのさ」


「っ!? お、驚かせないでくださいよ」

 

 突如、真横から掛けられた小声に驚き、リゼッタが椅子の上で少しだけ飛び上がる。そして声の主――アーシスに抗議の目を向けた。


 しかし、アーシスは謝る素振りも見せず、さらに声を小さく抑える。


「しぃ~、静かに。向こうに聞こえるから」


「……どうしたんです?」


 口に人差し指を当て、二人組のお客をチラッと見るアーシス。


 その様子にリゼッタも話を聞く体勢になった。羽ペンを置いてアーシスに体を向ける。


「あのお客さんたち見て、何か気が付かない?」


「何か、はぁ……?」


 真剣に陳列棚を眺めている中年の女性と、それに付き従う若い女性。十中八九、観光客だろう。ルチリアでは珍しい光景ではない。むしろ日常だ。


 大方親孝行中の娘と母親だろう。どこか他国から馬車でやってきたクチだ。


「え、本気で言ってる?」


 そのまま思ったことを口にすれば、信じられないといった風のアーシスに驚かれてしまうリゼッタ。


 不服そうに睨むと、アーシスがため息を返してくる。


「――分かりましたっ。滞在時間が長い、と言いたいんですね?」


 アーシスの態度に納得がいかないリゼッタは頭を捻り、気が付いた。


 二人組は入店した直後、アーシスに「案内は不要。少し見ていくだけ」と言っていた。しかし、もうかれこれ数十分は商品を眺めている。


 時間感覚は人それぞれだが、あの言い方だと店内を一周二週して出ていく方が自然だ。しかも二人組は原石コーナーから動いていないはず。


 書類仕事をしていてずっと見ていたわけではないリゼッタだったが、おそらくそこを動いていないだろうと考える。


 そう思っての発言にアーシスは「確かに」と首肯した。しかし、


「――それもあるね。だけど私が言いたいのは、あの二人、いやマダムの方、貴族じゃないかってこと」


「きぞっ――ぅ」


「だから聞こえるってばっ」


 思わず大声を上げそうになったリゼッタは、突然伸びてきたアーシスの手に口を塞がれていた。


「絶対に騒がない。いい、分かった?」

 

 屈んだアーシスに至近距離で顔を覗きこまれる形になったリゼッタ。胸の前に垂らされたアーシスの三つ編みが頬を撫でれば、何だかいい匂いがしてくる。 


「……分かった?」


 喋れないリゼッタは静かに頷くことしかできない。すると、ゆっくり手が離される。


「二人とも一般の観光客を装ってるけど、服の仕立てが相当いい。多分だけど、二人の全身コーデで一カ月は高いレストラン行けるよ」


 口元を片手で押さえているリゼッタの反応は鈍い。しかし、アーシスはお構いなしに続ける。


「あと気になるのは後ろの若い子。ずっとマダムの斜め後ろにいるし、若い子の方からは一度も話しかけてない」


「……その、詳しいですね?」


 やっと口を開いたリゼッタにアーシスは「まあね」と返す。


「昔、人間の貴族の家でメイドをやってたことがあるの。だから何となくね。ちなみに、当主にセクハラされたから魔法ぶっ放してやめてやったけど」


「……そうですか」


 (えぇ……もしかして、犯罪者?)


 思わずアーシスから離れようとするリゼッタだったが、椅子に座っているので上半身を少しねじるだけに留まる。


「あ、心配しないで。もう600年以上前のことだから。事件のことを知る人は生きてないよ」


「もう事件って言ってるじゃないですか……」


 思わず頭を抱えたくなったリゼッタだったが、さらなる悲劇が襲ってくる。


「少しお話を聞きたいのだけれど、いいかしら?」


 推定貴族のマダムがリゼッタとアーシスに声をかけてきた。



「……ぁ」


「んーなに? どしたの?」


 反応の遅れたリゼッタに代わりアーシスが返事をする。貴族を相手にした経験があるからか、気負いや緊張は感じられない。

 

 しかし、相手が貴族だと分かっていながらのそれは逆に違和感すらあるとリゼッタは思った。


「この石について教えてちょうだい」


 その場から動かずに棚の中を指さすマダム。


 アーシスは頷くと、続いてリゼッタに視線をやった。


「リゼッタ、お願い」


「あら、あなたが教えてくれるのではなくて?」


 マダムは前に進み出たリゼッタを一瞥してからアーシスを見る。その眼差しにどんな意味があるのか、そう邪推してしまうほどに静かな目だ。


 リゼッタがごくりと唾を飲み込む。


「私まだそこまで詳しくないし、リゼッタに聞いた方がいいよ」


「店主のリゼッタ・ヘーベンクルです。何なりとお申し付けください」


 水を向けられたリゼッタは緊張の滲む声で言うと、マダムの隣に並んだ。


「驚いたわ。こんなに若いが店主なんて。あなた、歳はいくつ?」


「えっと……」


 目を見開いたのち、気まずそうに目を逸らしたリゼッタ。その反応にマダムの後ろに控えた女性がいぶかしげな顔をする。


 そして何やらマダムに耳打ち。さらに二言三言会話したのち、首を横に振ったマダムが再びリゼッタを見た。


「いくつなの?」


「113歳です。その、ドワーフなので」


「……失礼したわ。そもそも、初対面のあなたに歳を聞くべきではなかったわね」


「いえ、そんなことは」


 ――二人の間に気まずい空気が流れた。

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